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28 家に帰ろう



 ユリスがごねるのは置いておいて……まさか母親がラウラ王女だとは。衝撃の事実にリンは混乱し、涙を堪えて肩を震わせた。


 最悪ラウラの身代わりでもいいと決意してここに来たが、ユリスが見ていたのはリンではなく本当にラウラだった。勝ち目も希望もないと闇に落ちかけたところで、そんなことはないと自分を勇気付ける。


 ユリスがリンにラウラを重ねているのなら、身代わりで良いと言うリンの申し入れは、ユリスにとってまたとない好機ではないのか。それを拒否するのはラウラの遺言があるせいかもしれないが、別視点からだとラウラとリンを重ねていない証明にならないだろうか。ユリスが寝込みにくれたキスは、ラウラにではなくリン自身にくれたものではないのか。それともやはりラウラに向けたキスだったのか。

 リンは出生に対する驚きを押し込め、自分に都合の良い考えでユリスを取り戻そうと企む。


「わたしはラウラ様の身代わりですか? ユリス様は王女様が好きだった? 恋人になりたかった?」


 確認すればユリスは違うと首を振った。


「大切な敬愛する人だよ。でも今はリンが誰よりも大切」

「わたしを一番にしてくれたのは王女様が死んだからですよね」

「確かにリンを引き取ったのはラウラ様の遺言を守るためにだった。けれど今はそれだけじゃない。リンとラウラ様のどちらが一番なんて決めらることではないよ。リンは私にとって大切で壊したくない、傷付いて欲しくない、唯一のたった一人の女性なんだ」


 リンは特別。だけど男女の愛は受け入れられない。その理由は王女の遺言があり、ユリスにとって絶対に譲れないことなのだろう。


 それはリンに普通の幸せを与えること。

 どこにでもある普通の、特別な血に邪魔されない、ごく一般的な特別なことなどないありふれた生涯。

 生みの親がリンにそう望んだのは、特別な立場が決して幸せではなかったからに違いない。リンが本来の名前と立場で生きていくには重い足かせになることが予想できたから。だからリンは戦災孤児となった。


「夜に、寝ているときにキスしてくれたのは?」 


 ユリスが息を呑んだ。リンはユリスの肩に額を押し付けたまま返事を促す。


「嘘はいりません。王女様の名前を呼びながらわたしにキスしてたのは、身代わりにしたからではなかったの?」


 ユリスがリンの想いを受け入れないのは、自分では普通の幸せを与えることができないからだと言う。自分の側では普通の幸せは得られないのだと。


 確かに魔法将軍の名を持つユリスは特別な存在だ。

 けれどその人の側で育ったリンは既に普通から離れているのではないだろうか。

 リン自身はこれが普通で当たり前なのに、頑なに拒む理由は何なのか。

 リンの母親を見殺しにしたのはユリスの過剰な解釈だ。父親が嫌いだったことや、血縁者を殺したのは事実だろう。だけどリンは見も知らぬ人達に幸せを邪魔されたくない。母親が普通の幸せを願ったからという理由で、自分の愛する人に拒絶されたくなかった。


「ごめん。起きていたなんて思わなくて。気持ち悪かったよね」

「は? ユリス様わたしの話聞いていますか? ユリス様を好きなのに気持ち悪いわけないじゃないですか。ただ王女様の身代わりなんだと思って辛かっただけです。身代わりにされていると思うと心が張り裂けそうでした」


 リンが正直な気持ちを伝えると、ユリスは驚いて「そんなこと!」と声を上げた。


「身代わりなんてそんなことはないよ。ラウラ様の名前を呼んだ記憶はないけど、気持ちを押さえられなくてラウラ様にはいつも謝罪していた。僕は……君が大切で……」


 気持ちを告げてくれようとしているのだろうが、だんだんと声が小さくなっていく様は三十になった大人にはとても見えない。まったく往生際の悪いことだ。


 何かに怯えているユリスに反して、リンは奇跡が起きた気配に胸がいっぱいになっていた。


 ラウラに対する謝罪は、リンに特別な感情を持ってしまったことや唇を寄せたことに対してだろう。ここまで答えてくれるのに決定的な言葉をくれないもどかしさに怒りそうになるが、それこそが本来のユリスであることを知っている。

 ユリスは言葉を紡ぐことに怯えているからだ。

 ユリスの側じゃなければ幸せになれないと告げても、人を殺して手を血に染めた自分は相応しくないのだと思い込んでいる。

 馬鹿げたことに、善良な養い親の仮面を被っていたユリスは、その養い子に仮面を剥がされようとしていた。魔法将軍ではないただのユリスにとって、頭の中は今頃大混乱だろう。


 リンは自分の出生が危ういものだと気付いた。だから両親やユリスが殺したという親族達について聞くことはできない。

 ユリスとの生活を守るためにも知るべきではない出生は、リンが追求さえしなければ生みの母親の思惑通りだろう。


 十八年前、リンが産まれた年は戦争が始まって国内も大混乱になったと聞いている。

 政変が起きたベルクヴァインから出国出来なかったラウラが死に、格下だったヴァイアーシュトラスはベルクヴァインに戦いを仕掛けた。負け戦と予想されたがユリスの成長とベルクヴァインに抑圧されていた近隣諸国の協力もあって、ヴァイアーシュトラスは七年かけて勝利したのだ。


 リンの知らないところで起きていた背景があった。今更知ってもリンにとって大切なのは過去ではなく未来だ。ユリスには彼なりの決意や忠誠があるだろうが、リンにはユリスと生きた現実しかない。薄情かもしれないが、幸せを願ってくれた母親がいたと知っても、感謝はすれ心まで囚われることにはならなかった。


「帰りましょうか」

「え?」


 驚いたようにユリスが「いや、でも」と漏らす。


「なんですか?」

「だって僕は人殺しだ。戦場は人を魔物に変える。僕はつい先日も君の血縁者の首を……」

「ユリス様!」


 リンは声を荒らげてユリスの言葉を止めた。

 懺悔や後悔をぶつけられても、離れる気のないリンには受け止めることしかできない。それがユリスの仕事だ、ユリスの本質は変わらない、大切な人なのだと告げても、ユリスは何かと理由をつけてうじうじするだけなのだ。


 これ以上何も言うなとの意味を込めて、泣き腫らした目できつく睨みつけると、ユリスは瞳を揺らして視線を外してしまった。


 ほら、やっぱり。

 ユリスは世間に知られる魔法将軍ではなく、小娘一人の声に動揺するような気弱で優しい魔法使いなのだ。こんな人を相手にするのは受け身では駄目。リンが引っ張っていかないと幸せは掴み取れない。


「帰りますよ、わたし達の家に。二人で。いいですね?」


 一緒に家に帰るのだと言えば、ユリスは恐る恐るといった感じで「うん」と返事をしてようやく頷いてくれた。




PC壊れました(ToT)

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