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12 告白



 定時になったのでリンが帰宅しようとしたところ、保管室の扉が開いてクリスタが顔を見せた。


「リンさぁん、こちら大臣のご子息グンター様。お昼に言われたこと覚えているわよねぇ。ご命令だからぁ、ちゃぁんと送ってもらってねぇ」

 

 と、クリスタは隣にいた少年を紹介だけして小走りで退散してしまう。忙しそうだなと、リンはクリスタの背中を見送ってから、紹介された少年と視線を合わせた。


「初めまして、リン=ウイリットです。お手間をかけますがよろしくお願い致します」

「私はグンター=テゲトフです。騎士団で見習い騎士をしております。父から言われて参りましたが決して手間ではありませんので。こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って目元をゆるめた少年はリンよりも少しばかり背が高いものの、屈託のない笑顔を見せてくれた。

 完全に声変わりが終わっていないが、エルマーに似た良い声の持ち主だ。成長しきったらあの大臣のように大きな男性になるのだろうかと想像してしまう。


 自分の我儘で就職したせいで面倒をかけていると分かったが、今更引くことはできない。護衛が必要な身分ではないが命令なのでしかたないとあるがままを受け入れる。グンターはリンより三つ年下で、元来の性格なのか人懐っこいようだ。


「真っ直ぐ帰宅ですか? リンさんは家庭のことをやっていると聞いたので必要な買い物などあるでしょう。私で良ければぜひお手伝いさせてください。仕事の一環として市で買い物をしたりするので、私なりに安い所なんかも知っていますよ。私のお勧めの店を教えますので、リンさんのお勧めも教えてくださいね」


 迷惑をかけるから寄り道など以ての外。一度帰宅してから買い物に出ようと思っていたが、グンターは察して気を使ってくれたようだ。お勧めの店というのも事実で店主と気さくに会話してリンを紹介し、果物を買うとおまけまでつけてくれた。

 リンがどこのお店を紹介しようか迷っていると「菓子店がいい」と言うので、庶民の通う飴屋を紹介してやると瞳を輝かせて喜んでくれた。どうやら彼は甘いものが好きらしい。お礼に金平糖を買ってプレゼントすると断らずに受け取ってくれたのでリンも嬉しくなる。


 財務大臣のご子息ということで気負っていたが、グンターはとても話しやすい少年だった。買った荷物も持ってくれた。一応護衛なので「荷物なんて抱えていたら駄目なのでは?」と問えば、「有事の時は放り出しますからキャッチしてくださいね」と笑顔で返される。


 家まで送ってもらって礼を言って別れた後、リンは楽しい気持ちからほんの少し気分を落とした。


「これって……いえ、でも。身分が違い過ぎるわ」


 急に決まった退勤時の同伴。気さくで人懐っこい見習い騎士。他の三人とも面識はないが、大臣の息子だから立派な騎士に違いない。きっと社交性があってリンに優しく接してくれるのだろう。


 だからもしかしたら、リンが彼らの誰かに惚れるよう仕向けられているのかと考えた。

 理由はリンとユリスを離れさせるため。

 リンが誰かと結婚してこの家を出れば、ユリスの妻となる人は何の憂いもなく嫁いで来れるだろう。メティアが言っていたように、リンはユリスの結婚の障害になっているのだ。


 軍事力のためにエルマーはユリスを結婚させて、ユリスの血を引く魔法使いを残したいと考えている。ユリスも将来を見据えて結婚しても良いと思ったからこそ見合いをした。

 しかしまとまりかけた所でリンを理由に破談となった。破談の相手はエルマーの姪であるメティアだ。


 財務大臣であるエルマーはメティアから事情を聞いてどう考えただろうか。

 手っ取り早くリンを片付けるために自分の息子たちを――と思ったが、リンと大臣の息子たちでは身分が違い過ぎるので考え過ぎだろう。しかしリンの就職が財務大臣直々の声掛かりとなったのは偶然ではない。何かしら思惑があるのは確かなのだ。血の繋がらない養い子でも魔法将軍の娘である限り利用される可能性もある。もしかしたら今後のための監視なのだろうか。


 悪い方に考えが向いた所で「リン」と声をかけられて飛び上がるほど驚いた。


「ちょっといいかな?」

「ユリス様、どうして――」


 振り返ると出仕をしているユリスが帰宅していた。まだ帰宅するには早すぎる。昼間の食事会もあり、リンは漠然とした嫌な予感に苛まれた。


「仕事が手につかなくて早退したのだよ。さっきのことで話があるからこちらにおいで」


 居間の長椅子を示され言われるまま腰を下ろす。うさちゃんをぎゅっと抱きしめたユリスもリンの隣に腰を下ろした。


「僕のこと、エルマーから聞いたかい?」

「いいえ、特になにも」

「そうだね。エルマーは意地悪だが汚い奴ではない。だけど僕は、エルマーの音を聞くたびに醜い自分を突きつけられてしまうんだ」


 いつもと異なる様子にリンは隣に座ったユリスを見上げた。

 顔色が真っ白で血の気がない。瞳はどことなく虚ろで、こんなユリスは見たことがなかった。


「ユリス様――なにか、ありましたか?」


 弱音を吐いてどんなに情けない姿を曝しても、リンにとってユリスは頼れる大人だった。それが今はまるで見知らぬ男の人を見ているようだ。


 彼は今、新しい姿を見せようとしていると悟る。リンは少しの恐れを感じつつも、嬉しくなってそれを引き出そうとした。家族でも保護者でもない、一人の人間としての吐露を受け止めさせてくれるのではないかという期待が湧き起る。


「テゲトフ様の音って何ですか?」


 うさちゃんを抱きしめて、正面を見つめたまま動かないユリスを促すように問う。するとユリスはぎゅっと眉間に皺を寄せると、抱き締めていたうさちゃんをリンに押し付けた。


「これは君を守る盾だ」

「はい、分かりました」


 よく分からないが、リンは託されたうさちゃんを優しく膝に乗せた。


「ラウラ様がリンを守ってくれる」

「……分かりました」


 分からないが取りあえず返事をすれば、ユリスは前を見据えたまま口を開いた。


「エルマーの腕は僕がやったんだ。僕が魔法で落とした。後で手当てをしたのも僕だ。そのせいで僕の魔力がエルマーに馴染んでしまって、魔法具が反発してみせかけの義手しか使えない。エルマーは騎士を続けられなくなった。エルマーは僕を恨んではいないよ。だけど僕はあの義手がなる音を聞くと当時を思い出す。僕はベルクヴァイン王家を滅ぼすと決めた。そのために必要なら誰だって殺した。戦争だからなんて関係ない。戦争は人を殺すのが仕事だ。だけど僕は私怨で人を殺した。邪魔となったら味方にも容赦しなかった。僕はね、君が世界を知ることで僕の醜い部分を知られることが何よりも怖かった。だから閉じ込めておきたかったのだよ。僕と関わりのない、普通の生活を続けて欲しかった。だけどそうもいかなくなった。人から聞かされるより僕から伝えるのが一番だと思ったから――」


 リンはユリスに抱き付く。人形のように言葉を続けるユリスを止めようとして、声をかけるより体が動いた。


「ユリス様、待って。落ち着いて下さい」

「他人からリンに知らされるより自分で告白するべきだと思った。僕は……醜い人殺しだ」

「違います!」


 リンはぎゅっと力を入れてユリスに抱き付く。膝に乗せていたうさちゃんは床に転がっていた。


「戦争です。戦争だったから人を殺したんです。戦争のせいで人殺しだっていうなら人殺しです。でも醜くなんてありません。ユリス様はわたしの大切な人です。わたしにとってユリス様は少しも醜くない!」


 急にどうしたのか。ユリスのどんな部分を見せられたって平気だ、構わない。どんなユリスだって受け止めるし、なんでも話してくれたら嬉しい。だけどそれでユリスが苦しむのは別だ。どんなに素晴らしい魔法使いで数多の功績を残してもただの人。戦争で得た傷を無理に告白させたいわけじゃない。


 ユリスがリンに対して戦争に関わる話をしたことはない。急にこうなったのはリンとエルマーが接触したことが原因だ。エルマー側から一方的に知らされるのを恐れたのだろうか。

 リンはユリスを抱き込む腕に目一杯力を込めた。


「エルマーの腕は僕がやった。これをエルマーから話したりはしないだろう。分かってるけど、彼から知らされるのが怖かった。知られるよりもずっと怖かった。なにより僕から伝えるべきだと思ったから」

「分かりました。大丈夫です。ちゃんと分かりましたから」

「僕の醜さは僕が誰よりも知っている」


 知られたからって何を恐れるのか。リンは疑問に感じたが、ユリスの初めて見せる様子が尋常ではなく、真意を察することができない。


「ユリス様がわたしを大切にしてくれていることを、わたしは誰よりも知っています」

「ごめんねリン。僕は嘘つきだ」

「大丈夫です。わたしはユリス様が大好きですよ」


 これは戦争で受けた心の傷の後遺症なのか、他に理由があるのか。初めてのことで分からない。

 こうなったら名前の出たエルマーに聞くべきだろう。教えてくれるか分からないが、大好きなユリスが恐れる物が何なのか知りたくてリンは意を決した。






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