21 尾行
ユリスがいなくなって三か月になる。音沙汰なく、ノルトに聞いても帰還がいつになるか分からないと返されるばかり。いつ帰ってくるか分からないとは言われていたが、本当に帰ってきてくれるのだろうかと、リンは不安な日々を過ごしていた。
「いったいどんな任務なのかしら……」
「ごめんなさい。調べては見たんですけど、僕には分かりませんでした」
溜息と共に吐き出されたリンの声をグンターが拾い、申し訳無さそうな返事が返ってくる。リンは思わぬ言葉に「調べてくれたんですか?」と驚いて目を丸くした。
「もちろん機密なんで教えることはできないんですけど、無事だとか、なにかしらの近況が伝えられたらと思って。父の名前を出してもみたのですが、私のような下っ端ではなかなか難しいですね」
グンターは先日、見習いから正式な騎士に昇格した。クリスタに誘われて公開されている任命式にも顔を出した。仕事中だったがエルマーが許可したと聞かされた。グンターには世話になっているし、テゲトフ家の子息達の中では仲良くしている自覚があるので見学させてもらったのだ。
ちなみに長兄アドルフは既婚者で幾度か帰宅に付き合ってくれたが、三男コアトにはまだ会ったことがなく、次男バメイは一貫して硬い感じの任務に忠実な騎士様のまま。エルマーは自分の子供たちの誰かとリンを恋仲にしようと企んでいる……と、思っていたが。最近は違うのかもしれないと思うようになっていた。
「テゲトフ様から何か聞いていませんか?」
この際だから訊ねるとグンターは視線を逸らして頭を掻いた。
「父はその……リンさんと仲良くするようにとだけで。なんかすみません」
困ったような表情で謝罪される。
「いえいえそんな。グンター様が謝られるようなことではありませんよ」
エルマーの目論見は違っていなかったようだ。グンター自身は任務をきちんとこなすことが最優先だと心得ているらしく、迫られるようなことはないので責める気持ちはない。
なにより彼は間もなく十六。騎士になったがリンからするとまだ子供だ。
成人前で騎士の叙勲を受けるのは大変優秀である証拠であるが、リンからすると恋愛対象ではないし、グンターも心得ている節がところどころ垣間見える。更に硬いバメイからもリンをどうにかしようとする素振りは全くなく、多少の不自然さを感じていたがそれだけだった。初めは警戒したが、今では特に問題なく一緒に帰宅している。
エルマーの企みはともかく、エルマーの子供たちはリンにちょっかいを出す気配はないし、リンも交友関係を広げるきっかけと思って前向きに考えていた。
「極秘で何かが起きているのは本当だと思います。ただ、それも最近は感じ取れなくなったので、将軍も間もなく帰還されるのではないでしょうか」
「だといいのですけど……」
リンは一抹の不安を覚えながら時を過ごしていたが、自分でどうにかできる問題ではない。ノルトが時々様子を見に来てくれるが、長居をせずにすぐに帰宅してしまう。リンは一人きりになった家で不安な時間を過ごしていた。
さらに一月が過ぎた頃、リンは仕事終わりに魔法将軍の執務室を訪ねた。
傍らにはバメイがいる。迎えてくれたノルトは二人を快くもてなし、ユリスの任務については話せないと謝罪してから、いつもと変わらない笑顔で遅くなる前に帰るように忠告された。
リンはノルトに見送られバメイと帰路につく。が、回廊を曲がりノルトの姿が見えなくなると道を外れて立木の間を隠れるようにして進んだ。
「リン殿、本当にやるつもりなのか?」
リンはノルトの後をつけるつもりでいた。バメイには先に事情を伝えていたが、止めさせたそうに話しかけてくる。
「最近ノルト様から恋人たちの話を聞かないんです。きっと忙しすぎて会えないのだと思います。なのに定時で帰宅しているって聞いたんです。きっと何か秘密があるんだわ」
ユリスに何が起きているのか気になって仕方がない。魔法将軍が任務で四月も軍部を離れるなんて異常だ。
魔法将軍自ら出向く仕事なのに副官であるノルトが暇である筈がない。なのに毎日定時で帰宅しているという。恋人の誰かのところに行っているとは考えにくかった。
ノルトの後をつけることにバメイは賛成も反対もしなかった。危険がなければ警護対象の自由にさせてくれる。リンの行動は報告されてしまうだろうが、エルマーに知られても構わなかった。
離れて後をつけた。近づきすぎると見つかってしまうが、丁度よい距離をバメイが指摘してくれ、彼のお陰で見失うこともない。バメイも優秀なのだと実感した。
ノルトは城から近い住宅街に迷いなく進んでいく。しばらくして一つの立派な屋敷に入って行った。
「どなたのお屋敷なのかしら」
庭木は手入れされているが人の気配がしない、塀に囲われたお屋敷。夕闇迫るせいで少しばかり不気味に感じる。
しばらく様子を見ているとノルトが出てきて辺を見回した。
「誰かを探しているようだな」
「人が訪ねてくるのでしょうか?」
「と言うより……あなたを探しているのかもしれない」
「わたしを?」
後をつけたが、ここに来るまで気付かれる様子はなった。どうして分かったのだろう。首をひねるとバメイも同じように考えたのか眉間に皺を寄せていた。
「相手が魔法将軍の副官とはいえ、尾行に気づかれるとは。私もまだまだと言うことですね」
どうやら騎士としての矜持が傷ついたようだ。
「どうする、引くか?」
「偶然通りかかったことにするのは不自然でしょうか?」
「ここはあなたの行動範囲ではない。明らかに不自然だな」
「う~ん。何かありそうな予感がするんですよね。バメイ様はどう思いますか?」
「そうだな……尾行に気付いていたとしたら、一度屋敷に入ってから慌てたように出てきてあなたを探すのもまた不自然ではある。私が付いているのにあなたを心配してというのも違うだろう」
いつになく会話が弾む……と、言って良いのか。バメイは鋭い視線をノルトに向けて僅かに考えてから再び口を開いた。
「私はあなたに心を尽くし、守るよう命令されているだけだ。魔法軍に関わることに首を突っ込むのは越権行為になる」
暗に関わることを拒絶されたと思い消沈しかけたリンだったが、バメイが「しかし」と言葉を繋げた。
「あなたが一人で動かないと約束するなら、魔法将軍付き副官とこの屋敷について調べてみよう。これはあなたに心を尽くし守る行為に含まれるだろうから」
思わぬ言葉にリンは驚いてバメイを仰ぎ見る。変わらず無表情でノルトに視線を向けているが、ノルトが首をひねって屋敷に戻ってしまうと、バメイはようやくリンに視線を向けて「どうする?」と聞いてきた。
「頼ってもいいんですか?」
「時に、恋する乙女は突拍子もない行動をする。あなたがそうとは言わないが、ないとも言えない。あなたが無謀な事をして何かあったときに、側にいればと後悔する羽目になるのは御免だ」
「なるほど……」
勝手をされるくらいならリンの意思に沿ってくれるということか。
リンはこれまで身勝手に振る舞って迷惑をかけたことはないと思っている。何よりもユリスの株を下げるようなことはしない。これからもそのつもりだが、バメイが力を貸してくれるようなので、そんな馬鹿はしないと返事するのを辞めた。
「恋する乙女か……」
バメイの知る恋する乙女はどのような無謀をしたのだろう。参考までに聞いてもいいだろうか。そう思いながら見上げていたら「なにか?」と問われたので「このお屋敷のこと、よろしくお願いします」と頭を下げた。
「バメイ様からすると、わたしは恋する乙女にみえますか?」
「大変分かりやすい。あなたはユリス殿のことばかり考えているからね。ユリス殿が気付いているかどうかは不明だが」
そうか、そうなのか。ふ~ん、そうか。と思いながらリンはバメイに伴われ、取りあえずのところ今日は無謀をせず帰路についた。




