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14 普通の幸せ



 バメイはグンターと異なり無口で淡々と仕事をこなすタイプのようだ。彼にとって役不足である任務に申し訳無さを感じる。無口なバメイと二人肩を並べて帰るのはさぞ苦痛になるだろうと思っていたが、エルマーと面会後は腹が立っていたので、バメイに気を取られることなく自宅へと突き進んだ。


 自分のことを言われるなら仕方がないが、エルマーの言い草はユリスを掌で転がされているように感じてとにかく腹が立った。

 こんな職場は今日限りで辞めてやる勢いだったが、大人たる責任を指摘されては辞めることもできない。

 ここで辞めたら魔法将軍の養い子が我儘を言ったあげくに部不相応な仕事を得て、辛抱できずに簡単に辞めた。魔法将軍が甘やかした結果だろうと噂されるかもしれない。それすらエルマーの思惑の一つだろう。そう思えば思うほど腹が立つ。


「リン殿」

「何!?」


 不意に声をかけられ攻撃的に返事をしてしまう。振り返るとバメイがいた。存在をすっかり忘れていたために背の高い立派な騎士の姿に少しばかり驚いてしまった。


「あちらに人がいる」


 バメイはリンの態度など意に返してはいないようだ。彼の視線を追うと別れた恋人で幼馴染のイドが立ってリンを睨むように見ていた。


「そいつ誰? 新しい男?」

「違うわよ」


 別れてから初めて言葉を交わす。嫌味な言い方にカチンと来たが、往来で喧嘩したくなかったので事実だけ告げれば、イドはバメイを警戒するように睨んだ。


「話があるんだ。二人で」

「時間がないの。でもどうしてもって言うなら今ここで、手短でいいなら聞く。二人きりって言うなら改めていいかしら。今日はものすごく腹立たしいことがあって虫の居所が悪いの」


 こんな風に感情を込めて剣のある言い方をするのは始めてだ。イドは驚いたのだろう。眉を下げて心配気な表情で問いかけた。


「リンがこんなに怒るって何だよ。ユリス様に何かあったのか?」

「どうしてユリス様だと思うの?」

「リンが怒るのはユリス様の悪口言われた時くらいだろ。過去最大に怒っているみたいだ」

「わたしそんなに怒っているように見える?」

「噛みつきそうなくらい怒ってるよ」


 そうか。幼い頃から一緒にいるイドが言うなら間違いないだろう。確かにユリスの悪口を言われたら腹が立つのは養い子になった頃から変わらない。そしてイドの指摘通り、ユリスに関することで過去最大に腹が立って怒っていると気付いた。

 リンは心を落ち着ける為に目を瞑ると、ゆっくり深く息を吸って吐き出した。


「ごめんなさい、きついい方になって。それで話って? 改めてにする?」

「すぐに終わる。リンに渡したい物があって」


 イドは肩にかけていた鞄から小さな四角い飾りのような物を取り出してリンに差し出した。


「俺が開発から仕上げまでやった。初仕事はリンに贈るって約束したの覚えてる? リンを守ってくれるお守りみたいなものだ。鞄にでも付けていてくれたら嬉しい」


 魔法具を作る魔法具士は素質がなくてはなれない。そして素質は遺伝的要素が強く、よほどのことがない限り魔法具士の子供は魔法具士になることが義務付けられていた。

 慣例に則りイドは父親の後を継ぐことが決まっているが、認められない限りは商品として魔法具を世に出すことはできない。道具に魔法の仕掛けをし、魔力を込めて便利な道具にするのが魔法具士の仕事だ。腕の良い魔法具士は欠損した体の一部を作り出して機能させることもできる。

 イドが開発から仕上げまで一人で受け持った最初の魔法具はリンにプレゼントする。そう言われたのは出会ってすぐの頃だったか。リンも覚えていた。少し迷ったがイドの初仕事を両手でしっかりと受け取る。


「おじさんに認めてもらったのね。おめでとう」


 小さな四角い箱は金具がついていて鞄の持ち手に付けられるようになっていた。


「お守りみたいなものって、どんな効果があるの?」

「暴漢に襲われたりしたら逃げたい、助けて欲しいって思うだろ? その感情を受け取ったら爆音が鳴る」

「爆音?」

「相手が怯んだ隙に逃げられるし、音を聞きつけた人がやって来て助けてくれるかもしれない。周囲に危険を知らせる警報にもなる」

「爆音ってどんな感じ?」

「ポン菓子作るくらいの音かな?」


 それはかなり大きな音だ。リンが目を丸くするとイドは笑みと言うには微妙な感じに口角を上げる。


「爆音だと相手も身構えるだろうと思って。何事もなければいいんだけどね」


 そう言ってイドは少し照れたように笑って頭を掻いた。リンは掌に重みを感じつつ四角い箱をじっと見つめる。

 

 子供のころから仲良くしていた幼馴染だ。告白されて恋人になったが、それは失敗だと気付いてリンの我儘で別れてもらった。その際に悶着があったが、恋人の期間中に深い関係にならなかったのは正解だったかもしれない。もし深い関係になっていら、約束の初仕事を受け取る気持ちにはなれなかっただろう。


「ありがとうイド。あの……」


 リンは自分の不誠実さを心から悔いていた。謝罪の言葉が漏れそうになったが「あのさ」とイドが遮る。


「俺たち幼馴染だろ。これからも変わらないよな?」


 この言葉はイドの優しさだと感じた。届かない人を好きになる気持ちを知っているリンは切なくなったが、イドの示してくれた譲歩に向き合うことにする。


「うん。そうだね。ありがとう。魔法具が必要になったら工房に行くわ。おじさんにもよろしく伝えてくれる?」

「分かった。待ってるからいつでも来いよ。リンのこと送って行こうと思ったけど、あいつがいるから必要ないかな?」


 イドが少し離れた場所に立つバメイを一瞥する。離れてはいるが声が聞こえる範囲だ。


「何で騎士が一緒にいるのかだけ聞いてもいい?」


 恐る恐ると言った感じで問うイドに、仕事を始めたのでその関係でとだけ伝える。貰った魔法具をポシェットに付けて「これでいい?」と訊ねれば、イドは「うん」と深く頷いた。


 イドと別れたリンは、バメイと並んで残りの道を進む。イドのお陰で少しだけ気持ちが治まっていた。屋敷につくとバメイは「それではまた」とあくまでも業務の体を崩さずに帰って行く。リンは礼を言って見送ると扉を開いた。


「お帰り」


 想像した通り、リンよりも早く帰宅していたユリスに迎えられる。

 整った身だしなみ。真っ直ぐに立つ姿勢よい姿。声色は硬くきつい表情で他所行きの完璧なユリスだ。両腕は後ろに回して指揮官が壇上で言葉を述べるような姿をしているが……だらんと垂れさがる兎の耳が背後に覗いていた。


「ただいま、ユリス様」


 扉を閉じたリンはユリスの正面に立つ。ユリスの他所行きの表情は取り乱さないようにするための盾だ。うさちゃんを背後に隠し持っているのは怯えの表れ。


「先ほどテゲトフ様にユリス様のことを聞いてきました。それで帰りが遅くなったんです」


 ユリスは不動の姿勢で返事も頷きもしない。ただ凍てつくような冷たい視線をリンに向けているが、それが虚勢であると長く一緒にいるリンには分かってしまい、なんだか可愛いと思ってしまった。

 リンはエルマーに対する怒りや腹立たしさを追い出してユリスに満面の笑みを向ける。


「わたしは変わらずユリス様が大好きです」


 ユリスは微動だにせず怖い顔をしているが、冷たい目の奥に「え?」という疑問が浮かんでいることもリンには手に取るように分かってしまった。


 そうなのだ。

 昨夜は戸惑いを覚えたが、リンは十一年もユリスと一緒に生活しているのだ。ユリスはリンにとって良き保護者であり、導き手であり、心から愛する人だ。ユリスが過去を恐れていても、リンの気持ちが変わらないことを伝えてしまえばいい。

 

 ユリスにとって自身は醜い人殺しかも知れない。

 そう思い込んでいてもしょうがない過去があるのだろう。

 けれどリンの知るユリスは温かい人だ。エルマーとの話には腹が立ったが、エルマーはユリスを悪く言ってはいなかったではないか。エルマーの左手が欠損したのはユリスの行動によるものだったかもしれないが、醜い人殺しなら自分のせいだと怯えたりはしない。

 ユリスは間違いなくリンにとって温かい保護者だ。


「急いでご飯の支度をしますね」

「え、ちょっと待って」


 台所へ足を進めるリンの後をユリスがいそいそとついて来た。そこに他所行きのユリスはいない。


「エルマーから話を聞いたのだろう?」

「はい。聞きましたよ。エルマー様が溺死しなかったのはユリス様のお陰ですってね」

「え……え? あれ? リンはエルマーの話をちゃんと理解しているかい?」

「ええ、勿論」

 

 リンは大鍋に水を入れ火にかけた。その後ろを焦りの声を漏らすユリスが陣取っている。


「いや、あの。ちょっと待って。決してリンが馬鹿だとか理解力がないとか言う訳じゃないのだよ。ただ、やっぱりリンはエルマーの言葉をきちんと理解していないと思うんだ」

「していますよ。ユリス様は上官の命令に従わなかったんですよね。そしてテゲトフ様がユリス様を追いかけて色々あったんですよね。よかったです、二人が生きていて」

「え?」


 エルマーの言い方は大変リンを腹立たせたが、戦争という場所から二人が生きて戻って来たのは何よりも良いことだろう。確かにエルマーへの不信感や腹立たしさは消えないが、何事も命あってのものだ。


「良かったですね、二人とも助かって。もしユリス様とテゲトフ様が溺死していたらグンター様は産まれていませんし、わたしはユリス様に引き取ってもらうことができませんでした。本当によかったです」


 あえて明るく答えて振り返ると、ぽかんと口を開いて言葉を失っているユリスと目が合う。

 これはユリスの予想と異なった答えなのだろう。けれどリンにとっては正解だ。

 

「ねぇユリス様。わたしは今、普通に幸せですよ」


 そう言ったらユリスは泣きそうな顔をして台所から逃げ出してしまった。





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