18 状況把握と捨て台詞
ベルクヴァインの残党はリンの出生を知ったのか、そうではないのか。
知ったのならリンを正統な王位継承者として担ぎ出し、ベルクヴァイン復興のための戦いを仕掛けようとしているに違いない。知らないのであればリンを誘拐してユリスの力を封じ、復讐を果たすつもりだろう。
「リンさんとお前の双方を狙っている可能性もあるな」
「だとしても無理だな」
リンを人質にとられたらユリスを自由にできると考えた可能性もあるが、それは不可能だ。何故ならリンを人質にとられたら無事に救い出し、相手を皆殺しにする自信しかない。
「それよりも何故リンの出生が知れた?」
お前たちのせいではと睨めば、「お前だな」と逆に返され、荒唐無稽すぎて目が丸くなった。
「私から? あり得ない。リンのことは初恋の王女に似ているからと言って引き取っただけだ。知れるようなことはしていない。私であるわけがない」
どこをどうしたらユリスのせいになるのか。有能な筈の男からの言葉に驚いていると、エルマーが可哀想な人を見るような視線を向けてきた。
「彼女はベルクヴァイン王家の特徴を受け継いだ目元をしている。全ての特徴が一致しなくとも、お前の執着と養い子の年齢を照らし合わせれば確証を得たも同然じゃないか」
さも当然のごとく言われてもユリスには全く理解できない。何を馬鹿なと鼻で笑ってやった。
「は? 何を言っている。確かに特徴はあるが、リンはラウラ様に似た可愛い女の子だ。あの男の片鱗もない」
確かに特徴はあるが、ラウラを邪険に扱った男に似ている訳がない。ベルクヴァインの王族を知る者がそう感じたとしても、ユリスは心から似ていないと思っている。
特徴はあってもラウラの産み落とした、ユリスが取り上げた子だ。ラウラを死に至らしめた憎い奴らに似ているはずがないのだ。
ユリスは敬愛する王女の産み落としたリンに関して、一般的な考え方ができない特殊な能力を獲得してしまっていた。
「なぁユリス、現実が見えているか? 彼女はどこからかどう見てもベルクヴァイン王家の特徴を受け継いでいる。私にだって分かるくらいだ。思い込みもいい加減にしろ」
「思い込みだと!?」
「彼女は王女じゃない。いい加減彼女自身を見てやれ。彼女を担ぎだされないためにもな」
ユリスにはエルマーの言っている意味が全く理解できなかった。
リンはリン、ラウラはラウラで別の人間だ。
誰がどう見ても同じではないし、ラウラは故人である。
ユリスはリンをリン個人として扱っているし、リンをラウラと錯覚したことは一度たりともない。
確かにラウラは初恋の相手だったが、恐れ多さも感じていた。リンは養い子で……決して口にできないが一人の女性として見てしまう時が偶に……度々……常にあるのだ。完全に混同などしていないと改めて確信する。
「とにかくだ。お前が魔法将軍の役目を果たしている限り、ロエル王太子はもとより、国王もリンさんの出生を追求するつもりはない」
「私が国に貢献できなくなれば手を出すと!?」
「現状を含めて知らぬ存ぜぬで突っぱねるということだ。一度落ち着け。感情のままだと失敗しか生まないことは幾度となく経験済みだろう?」
復讐を誓ったあの日からエルマーには幾度となく諭された。
一つの国が無くなり、リンとの穏やかな生活を育んでいた。そのお陰で自分は冷静沈着だと勘違いしそうになるが、決してそうではないことを過去が証明している。
ユリスは激情を抑えるためにエルマーの義手を確認してから深く息を吐き出し、握りしめていた拳を緩めた。
反乱に担ぎ出されるような危険分子は早々に摘み取られる。それがなされなかったのはユリスが確固たる地位と権力を築き上げ、何者にも代えがたい存在であるから。二人の身柄がヴァイアーシュトラスに有益なら、国はユリスの献身に免じようと言うわけだ。
リンの出生に気付きながら放置しているのもそのため。
両国の血を引くリンを担ぎ出しヴァイアーシュトラス王家へと正式に迎え入れることは、旧ベルクヴァイン国民の支持も得やすい。なのにそれをしないのは全て魔法将軍たるユリスに気を遣ってのこと。
リンはユリスの養い子以上の何かを得ることはないが、出生に秘密がある限り野放しにはできない。実際にベルクヴァインの残党は十年以上が過ぎてもベルクヴァイン王家復興を諦めていなかった。
「私とリンの関係性を知りたい理由はなんだ。メティア嬢はお前になんと報告した」
「関係性について知りたかったのは私個人の趣味だから気にするな」
意味深に薄く笑ったエルマーに嫌な予感がしたが、追求せずに先を促す。エルマーが息子の誰かとリンを結びつけようとしているなら、ユリスとリンの関係がどのようなものか知りたかっただろう。世間で囁かれている下世話な噂が気にならないはずがない。
「メティアからは二人とも強い絆で結ばれていると報告を受けた。魔法将軍を結婚させたいなら、二人を引き裂くより親子関係を清算させたほうが早いと言われたよ」
まったく他人はこちらの気持ちも知らないで好き勝手に言ってくれるものだ。
ノルトにも言われたが、ユリスはリンを妻にして己の血を残すための道具にするつもりなんて毛頭ない。どこにでもある普通の幸せをリンが得ることこそがユリスの願いであり、最大の幸福且つ最優先事項なのだ。
誰も彼もユリスの気持ちを知らず、身勝手に言ってくれると恨みがましくエルマーを睨むとわざとらしく身を震わせた。
「メティアにはお前に睨まれて震え上がったとも言われたな。魔法将軍は怒らせて良いものではないと、役目を与えた私が叱られたよ」
「私はリンの養父を辞めるつもりはない。メティア嬢が震えあがった? 虚偽もいい加減にしろ。彼女はリンに向かって孤児のくせにと捨て台詞を吐いていたが?」
リンとメティア。比べるまでもなくリンしかいない。リンと引き離そうとするメティアに強い怒りを感じ、攻撃しないために席を離れたが、ユリスはリンが浴びせられた罵声を聞いていなかった訳ではないのだ。
「彼女にも貴族の娘としての誇りがある。何しろリンさんを生まれの知れない孤児と信じているからね。お前にとっては好都合なことだろう?」
世間一般の人々は、貴族を含めてリンの出生に疑問すら抱かない。孤児で、魔法将軍の養い子。それだけであることは何よりもユリスが望む肩書だ。
「ならば後は対となる魔法具だな」
「それは殿下に預けたままがいいのではないか」
何故と視線で問えば、「養父に所在を知られていると知れば、年頃の娘は気持ち悪がるだろう?」と返された。
「リンさんの行動は単純で突発的なことがない。日中は城に監禁状態で護衛もつけている。それにお前には魔導具を眺めている暇などないだろう?」
どうせ今から不穏分子を排除するために動くのだ。対となる魔法具は重たい石造りの盤だと知らされ、リンに嫌われる可能性も含めて回収は諦めることにした。
「私が気付かなければリンを囮にしたのか?」
リンの位置情報を把握しておかなければならないのは、純粋に魔法将軍の養い子が誘拐される心配をしてのことではない。その可能性があると知り、不穏分子を炙り出して罪に問うためだ。
誘拐を阻止するためだけなら早々にユリスに相談しただろう。
エルマーの子供たちを護衛につけたり、影で見張ったりしているのもリンを守るより、不穏分子の所在を掴むための意味合いが強い。
いや、同時にエルマーはリンを一族に取り込もうとしているのか。なんのために……かは今追求しても答えは返ってこないだろう。どうせユリスを結婚させるためにとか、複雑な血を引くリンを手元で監視するためとか、そういったくだらない理由に違いないのだ。
「囮とは物騒だな。私にも騎士であった頃の誇りがある。あくまでも、もしものための対策だ」
目的の為なら全力を尽くす男は幾重にも策を練る。言葉をそのまま信じて踊らされるのはユリスだ。過去に幾度も経験したが、今のユリスはリンを守るために即刻行動しなければならなかった。
「平和ボケしていた己の失態は理解した。お前の監視下でリンに何かあったら絶対に許さない」
リンに関して後れを取ったことが悔しい。
捨て台詞を吐いてユリスはエルマーの執務室を後にした。




