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17 師弟



 広大な城の敷地内に置かれた各省が集まる巨大な建屋。

 財務を預かる領域をユリスは無言で真っ直ぐに突き進む。途中、文書保管室前で一瞬立ち止まったものの、閉じられた扉をじっと見た後、再び大きく足を前に出した。


 先触れも合図もなく財務大臣執務室の扉を開け放てば、中の者達の視線が一斉にユリスに集まる。何事かと目をむく者、手にしていた物を取り落とす者、「ひっ」と声を上げる者と様々だが気にせず奥の扉へと進み開け放った。


「エルマー、話がある。人払いを」


 迎えたエルマーは目を丸くしたがすぐにいつもの様子に戻り、不躾な訪問を咎めることなく秘書官を退出させた。


「対となる魔法具を渡してもらおう」

「なんだ、もう気付いたのか?」

「気付かないと思っていたのか」


 悪気もなく意味深な笑みを浮かべるエルマーの態度に腹が立つが、ユリスは拳を握りぐっと耐える。


 エルマーはユリスにとって戦い方を教えてくれた恩人だ。

 ラウラが死に、敵を討つと決意したユリスだったが当時はまだ十二歳の少年。将来性を買われてラウラが嫁ぐ際の持参品の一つとなったが、ベルクヴァイン王家を壊滅させるだけの力を持っている筈もない。それでも参戦しない選択肢はなく、国王の命令でユリスの監督を命じられたのがエルマーだった。


 当時エルマーは騎士団で将来を約束された男であり、少数精鋭を率い単独で行動する立場にあった。そこに子供を連れて、しかも戦いは素人だ。子供で優秀な魔法使いだったとしても邪魔でしかなかっただろう。

 実際にベルクヴァイン王家を根絶やしにすることだけが目的のユリスと、ベルクヴァインを盗りに行くと決めたヴァイアーシュトラス王家の思惑にはずれがあるのだ。

 力がない故に苛立ち、猪突猛進だったユリスの首根っこを掴んで、死なないように戦い方を教えるのに苦労したに違いない。幾度となく鉄拳を頭に受け、死にかけてを繰り返しながらもユリスが生き抜いたのはエルマーの功績が大きかった。


 エルマーが左手を落とす原因となった地下迷宮でもそうだ。エルマーは引くことを命じたのに、あと一歩と言う所まで追い詰めたベルクヴァイン王を命令無視して追ったのはユリスだった。

 既に魔力がつき、騎士たちも怪我をして深追いは危険と分かっていた。態勢を立て直すべきだとユリスにも理解できていたが、仇を前にしてどうしても引くことができなかった。

 迷宮の仕掛けが作動して岩に潰されそうになったところを、後を追って来たエルマーに助けられた。エルマーは岩に腕を挟まれ、さらに水攻めに合い、残っていた僅かな魔力でエルマーの腕を引き千切るように切断して地下から這い出した。


 その後、念願叶いベルクヴァイン王を殺し、ラウラの仇を取れたのはエルマーのお陰だ。その為に突き進んできたが、ラウラの暗殺を命じた王家を根絶やしにしてもユリスの心は晴れなかった。そんなユリスの気持ちさえ見透かしているエルマーが嫌いだが、信頼もしていた。


 人を殺す能力ではとっくにユリスが上だというのに、未だに掌で転がされているような気がして本当に腹立たしい。しかしながら出遅れた自分のミスもあるせいで、問答無用で暴力で訴えるようなことはしない。

 それでもリンが危険に曝されるなら話は別だ。恩ある人でもリンに関わることなら容赦なく切り捨てる自信がある。


「対となる魔法具はどこだ?」


 もう一度問えば、エルマーは「ここにはない」と答えた。


「ロエル王太子殿下がお持ちだ」


 出て来た友人の名に動揺が走る。決して殺そうと思ったからではなく、これまではぼんやりとしか感じていなかったこと――リンの出生を王太子や目の前のエルマーが確実に知っているということに対してだ。そしてこれが意味することは二つ。


 一つはリンが狙われているということ。

 もう一つは、リンを取り上げられてしまう可能性。


 ユリスはすうっと体から何かが抜けていくような感覚に襲われ全身が冷たくなった。しかし構ってはいられない。なにしろ最優先にしなければならないことが崩されようとしているのだ。

 ラウラの願いは、絶対に完遂しなければならない、何よりも最優先するべきことだ。


「ベルクヴァインの残党か。いつから気付いていた」

「お前に見合いをさせる少し前だな」


 見合いとなると三か月ほど前になる。ユリスは己の失態に気付いて額を押さえ、心内で深く深くラウラに懺悔した。


「なぜ……見合いになった?」


 たっぷりと時間を置いてようやく出た言葉はこれだ。

 ベルクヴァインの残党がリンの存在に気付いた経緯も気になるが、そこからなぜ見合いに行き着くのかがユリスには理解できない。リンを守るためなら真っ先に知らせてくれればよいものを。そうしなかったのは自分で気づけと言うエルマーの意地悪だと分かっているが、リンを託された己の失態と思う気持ちが勝り言葉にはできなかった。


「お前とリンさんの関係性を確かめたくてね。誰を選んでも私の姪を向かわせる算段になっていた」

「彼女の失礼極まりない暴言はお前ゆずりか……」

「暴言?」

「いや、まぁいい。それで私が彼女を気に入って結婚するとなったらどうするつもりだったんだ」

「勿論そのまま結婚させるつもりだったよ。有能な魔法使いの子供たちが能力を引き継ぐ可能性は大いにある。そうなればヴァイアーシュトラスの未来は明るい。軍事力強化に予算削減。削減した分を騎士団に回せるからな」


 成程なとユリスは思った。リンとユリスの関係性を知りたかった意味は分からないが、姪を使って探りを入れ、ついでに結婚してくれたら一石二鳥と考えたのだろう。


 あの日ユリスは誰が来ても結婚に応じる気持ちでいたし、メティア嬢にもそのように伝えたはずだ。しかし彼女はリンを貶める発言をした。彼女はエルマーの姪である。あれは本心なのか、それともユリスとの結婚はまっぴらだと思いエルマーの命令に背くような行動をとったのか。

 いや、今はそんなことはどうでも良い。

 何より自分がするべきことに気付けないでいたことが腹立たしく情けなく。これ以上の失態は許されない案件だ。





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