表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/39

20 人殺し



 年に一度、ラウラ様の眠る地に向かう以外に家を開けることは滅多にしない。魔法将軍というのは便利な地位で、有事があっても執務室で部下を動かしふんぞり返っていられるのだ。時にユリスが出ることも必要になるが、最長で一泊。帰宅未定の任務に出ることなど、リンを引き取ってから一度もなかった。


 己の本質がどういうものであるのか。リンに勘付かれることを恐れたのだろう。ユリスは自分が他所向けの顔をしていることに気付いていたが、醜く愚かな保護者であると知られるのが怖くて壁を作ることを止められなかった。


 何処に行くのかしっかりと問われたのは初めてだった。

 リンは敏い子で、幼い頃からユリスの仕事内容を問うことがなく油断していた。

 逃げた先でうさちゃんを抱きしめ、潮時なのかもしれないと思った。

 

 リンに嫌われようと決めた。決めても覚悟ができず眠れぬ夜を過ごした。


 嫌われる決断をしたのは、自分の存在がリンにとってこの世で最も普通ではないと再確認したからだ。

 大切な人をぞんざいに扱われ、果てには殺された。恨む感情のまま突っ走り、情け容赦なく向かってくる敵を薙ぎ払い、ベルクヴァインの王族に至っては誰一人逃すことなく殺しつくした。

 こんな男が本性を隠して養い親になり、ついには不埒な感情まで抱いてしまった。ラウラもきっと泣いている。命がけで産んだ我が子を託した男が、これほど残虐で狡賢い大人に成長するなんて。死に瀕したラウラに想像することはできなかっただろう。


 翌朝、出立の前にリンが追いかけて来て弁当を渡された。気遣いに溢れた行動に泣きそうになった。同時に優しさを向けらてもらえるような人間ではないのだと、複雑な感情が心の中で渦巻いてしまう。


 何よりも大切な可愛い愛子いとしご。父親になろうとしたが無理で、ならば良き保護者になろうとしたが、保護者らしからぬ想いで溢れてしまった。

 この気持ちはラウラとの約束を反故にしてしまうものだ。至らない我が身が憎くてたまらない。


 リンに、人を殺してくると真実を告げた。彼はリンにとってたった一人の、唯一血の繋がった従叔父じゅうしゅくふ。リンより四歳年下の十五歳で、何も知らずに育った、担ぎ出されただけの少年だ。

 

 ベルクヴァインの残党は最後の王バヴェルに落とし種があることを掴んだ。バヴェルが手をつけた下女で、妊娠を期に多額の金銭を渡して城を出したのは、バヴェルが王家滅亡を予想してのことかも知れない。

 だが少年の母親は事実を口外することなく、親子二人でつつましい生活を続けていた。故国の残党らに唆されても首を縦に振らず、望まぬ状態のまま担ぎ出され従わされている状態である。

 ベルクヴァインの残党たちは少年を使って故国復活を目論見、さらには強い血統を持つリンを添わせて王家を再興させるつもりでいる。


 少年が王位を望もうが望むまいがユリスには関係ない。既に動き出した不穏分子は、誰一人として残しておくつもりはなかった。

 ベルクヴァインを落とすと決めた時、王家の人間は女子供容赦なく殺してきた。また同じことをするだけだ。


 けれど相手がリンよりも年下の子供だと分かり、どういう訳か心の苦しさを覚えるのだ。今更善人ぶってもどうしようもないのに、成し遂げた復讐の残骸が残っていただけなのに、どういう訳か体が重い。


 それでもリンに与えるべき「普通の生活」が脅かされるなら、迷いなく命を奪うことができる筈だ。なのにここ最近はリンの前でも魔法将軍の仮面をつける有様。その仮面もあっけなく剥がされ、ついには醜く残虐な己をさらけ出さなくては前に進めなくなってしまった。


「今から人を殺してくるよ」と告げた時、リンはどんな表情をしただろうか。どんな言葉を返しただろうか。まったく思い出せない。もしかしたらリンの反応が怖くて目と耳を遮断してしたのかも知れない。


 不穏分子を抹殺して自分も消えてしまいたかったが、リンがヴァイアーシュトラスで平穏無事に普通の幸せな生涯を終えるためには、ユリスが国の犬であり続ける必要がある。全てを終えて戻ってき時、ユリスはリンとの生活に戻ることはできない。人殺しの宣言が別れの言葉になった。帰らなくても任務が長引いていると思ってくれるだろうか。

 薄情な子ではないからユリスの帰りを待ってしまうだろうが、エルマーが上手いことやってくれる。ノルトにも頼んだからきっと大丈夫だ。


「リンとエルマーの子供の誰かが添い遂げるのか。イドとよりを戻す可能性もあるな。だが有力なのはエルマーの策だろう。歓迎できないが、どの男が選ばれても私より遥かにましで素晴らしい縁談であることに違いない」


 口に出すと悔しくて涙が溢れてしまった。拳でぐいっと拭っても溢れてくる。

 齢三十の魔法将軍。誰もが恐れ敬う魔法将軍の本当の姿がこれとは誰も知るまい。ユリスだって自分がこれほど弱く見苦しいと知らなかったのだ。


 初めからリンを手放すつもりでいた。なのにいざ決断して、これほど辛くて苦しいものだと知った。情けなく涙を零す姿はなんと女々しいのだろう。


 いけない、心を落ち着けなければ何もかも失敗してしまう。ユリスは胸を押さえて深く長い呼吸を幾度も繰り返した。

 既に綻びが出始めている。気づかぬうちに少なくない人間がリンの出生に気付いていた。ラウラとの約束を守るためにこれ以上の失敗は許されない。


 ユリスは目的の場所に辿りつくと、闇に紛れて家屋に忍び入った。

 驚いた女が子を庇い命乞いするが魔法で薙ぎ払い動けなくする。驚く少年が声を上げる前に喉を掴んだ。少年の喉がひゅっとなり、愛しい養い子と同じアーモンド形の一重が見開かれる。ユリスは苦しさのあまり無表情を崩して眉間に深い皺を刻んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ