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13 大臣と小娘



 財務大臣は忙しく、リンのような下っ端が容易く声をかけられる相手ではない。

 けれどユリスの心に近付きたいリンは、終業時刻になって姿を見せたエルマーの二男、騎士団で仕事をしているバメイに断りを入れてエルマーの執務室に向かった。


「あらリンさぁん、バメイ様も一緒にどうしたのぉ? 大臣に用事? 今ねぇ、会議中でぇ。あと半時くらいで終わる予定だけどぉ。どうするぅ?」

「あと半時……」


 半時待ってから話をして、帰宅して、夕飯の準備をしなければならない。今朝は何事もなかったかのように繕っていたユリスが帰ってくるまでにできるだろうかと段取りを計算する。


 何となくだが、今日のユリスは定時より早く帰宅してきそうな気がした。どうしようかと考えていると「大臣はぁ、会議の後何もないけどぉ、明日は朝から深夜まで予定でいっぱいよぉ」と言われて「待ちます」と即答した。


「そう言うことですのでバメイ様、時間がかかりそうなのでどうかお仕事にお戻りください」

「これが私の仕事なのでお付き合いさせて下さい」

「でも……わたしはバメイ様の貴重なお時間を頂戴できる身分ではありませんので」

「魔法将軍の娘とはいえ養い子だから?」

「はい。本来はバメイ様とこうしてお話をするような身分でもありません」

「気持ちは理解できますが、父がこうして騎士を動かしているのですから必要なことなのです。私は任務を放棄しませんよ」


 そう言ってバメイは待合にあった椅子にリンを座らせ、自分はリンの隣に立ったままだ。昨日のグンターとは違い任務に忠実な二十一歳の騎士は、安全な大臣執務室でも周囲への警戒を怠らず、リンは会議が終わるまでの半時を居心地悪く無言で過ごすことになった。


 会議を終えたエルマーが姿を見せたのでリンは勢いよく椅子から立つ。隣のバメイは礼をするとリンの後ろに立った。エルマーは頷くだけで親子なのに会話がない。職務中の貴族は親子でもこういうものなのだろうか。


「それで話とは?」

「ユリス様のことでお伺いしたいことがあります」

「なるほど。なら人払いだな。バメイ、お前もついてくるな」


 執務室で仕事をしていた人たちも追い出され、リンは大事になってしまったと申し訳なく感じる。ユリスの養い子であるから特別なのだ。特別扱いは反感を買う。今後は注意しなければと心に刻んだ。


「それで、ユリスの何を知りたい?」


 互いにテーブルを挟んで椅子に座ったところでエルマーが促す。リンの視線は自ずとエルマーの左腕に向かった。するとエルマーが「これか?」と腕を掲げる。


「ユリス様がやったと聞きました。本当ですか?」

「ああ、その通りだ」


 即答で認められリンは息を呑む。

 実はユリスの思い込みで、エルマーからは違った認識の答えが返ってくることを心のどこかで期待していたのだ。


「ベルクヴァイン王を追い詰めたが、城抜けのために地下迷路に入られた。これは内緒だがね。我々は圧勝したことになっているが、実際は満身創痍だったんだよ。態勢を立て直すために私は退却を決断したが、ユリスは従わなかった」


 目の前まで追い詰めたベルクヴァインのバヴェル王に逃げられ、満身創痍で戦闘能力の落ちた状態のままユリスは単身後を追い、ユリスを止めるためにエルマーが一人後を追ったのだと言う。


「無理に迷路に入り仕掛けが発動してね。後を追った私の腕が落ちてきた岩に挟まれた。更に水攻めとなりユリスは先に進めず、私は溺れ死ぬ運命となる一歩手前でユリスに腕を引き千切られた」


 エルマーは義手となった手をまるで愛おしむかに撫でる。


「せめて剣を使えと言ったのだが、ユリスには魔法の方が早かったのだろう。が、大して魔力が残っていなかったものだから、岩に挟まれた左手首から先は引き千切られるようにして魔法で切断された。溺死よりましだがね。腹を刺されるよりもはるかに、私にとって人生最大の痛みだったよ」


 エルマーは笑うがリンは口をぎゅっと引き結んで言葉が出ない。心を落ち着ける為にゆっくりと息を吐き出し、真正面からエルマーと目を合わせた。


「テゲトフ様はユリス様の上官だったのですか?」

「ああ、そうだよ。ユリスが王女の死を報告し、戦場に出ると決まった時から七年間、この怪我が原因で騎士団を退団するまでずっとね」

「ユリス様は上官の命令に逆らった。そのせいでテゲトフ様は騎士を続けられなくなったのですね」

「その通りだね」


 ユリスはそのことを悔いている。だからエルマーの義手が音を立てると当時を思い出して逆らえなくなるのだろう。

 昨日の食事会で席を立とうとしたユリスは、エルマーが立てた義手の音に反応して席に戻った。きっとエルマーも分かってやっている。エルマーの姪であるメティアも言っていたではないか。自分と結婚したら魔法軍が資金面で悩まされることはなくなると。ユリスが国の英雄ならかなりの我儘が通って良いはずなのに、そうならないのはユリスがエルマーの左腕に対して責任を感じているからに違いない。


「ユリス様はテゲトフ様のことを信頼できると。テゲトフ様はユリス様を恨んでいないと思っています」

「それは嬉しいね。ユリスの態度はどうあれ、奴が私を信頼しているのは昔から知っているし、私はこの怪我がユリスのせいだとは思っていない」

「そのせいで騎士を続けられなくなったと認めたではありませんか」

「認めたよ。事実だからな。だがこの怪我は己の未熟さ、力不足が招いた結果だ。戦場での負傷を人のせいにするほど落ちぶれてはいない。だがユリスがどう思うかはユリスの心次第だ。私は己に与えられた任務は全力で全うする。それは当時も今も変わらない」


 エルマーは笑みをたたえたままゆっくりと足を組み、組んだ足に義手のある左手を乗せた。


「ウイリット、君は馬鹿ではなさそうだから既に理解しているだろう。私が君の上司になった理由は何だ?」


 ユリスを結婚させるため。側において良いように転がすため。ユリスの血を引き継ぐ子供を後世に残して国力を上げるため。そうすることで魔法軍の力は保たれる。優秀な魔法使いが多ければ多いほど魔法軍にかかる費用を他に回せるのだろう。


「失礼します!」


 リンは勢いよく立ち上がると非礼に近い状態で執務室から去ろうとした。が、ドアノブに手をかけた所で「待ちなさい」と、決して声を荒げている訳ではないが強い静止を受けて立ち止まらされる。


「君はいい大人だが、愚かにも与えられた役目を全うせずに投げ出したとしても、私はそれを責めはしないよ」


 守られるだけの存在でいたいならそうすればいい――そう挑発されたような気がした。






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