16 工房にて
キルヒヘア家の工房に姿を現した魔法将軍。目深に被ったフードから覗く黒曜石が光を取り込み煌いた。
口元にはうっすらと笑みを浮かべているが、射抜くような鋭い視線はどこまでも冷ややかで、他者を威圧する雰囲気に誰もが息を呑み声を失う。さらに全身真っ黒の出で立ちはまるで鎌を振るう死神のようで、工房で働く者達を震え上がらせた。
ユリスが一歩踏み出せばゴトリと黒いブーツが重い音を立て、居合わせる者たちを世界が灰色に染まったような感覚に陥らせる。
「ユ……ユリス様。いかがいたしましたか?」
早朝から技術を磨いていたイドが兄弟子たちより先に前へと出た。この中で唯一、ユリスと面識があり、直接言葉を交わしたことがあるのがイドだったからだ。
イドがリン抜きでユリスに会うのは初めてになる。纏う雰囲気があまりにも異なっていて恐る恐るといった感じの声かけだが、ユリス自身はイドへの態度が違っていることなど認識してない。
「クルト殿は在宅か」
「はい。ご案内します……あ、父さん」
イドがユリスを案内しようとしたところで白髪交じりの主が姿を現した。
魔法具士で工房の主であるクルトだ。
線が細く繊細そうな彼は眉を下げ、どことなく残念そうに小さな溜息を落としてから「こちらへ」とユリスを奥の部屋に案内した。
そこはクルト専属の作業部屋で様々な道具で溢れていた。取り取りの魔法が込められた作業半ばの魔道具たちから漏れる気配は、どうかしたら酔いそうになる程だ。
「あなたがお見えになられたということは、私の仕事もまだまだということですね」
肩を落としたクルトは謝罪するように頭を下げる。この男が悪意を持って魔道具に仕掛けを施したという訳ではなさそうだ。ユリスもその可能性は当初から低いと考えていた。
「クルト殿。あなたの仕事は私も認めるところだ。彼女が身に付けていなければ気付けなかっただろう」
リンが持っていたから注視した。そうでなければ気にも留めなかった。
「息子は知らないのです。罰は私一人に」
「あなたを罰するために来たのではない。リンの手に渡ると知った上で、イドを欺き付加した仕掛けは何だ?」
リンに害が及ばずクルトに悪意がないなら、真に罰するべきは彼ではない。それでも答えを拒否することは絶対に許さない。
静かに問うが気持ちは伝わっているのだろう。クルトは迷うことなく「追跡」と答えた。
「あれには対となる魔法具がございます。それには大陸の地図が刻まれ、リンさんが持つ魔法具がどこにあるのか分かるようになっております」
「持ち主の居場所を特定する物か」
「左様でございます」
行動の全てが知られるのか。己の関せぬ所でリンの居場所が知れるのは、リンにとってもユリスにとっても歓迎できるものではない。
「対の魔法具はどこだ」
「ここにはございません」
「依頼主は誰だ」
リンの所在をクルトが知ったとて得にはならないだろう。イドであれば考えられるが、人の所在が分かる高等な魔道具をイド一人で完成させることはできないだろうし、何よりもクルトが自分の仕業と認めている。持ち手に秘密など犯罪だ。それをクルトがしたならば相当な権力を持つ依頼主がいるということだ。
「お答えすることを禁じられております」
「私よりも強い権力を持っているということだな」
最後の問いにクルトは答えない。ユリスも追及せずに「邪魔をした」とだけ告げて工房を後にした。
むりやり聞き出すことは容易いが、相手がリンもよく知るイドの父親であること。彼が優秀な魔法具士であり、リンやユリスの生活に今後も関わるであろう可能性があること。何よりもリンがイドと幼馴染の関係を続けるつもりであることを考慮して、クルトを傷つけてもユリスやリンの得にならないと判断した。それに依頼人の予想はついている。
キルヒヘア家の工房を後にしたユリスは再び城へと足を向けた。




