巻き込まれ召喚されたのお前らなんだけど?30歳の逆転人生!
「おっさん誰?」
目を開けると、大勢の高校生たちが俺を見下ろしていた。
わけがわからず、慌てて上半身を起こした。
何で俺は、スーツ姿で床に寝転がっているんだ!?
過労か!?
ブラック企業のクズ課長に命じられて20連勤したツケが回ってきたか!?
けれど、周囲の状況を確認して、俺はソレに目を奪われた。
「ドーム天井にステンドグラス?」
見上げれば、そこはにまるでヨーロッパのお城か大聖堂のようにドーム状の天上が広がり、ステンドグラスから太陽の光が差し込んでいた。
俺の仕事は不機嫌そうなおっさん巡りをする外回りはあっても、こんな綺麗な場所へ行くことはない。
なら、どうして?
そこで、はっと思い出した。
そうだ、俺は東京の会社から名古屋へ出張のために新幹線に乗っていたんだ。それで、修学旅行中の高校生たちと同じ車両に乗り合わせて、途中で白い光に包まれて、意識を失ったんだ。
「やっと目を覚ましたか」
やや呆れた口調に視線を向けると、高校生たちの向こう側、玉座的なものに、王様然とした格好のおっさんが座っていた。
偉そうにふんぞり返り、玉座の高みから俺らを見下しながらおっさんは気を取り直した風に再び口を開いた。
「では、よくぞ参られた勇者たちよ。貴殿らはこの世界を救うために召喚された。世界を暗黒に染めようとする魔王を打ち倒し、世界に希望を取り戻してくれ」
その口上に、俺は背筋が寒くなった。
――ちょっと待て。待て待て待て。それってまさか、もしかして。
俺の不安を煽るように、高校生たちが騒ぎ始めた。
「うぉおおおおお! マジかよ!」
「これっていわゆる異世界転移ってやつですか!?」
「キタコレ最高!」
「嘘!? 異世界転移って最近アニメでよくやってるあれでしょ!? やった!」
「あれでしょ? チート能力で活躍してストレスフリーにチヤホヤされる」
「ついにあたしの時代が来たわ!」
「異世界と言えばイケメン王子との結婚よね!」
「オレは巨乳のエルフ美少女とヤりまくるんだぁ!」
「冒険者ギルドでハイスペSUGEEで薬草採集に行ったらスタンピードに出くわして最速Sランク!」
「おいおいオレらはいわゆる【クラス転移】らしいし、それは違うだろ」
「クラス転移? そうなると……」
眼鏡をかけたオタク風の男子が、俺のことを一瞥してきた。
気持ちは分かる。
これがクラス転移だとしたら、30歳社畜の俺がこの場にいるのは、明らかにミスマッチだ。
そして、これが俺の不安通りの【アレ】だとすると、非常にマズイ。
生徒の一人が声を上げた。
「あのー王様。てことは俺らって何か戦闘スキル的なものが貰えるんですよね? どうやって確認すればいいんですか?」
「流石は勇者殿、話が早い。皆、慣れれば念じるだけで可能だが、ステータスオープンと言うがよい」
王様の指示通り、高校生たちは口々に「ステータスオープン」と呟いた。
すると、彼ら彼女らは何もない空間に視線を走らせ、色めき立った。
どうやら、自分にだけ見える画面が見えているようだ。
「王様! 剣術スキルって表示があります!」
「あたしは魔術師スキルよ!」
「オレはアサシンスキルか」
「私はビーストテイマーね」
「へぇ、オレはアーチャースキルか。ゲームみたいでわかりやすいな」
「オレ賢者じゃん! 主人公スキルキター! まじオレしか勝たん!」
「あたし聖騎士よ!」
「残念、オレなんか剣聖だぜ」
「すっごーい。流石は刈谷くん! 異世界でも一軍なんだ!」
「まっ、刈谷じゃしょうがないよな」
どうやら、あの刈谷とか言う長身美形男子がクラスのリーダーらしい。
みんなの注目を浴びて有頂天になりながら、得意満面に周囲を見下したあの表情。俺が高校生の時にもいたけど、どうやらあの手のバカは時代に関係なく存在するらしい。
はしゃぐ高校生たちの報告に、王様は怪しい笑みを浮かべた。擬態語をつけるなら【しめしめ】が適当だろう。
「うむ。本来、一人前の剣士や魔術師の育成には何年もかかる。だが、神の加護であるスキルは持つだけで一人前の能力が身に着く上、その道で尋常ならざる才を発揮する。本来ならスキルを授かるのは100人に1人もいないのだが、異世界から召喚された者には必ず宿ると言われておる。それにレベルの上昇もこの世界の人間よりも早い」
「レベル、まるでゲームだな」
「まぁまぁ異世界のお約束だろ」
「最初は1からから、当然だけど」
「それで、おっさんのスキル何?」
高校生たちの視線が、一斉にくたびれたスーツ姿の俺に注がれた。
王様の厳しい視線も突き刺さる。
流石に、俺が異物であることは異世界の人でもわかるらしい。
――そりゃあお肌ピチピチで同じ制服姿の若人たちの中におっさんが混じっていたら違和感ばりばりだよな。
「えーっと、ステータスオープン?」
遅れながら俺が自分のステータス画面を確認すると、それだけで何人かの高校生たちは笑った。
「遅っ」
「いまさらかよ」
という声が聞こえる中、俺は画面の情報を読み上げた。
「薄井恭二30歳、男、所有スキル:創造スキル。材料に応じたものを作れる?」
「戦闘系ではなく生産系だと? して、何を作れるのだ?」
訝しむような声の王様に促されて、俺は続けた。
「はい。うーんと、創造物一覧……銅の剣、ひのきの棒、木の靴、農作業着、麻縄、踏み台、桶、樽、簡易ベッド、棚、ウッドテーブル、ウッドチェア」
「もうよい! そんなもの、街でいくらでも手に入るわ! 無から作れるならともかく材料を使うのでは職人に発注するのと変わらないではないか! 大工スキルならお抱えの職人が何人もおる! そんなことで魔王を倒せるか役立たずめ!」
王様は激高して、口角に泡を飛ばしながら怒鳴り散らしてきた。
その様子は俺にパワハラとモラハラをかけてくるうちの会社と取引先A社とB社とC社とD社とE社とF社とG社の係長と課長と部長と次長にそっくりだった。
――酷い。勝手に召喚して思っていたのと違うからとイビるなんてあんまりだ。そもそも異世界召喚ってようするにただの拉致じゃないか。
「あ~王様、それはこのおじさんが可哀そうですよ」
意外にも、助け船は俺を馬鹿にしていた高校生の一人が出してくれた。
けれど、それは俺の勘違いだった。
先程、賢者スキルを手にして大喜びだった彼は、滑らかに舌を回した。
「だってこのおっさんは勇者じゃありませんから」
「どういうことだ?」
「思い出したんですけど、このおっさんはオレらが乗っていた新幹線、じゃわかんないか。とにかく長距離馬車に乗り合わせてたんです。ようするにこのおっさんはオレらの召喚に巻き込まれただけで、ようするにいわゆるぅ」
噴き出して笑った。
「巻き込まれ召喚って奴ですよぉ」
――で、す、よ、ねぇ~~~~~~………………。
他人から言われて、当人の俺は頭にズガガガガ~~ン、と衝撃を受けた。
しかも、しかも、だ。
「しかもぉ、これがラノベだったら巻き込まれ召喚されたけどチートですってのが定番だけど、そこはフィクションと現実の違いかなぁ? おっさん、本当に巻き込まれただけでチートじゃないみたいですね。まっ、でも生産系スキルなら城下町でなんとか生きていけるんじゃないですか? スローライフ系主人公として頑張ってくださいよっ」
賢者男子の言葉に合わせて、高校生全員がどっと笑い出した。
一人ぐらい、同情的な視線をくれていないかと期待するも無駄だった。
よほど歪んだ高校なのか、これが現代っ子なのか、理由は分からないが、その場にいた高校生全員が、一人の例外もなく腹や口に手を当てて大笑いしていた。
ただ一人、王様だけは眉間にしわを寄せて、怒り心頭に発していた。
「ええい、ハズレの粗悪品が余の視界を汚すな! 誰か、その下民をつまみだせ!」
高校生たちが道を開けると、当然ながら広間にいた鎧姿の衛兵たちが押し寄せてきて、俺の腕を取り強引に外へ引っ張っていった。
「待ってください! いらないなら日本に帰して下さい! 俺には向こうの生活があるんです!」
「そんな方法知るか!」
「そんなぁあああああああああああ!」
絶望の叫びを上げながら、目の前で広間の門が閉じた。
◆
そのまま城から投げ出された俺は、道の端っこで途方に暮れていた。
王都らしく整備された石畳の上を馬車が走り、レンガ造りの建物が並ぶ通りをチュニック姿の人々が行きかう。
異世界らしく、中世ヨーロッパ風ではあるがどこの国にも似ているようで似ていないナーロッパ風景に佇むスーツ姿のおっさんは、さぞかしミスマッチだろう。
「異世界、しかも帰れない……」
日本で俺は行方不明扱いなのだろうか?
向こうに残してきた仕事は?
アパートの荷物は?
パソコンのお宝フォルダは?
某海賊漫画とハンター漫画の最終回は?
貯金は……できるほど給料もらってなかったからまぁいいか。なにそれ悲しい。
せめて、俺も何か戦闘系スキルを持っていて高校生たちと一緒に勇者ライフを送りたかった。
そうすれば、社畜を卒業して日本に未練なく異世界で第二の人生を踏み出そうという決意も固まったかもしれない。
だけど、ただ一方的にネットも漫画もコーラもポテチもない異世界に身ひとつで拉致られてスローライフを送れと言われても困る。
まぁ、一応仕事鞄はあるから身ひとつじゃないけど、仕事の資料なんて何の役にも立たない。
これがせめて品種改良された現代農業の種とか農業資料なら異世界で現代知識農業無双できたものを。
そうなると、俺に残されたのはもうこの【創造スキル】ただ一つだ。
このスキルを上手く使って、少しでもマシな人生を送らなくてはいけない。
意外なほど立ち直りの早い俺だが、決してポジティブ思考の持ち主などではない。
むしろ、度重なる不幸のたまものだ。
小学生の時から苦しい時、悲しい時、辛い時、俺がどんなにヘコんでも誰も助けてくれなかった。
実の母親でさえ、「不景気なツラ見せるな!」と言って蹴りを入れてきた。
小学生の息子を蹴るなよ母ちゃん。
兄貴も、「お前そうやって悲劇のヒーロー気取りしていれば誰かがなんとかしてくれるとか思ってんねぇの? ウザッ」と言って蹴りを入れてきた。
だから蹴るなよ。なんで俺の家族は俺を足蹴にするの? ちなみに親父は特に理由が無くても蹴ってきた。うちの家族ってカポエラマスターなの?
とにかくそんなこんなで、落ち込んでもなんの解決にもならないどころかむしろマイナスあと学習させられた俺は、不幸であれば不幸であるほどむしろ活発に行動を起こすクセがついた。
「とりあえず詳細を確認するか」
ステータス画面の、【創造スキル】の説明を、もう一度読み返した。
すると、ストレージなる機能がついていた。
これはいわゆるアイテムボックスで、生きた動物以外のあらゆるものを無制限に異空間に収納しておけるというものらしい。
「ま、異世界の定番だよな。あとは創造物一覧を見返すか。何か安い材料で売れそうなものがあれば、そうだ、土から作れる陶器とか、いや、あれは焼くのに専用の窯がいるか」
などと言いながら一覧をスクロールしていると、指のフリック加減を間違えて、一気に下に移動してしまった。
「おっとと、上から順にみようと思ったの、に……え?」
そこに表示されていたものに、俺は絶句した。
【高周波ブレード】
【ファンネル】
【プラズマライフル】
【レールガン】
【万能戦闘メイドロボ】
【スーパー巨大ロボ・ブレインメイル】
【空中要塞アルデバラン】
そして、
【惑星殲滅決戦兵器アンゴルモア(※創造しないで下さい)】
――世界観んんんんッッッ!!!!?
思わず、全力で叫んでしまった。もちろん心の中で。
でもそうか、こんなすごいものも作れたんだ。
どうやら、構造が単純なものの順に表示されているらしい。
「でも待てよ、ならこのことを王様に伝えればっ」
喜び勇んで振り返ろうとして、俺の冷静な部分が待ったをかけた。
――待てよく考えろ。今からあの高校生たちに混じって勇者ライフを送って、それでどうなる?
失礼だが、あの高校生たちはお世辞にも人間としての質が良いとは言い難い。
王様も、勝手に召喚と言う名の拉致をしておきながら、何の保証もなく人を捨てるようなモラル崩壊のいわゆるDQNだ。
上司と同僚がDQNぞろいの勇者ライフって、本当に幸せか?
そう考えると、城へ戻ろうとする足が止まった。
それに、巨大ロボなんて俺一人で作るのに何年かかるんだ? まずはマシーンを作る工具を作ってそれから電気ドリルだとか溶接するバーナー的なものとか、俺の開発環境を作るだけでも年単位でかかりそうだ。
材料だって、あのDQN王が用意してくれるか怪しいものだ。
――ていうかこの巨大ロボの材料の竜の心臓って絶対に超貴重素材だし手に入らないだろう……。
異常の理由から、俺は極めて冷静に、そして論理的に身の振り方を考えた。
「…………うん、やっぱ城下町でまずは金と生活基盤だな」
思いのほか、あっさりと決まった。
◆
一時間後。
俺は冒険者ギルドに来ていた。
俺は生産系スキルだが、ここなら素材の情報が聞けるだろうと思ったからだ。
異世界転移と言えばの定番だが、この世界にもあって良かった。
羽扉を両手で左右に押し開けると、酒を飲む男達で埋まった丸テーブルの間を通り抜けながら、奥のカウンターへ向かった。
「こんにちは。初めてですか?」
若い受付の女の子が、優しくほほ笑みかけてくれる。
生活に潤いなど皆無の俺は、これだけのやりとりに癒されてしまう。
「はい、えっと、凄く遠くの国から来まして、変な服ですいません。それで冒険者が俺に合っているかわからないので説明を聞きたいのですが」
「わかりました」
受付嬢は嫌な顔ひとつせず、穏やかな口調で説明をしてくれた。
彼女の話をまとめると、こんな感じだ。
冒険者とは金次第でどんな危険な仕事も引き受ける何でも屋。
収入源は主に二つ。
ひとつはモンスターや薬草、鉱石などの素材を冒険者ギルドで換金すること。
もうひとつはクエストと呼ばれる依頼をこなして報酬を貰うことだ。
クエストは初心者向けの薬草採取やただの清掃活動や土方仕事から、上級者向けの凶悪モンスターの討伐や要人警護まで様々らしい。
聞けば聞くほど、ラノベの世界まんまで助かった。
冒険者には実力に合わせてランク付けがされており、難易度の高いクエストをこなすか強力なモンスターを討伐することで、昇格するようだ。
――俺が創造スキルで物を作ってもそれを金に換えられないと生活費を稼げない。ならせっかくストレージがあるんだ。森で薬草を大量に採取してそれを換金、てのが無難かな。
「登録されますか?」
登録しようとして、そこまで俺の心にブレーキがかかった。
俺のストレージを活かせば、採取系クエストでお金を稼げそうではある。
ただし、組織に所属するということは、縛られる、ということでもある。
「入会費や年会費はありますか?」
「ありませんが、初回のクエストの報酬から銀貨一枚分が差し引かれます」
「強制的に命令をされることはありますか?」
「ギルドからの強制クエストがあります。王室からのクエストや、街の危機などで発動されます」
「規則違反時の罰則はありますか?」
「罰金や活動停止、除名処分はありますが、刑法に触れる場合は憲兵さんが対応します」
つまり、あのDQN王の言いなりで、逆らえば罰金を払わされると、それは辛い。もしも追放した俺が冒険者ギルドで活動していると知れば、干渉してくるかもしれない。
俺は一考した。
「素材の買い取りは、冒険者登録していないとしてもらえないのですか?」
「できますよ。クエストの受注は冒険者登録が必須ですが、素材の買い取りは誰でもできます。でないとギルドを通さずに直接商人さんと取引する人が出てくるので、そこの間口はあえて広くしています。ギルドはあらゆる素材を年中買取しているので、買い取ってくれる商人さんを探す手間が無くて便利ですよ」
「なるほど……わかりました。じゃあ冒険者登録は良く考えておきます。では」
そう言って、俺は踵を返した。
けれど、「ありがとうございました」という声を背中にかけられるとなんだか後ろめたかった。
コンビニに入って何も買わずに出て行くような気分だった。
――素材、いっぱい取らないと。
そんな使命感が湧いた。
◆
一時間後。
俺は冒険者ギルドに貼り出されていた地図で確認した、王都郊外の森を訪れていた。
鬱蒼と木々が生い茂る森の中は、太陽の光を遮って昼間でも薄暗く、少し不気味だ。
けど、この森が俺の異世界生活の出発点になるのだ。
周囲に誰もいないのを確認してから、手近な草をむしり、ストレージを使ってみた。
スキルは、使おうと思えば使えた。
変な感じだけど、三本目の腕を動かすように、使おうとすると発動する。
同じように、収納した草を取り出そうとしたら取り出せた。
「ステータス画面にも収納ボタンがあるけど、これは何のためにあるんだ?」
気になり、【収納】を指でタップすると、別の画面が開いた。
「ん? 範囲(最大一キロメートル)と対象(他者の管理下に無い物)と収納量(最大100パーセント)を決めてください?」
それで気づいた。
生きた動物以外をなんでも収納できるなら、敵の装備品も収納できてしまう。そんなの、とんだチートだ。
「つまり、誰の持ち物でもないものに限るってことか。でも、草を収納できたってことは、国とか組織とか法人は含めないのか? あと、一キロメートル先のものを収納できるって、それほとんど超能力のアポートだろ、そんなことができるわけ」
わるふざけて、遥か前方の大木を意識しながらストレージを使った。
大木はデザインソフトのレイヤーを削除したように消えた。
「…………マジ?」
軽く愕然としながら、俺は試してみる。
「じゃ、じゃあ範囲は最大1キロメートルで、対象は創造スキルの材料になるもの。収納量は、生態系に影響が出るから半分。ただし木々と地面は10パーセント。金属は90パーセント」
最後に【OK】を指でタップすると、木々の10パーセントが消えたせいだろう。森がちょっと明るくなった。
そのコンマ一秒後、凄まじい量の情報が頭に流れ込んできた。
ストレージに何がどれだけ入っているのか、まるで自分の家の引き出しや本棚のようにわかる。
膨大な量の薬草、山菜、木の実、豆、鉱石、砂鉄、木材、粘土、堆肥、モンスターの死骸。
それも、凄まじい量だ。
ステータス画面の、創造可能物一覧を開くと、これまた凄い量が表示されていた。
「おぉ、もうこんなに作れるのか」
一番下までスクロールすると、【カーボンナノチューブ製強化スーツ】まであって笑った。
「って、材料だけあってもこの世界の道具でこんなの作れるかよ」
誰もいないのに、一人でツッコんでしまう。
「カーボンナノチューブってあれだろ? 人類が作れる史上最強の素材で、宇宙まで届く軌道エレベーターを作る時に使う、確か炭素原子をハニカム構造で繋げて作るとか言う。21世紀の日本でも少量しか作れないもんどうやって」
戯れに【作る】をタップすると、目の前に黒いダイバースーツが現れた。思わず手で受け止めて、しばし沈黙した。
「…………え……えぇえええええええええええ!?」
驚いた。超驚いて、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「作るって、だってDQN王は大工スキルとか言っていたし、てっきり、作るって俺が手作りするんじゃなくて、完成品出せんの!? そんなのまるでゲームって、いやこの世界ほぼゲームだけどさ!」
まさかと思って、俺は創造可能物一覧を、上から順に片っ端からタップした。
すると、俺の回りには次々薬草から作ったポーションや木材から作った家具、粘土から作った陶器が現れた。
「やべぇ……創造スキルって、マジでチートじゃん……」
しかも、素材は半径1キロ以内のものを自動で採取してくれる。
こんなの、人間生産工場だ。
驚愕に次ぐ驚愕、そして俺は、自分の手の中にある強化スーツの性能が気になった。
「これを着れば、もしかして……」
とある誘惑がむくむくと湧きあがった時、不意に獣の咆哮が聞こえた。
右を向くと、森の奥にサイのように大きく、象牙のように牙が長いイノシシがこちらに向かって突進してきた。
延長上の木々をなぎ倒しながら進むソレに、俺は絶体絶命のピンチを感じて心臓が跳ね上がった。
「ぎゃあああああああああ! ちょっと待てよ神様! せめて強化スーツを着る時間ぐらいくれよ!」
叫びながら、俺はイチかバチか、とある賭けに出た。
――強化スーツをストレージ・イン! 続けてストレージ・アウト! 場所は俺の装備する形で!
そう念じた瞬間、俺は下着の中に何かが走り、肌と一体化するのを感じた。
直後、巨大イノシシの牙が俺の胸板を直撃。
俺はなすすべもなく吹っ飛ばされた。
視界が回転して、樹木がへし折れる豪快な音と背中を撃つ衝撃に、けれど俺は冷静でいられた。
まるで絶叫マシンに乗っているような感覚だ。
スリルはあるが、危険は感じない。
「へぇ~、こりゃすごいや」
なぎ倒された木々の中から跳ね起きて大地に立つと、巨大イノシシと向かい合った。
ビジネススーツは引き裂けボロ布状態だが、体は全くの無傷、首から上も、薄型フルフェイスマスクが守ってくれた。
ヘッドアップディスプレイ越しに巨大イノシシを見据えると、また突進してくる。
「今度はパワーテストだ」
大地を揺らす振動が足の裏から心臓まで伝わって来る臨場感。けれど、俺は安心して左右の牙を両手の平で受け止めた。
「おぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「■■■■■■■■■■■■■■!」
五十音では表現できない獣の咆哮を上げながら、屈強な四肢を大事に突き立てるイノシシ。
だが、俺の足はわずかに地面を抉っただけで、びくともしなかった。
腕に伝わる衝撃、抵抗は、わずかなものだ。
「よし、じゃあこれはさっきのお返しだ」
牙から右手を離し、左手一本で巨大イノシシの突進力を殺しながら、アゴにめいっぱいアッパーカットを叩き込んでやる。
拳にアゴ骨が砕ける感触を感じた直後、推定体重2トンはありそうなイノシシは宙に放り出されて、鼻づらから地面に激突した。
二度、三度と蹄の足を痙攣させて動かなくなった姿に、俺は少々の罪悪感を覚えた。
そんな俺を支えてくれたのは、以前テレビで見た畜産家の言葉だった。
「ブタちゃん随分可愛がっていますけど、食べちゃうんですよね?」
「経済動物ですからッッ!」キリリッ
――愛玩動物のように猫可愛がりした豚だって食べる畜産家様に比べれば、俺とあのイノシシは縁もゆかりもない赤の他人! よしOK!
俺の中で、モンスターを殺す決意が固まった。
ありがとう畜産家様!
貴方は俺の人生の先生です!
木々の隙間から覗く青空に畜産家のおじさんの顔を思い浮かべながら、俺はガッツポーズを取った。
◆
その日の夜。
ビジネススーツの破片をストレージに回収、創造スキルで新品同様に作り直した俺は、冒険者ギルドに戻った。
カウンターには、昼間に目にした受付嬢が座っていた。
途中で交代を挟んでいないのだとしたら、ギルドはとんだブラックだ。
「あ、先程の」
「覚えていてくれたんですか?」
「えぇ、珍しい格好ですから」
くすりと笑われて、ちょっと恥ずかしくなった。
「それでですね、森で素材を採集したので買い取って欲しいのですが」
「はい、ではカウンターにどうぞ」
「いえ、それが大量にあるので、できれば広い場所のほうが」
「収納系のスキル持ちでしたか。ではこちらへどうぞ」
受付嬢に案内されるがまま、俺はギルドの奥へと移動した。
ギルドの奥はガレージのようになっていて、解体作業用と思われる道具が揃っていた。
壁にはシャッターのように巨大な門が設えられている。
きっと、大型モンスターの死体を丸ごと搬入したりするのだろう。
「じゃあ、ちょっと離れていてくださいね」
言って、俺はストレージから今日の収穫、その、ほんの三割を出した。
雪崩のようにして現れたモンスターの死体の山に、受付嬢が悲鳴を上げた。
次いで、ドタドタと騒がしい足音がして、とある女性が乗り込んできた。
「なにごとだい!?」
姿を見せたのは背が高く、燃えるような赤毛をポニーテールにまとめた、野性味あふれる女性だった。
服装こそ商人が着るようなシャツにチョッキだが、ギルド職員、というよりも冒険者の風情だ。
「ギルドマスター、それがこちらの方がこれを」
モンスターの死体の山に、ギルドマスターの女性もぎょっとした。
「これは、巨猪エンテロドンにロングフェイスベア、ブレードティガにギガントピテクス、モノクロームベア、どれもレベル40以上、Bランク冒険者推奨のモンスターじゃないか! それがこんなに!?」
実際はその三倍以上だ。
残り7割は、俺が創造するときの素材として使いたい。
あと、一度にたくさん売ると値崩れして安く買い叩かれるかもしれないからだ。
「これは、全部君一人で?」
「はい」
「見ない顔だが、別の国の上級冒険者か?」
「いえ、無職の旅人ですよ。冒険者ギルドには未登録です」
「なら、是非冒険者になってくれ! 君ならすぐにAランク冒険者になれるだろう! そうなれば金も名誉も思いのままだぞ!」
俺が返事をするや否や、ギルドマスター、略してギルマスの女性は詰め寄り懇願してきた。
が、その期待には応えられない。
「残念ですが、組織に所属するのは嫌いなんです。しがらみが増えるし縛られるのです。そもそも、この国にだって長居するかわかりません」
何せあのDQN王が治める国だからな。
「どうしても駄目か?」
「どうしてもです。100回誘われても100回断ります」
悪いとは思いつつ、食い下がるギルマスの願いを断る。
すると、彼女は口惜しそうに唇を硬くしてから握り拳を固めた。
「ならせめて、次の魔王軍との攻城戦クエストに参加してくれ!」
「俺、冒険者じゃないんですけど?」
「構わん! 今回だけの単発でいいから!」
両手を合わせて懇願してくる様子にただならぬものを感じて、俺は腕を組み唸った。
「そんなに人手不足なんですか?」
「ああ。実は魔王軍に占拠された砦は国の重要拠点でな、此度の攻城戦は国の威信をかけた拠点奪還戦だ。王都を含め、国中の街の冒険者ギルドから腕利きの冒険者が集まる。だが、王都の有力冒険者は今、別件で出払っている。だが我々も王都冒険者ギルドとしての矜持がある。なんとしても、他の街のギルドが派遣した冒険者には負けたくないんだ」
言われてみれば、ここは王都、つまりは日本で言うところの東京、首都だ。
本来なら、一番規模が大きく人材がそろっているはずだ。
なのに、そこの冒険者が遅れを取ればこれ以上ない恥だろう。
必死に頼み込むギルマスの姿が、営業時代の俺自身と重なり、つい、仏心が出てしまう。
「わかりました。その代わり、今回だけですよ」
「助かる。感謝するぞ! では仮の冒険者証を発行する。君の名前は?」
「ああ、俺は薄井恭二、30歳のアラサーです」
こうして俺は、生産系スキルなのに魔王軍との戦いに身を投じることになった。
◆
5日後の昼前。
俺は王都発の馬車に揺られ続け、王都から遠く離れた砦周辺の草原に布陣していた。
周囲は大勢の人でごった返し、その人込みは花見シーズンの東京上野公園のようだった。
一人一人が違う装備のグループは、国中から集まってきた冒険者だろう。
逆に、ある程度だが装備に統一感のある鎧姿の騎士たちは王国の軍人だろう。
あくまでも地球の話だが、中世ヨーロッパの騎士の装備は現代の自衛隊とは違って持参品の私物らしい。
だから、兵士は一人一人違う鎧が当たり前で、逆に全員が制服よろしく同じ鎧を着ているのはアニメの中だけだと思っていい。
それに比べて、ある程度の統一感があるところを見ると、一定の規定を設けているのだろう。
「おい、あれを見ろ、勇者様たちだぞ!」
その声に振り向くと、まさしく全員ひとそろいのまったく同じ格好をした制服姿の一団が姿を現した。
俺と一緒にこの世界に召喚された、高校生たちだ。
豪奢な鎧の騎士たちをボディーガードのように随伴させながら肩で偉そうに風を切って歩く彼ら彼女らの先頭を歩くのは、剣聖スキルを持つ刈谷とかいう男子と、散々俺を馬鹿にしてきた賢者スキルを持つあの男子だった。名前は知らない。
「彼らが陛下が異世界より召喚したと言う」
「全員戦闘スキル持ちのエリート集団らしいぞ」
「戦闘スキル、憧れるぜ」
「最初から戦闘のプロフェッショナルだもんな。オレらとはモノが違うぜ」
冒険者や兵士たちが送る羨望眼差しから、この世界における戦闘系スキルの価値がよくわかる。
もっとも、俺には関係ないし関わりたくもない。
俺はゆっくりと、気配を殺してその場から離れようとした。
「あれ? そこにいるおっさんじゃね?」
見つかった。
そりゃ気配を殺して、とかできるわけないし。ていうか気配ってなんだよ。視界に
入ったら認識されるに決まってるじゃん俺の馬鹿。
刈谷がこちらに近づくと、他の高校生たちも回遊魚の群れのようにぞろぞろとついていく。
これがスクールカーストというものか。
それとも、みんな俺を馬鹿にしたいのか。
辟易する俺の気持ちを汲むこともなく、刈谷は得意げに180センチ以上ありそうな長身で俺のことを物理的に見下してきた。
「なぁんで無能のおっさんがこんなところにいるんだよ? おっさん生産系だろ? それとも武器係りか? この戦場って銅の剣でも役に立つぐらいぬるいんだな」
刈谷の言葉が合図だったように、高校生たちは男女問わず爆笑した。
続けて、賢者男子が嘲笑気味に口を開いた。
「冒険者ギルドに登録してクエスト受注、まぁ異世界転移生活の王道だけど、ここに来たのは勇み足だったんじゃない? オレらはこれから魔王軍に奪われた砦を奪還するんだ。砦のボスは相当な強さらしいし、オレらみたく戦闘系スキル持ちじゃないと」
それが年上に対する口の利き方か、とたしなめたい気持ちをぐっとこらえた。ここは、大人として冷静に対処しよう。
「……けど、君らだってレベル1だろ? いくら戦闘系スキルを持っていても、いきなり実践てのはどうなんだ?」
「おっさんバカですクァ~? 戦闘スキルは持っているだけで一人前の戦闘技能を発揮できるんだよ。それに、あれからすぐに城の兵士と模擬戦をしたけど、オレらの圧勝。オレと刈谷なんて、10人がかりでも圧倒したぜ」
「それに、オレや高村たちトップ5は城の罪人を殺してもうレベル6だ」
――こいつら、人殺したのか!?
賢者男子の名前が高村だと判明したことがどうでもよくなるくらい驚いた。
仮にも倫理観の進んだ現代の令和高校生が、簡単に人を殺せるものなのか?
サイコパス。
いや、それとも特殊な状況下による認知の歪みかもしれない。
突然超常の力を手に入れて、人の命が軽い異世界に転移、しかもゲームのような世界だ。
それこそ、テレビゲームの敵キャラを倒すぐらいの気持ちしか湧かないのかもしれない。
相手が犯罪者となれば、なおさらだ。
以前、聞いたことのある実験だ。
被験者に夫が妻を殴る映像を見せると、誰もが嫌悪感を示した。
なのに、妻は浮気をした、という情報を与えた途端、被験者は快楽を感じたらしい。
人は、正義の名を借りた暴力には快楽を感じる性質がある。
俺も、もしも自分が悪党に襲われたら正当防衛で攻撃するだろうし、誰かを襲っている悪党がいても、救助の名目で攻撃できてしまうだろう。
けれど、人殺しを誇らしげに語る刈谷には共感できなかった。
「まったく、おとなしく街で大工仕事していればいいのに。なぁ、おっさん邪魔だから帰ってくんね?」
「は?」
刈谷の言葉に、俺は耳を疑った。
「わっかんないかなぁ」
物覚えの悪い子供を相手にするように、刈谷は焦れた声を漏らしながら俺の肩に手を回して耳打ちしてきた。
「あのさぁ、オレら異世界召喚人はブランドなの。なのにおっさんがこの戦いでヘタレて異世界召喚人も大したことない、みたいに思われるのだけはナシじゃん? だからおっさんは正体を隠したまま地味ぃにスローライフ送っててほしい訳よ。社会人なら世の中の常識、わかるよね? ん?」
完全に俺を見下し切ったモラハラ自己中発言に腹が立った。
ブラック企業の上司や先輩、取引先にも似たような態度を取られたが、高校生で既にこの仕上がりとは恐れ入る。
――こいつ、将来は絶対にロクな大人にならないぞ。
ここで従順な演技をして受け流すのは簡単だ。
社畜時代、散々やってきたことだ。
今更、頭を下げる回数が増えたところで微々たるものだ。
なのに、俺は無意識に承諾の言葉を飲み込んでいた。
――俺は、異世界に来ても社畜なのか?
子供の頃、俺は家族に逆らえない家畜だった。
学校では、先生やクラスメイトに逆らえない学畜だった。
会社では、仕事関係の人間に逆らえない社畜だった。
そして今も、会社のではなく、社会に言いなりの、社畜になろうとしている。
みんなは社会を生き抜く処世術と言うだろうが、海外からはNOと言えない日本人とバカにされている。
何よりも、俺自身が嫌だと感じていた。
ずっと理不尽の言いなりで、異世界に来てまで、理不尽の言いなりになんて、もうなりたくない!
その思いが、俺の手を動かした。
「悪いけど、お前の命令を聞く義理ないんで。俺は俺のやりたいようにやらせてもらうわ」
刈谷の胸板を手で押しのけて、俺は人込みに隠れようとした。
すると、刈谷の不機嫌そうな息遣いを遮るように、違う男子の声が割り込んできた。
「おいおいテメェ、せっかく刈谷が話しかけてんのに何様だ!」
「そういう君が何様だ。まずは言葉遣いの勉強からやり直しなさい」
前に進み出てきたスポーツ刈りの男子に、俺はキビキビと言葉を返した。
男子の顔が、みるみる歪みながら赤くなっていく。
「んだとぶっ殺すぞオイ! オレの剣術スキルで経験値にしてやるよ!」
これでオレもレベル2だ、と叫びながら剣を抜き、男子は俺に斬りかかってきた。
――遅。
俺は振り下ろされる剣身を左手でつかみ取った。
男子の剣も、俺の手も肘も肩も微動だにせず、まるで時間が止まったようだった。
「なっ!? このっ、このっ、うごかなっ!」
男子はまるで壁面に突き刺さった剣を引き抜こうとするようにして全身を揺するも、俺の手に握られた剣はこゆるぎもしない。
おそらくはDQN王が用意したであろう一級品の剣なのだろうが、手の平の中で握力に負けて曲がっていく感触を噛みしめながら、俺は男子の腹を軽く殴った。
「げぶぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
男子の両手は剣から離れて体は斜めに上にカッ飛びクラスメイトたちの頭上を飛び越え、地面に叩きつけられて三バウントしてからタルのようにゴロゴロと転がってからようやく止まった。
陸地に打ち上げられて数分たち、死ぬ寸前の金魚のように痙攣している姿には、ちょっと罪悪感が湧いた。
それでも、俺は一言だけ、どうしても言いたかった。
「わー驚いた。顔面に剣を振り下ろされるなんて殺されるかと思ったよ。けど、勇者って弱いんだな。じゃ、俺はこれで」
目玉が落ちそうなくらいまぶたを丸く開いた高校生たちをその場に残して、俺は立ち去った。
今のが暴力問題になることはないだろう。
何せ、事案にすれば、勇者が負けたことを認めることになるのだから。
むしろ、今の出来事は他言無用の緘口令が布かれるだろう。
僅かに溜飲が下がる想いで、俺の足取りは軽かった。
ちなみに、いくら強化スーツを着ているとはいえ、俺が剣術スキル持ちの剣筋を見切って手で受け止められた理由は。
薄井恭二30歳 レベル48。
森で上級モンスターを倒しまくった俺の動体視力の前では、あんなの止まっているのと変わらない。
◆
「では行くぞ、全軍突撃ぃいいいいい!」
総大将の号令を受けて、草原に集まった冒険者たちと兵士は一斉に駆けだした。
作戦も何もない力推し。
これがこの世界の戦い方なのか、それとも冒険者たちを含む烏合の衆では統率の取れた動きは無理だと言う判断か。
どっちにしろ、こっちのほうがわかりやすくていい。
レンガ造りの巨大な砦の周囲に布陣した魔王軍も、臨戦態勢に入る。
魔王軍の兵士は、名前は知らないけどオークとかトロールという名前を連想する連中や、頭が動物の戦士が多かった。
一部、人間とそう変わらない外見の奴もいるけど、そうした輩も頭からツノとか背中から翼が生えている。
人間は視覚情報に支配される。
ルッキズムが叫ばれる時代だが、あまり人間に近い姿の奴とは戦いたくないと思った。
――なら、狙うのは獣人系かな。
俺は周囲1キロメートルの素材を回収するよう設定したまま、牛頭の巨漢ミノタウロスたちのいる部隊へ突っ込んだ。
強化スーツを着た俺の走行速度は飛びぬけており、いの一番に接敵した。
「通らせてもらうぞ」
「!?」
ミノタウロスが反応できない速度で距離を詰め、そのままショルダータックルでぶっ飛ばす。
ぶっ飛ぶ途中で絶命したのだろう。
放物線を描いている途中で姿を消し、俺のストレージに加わった。
他のミノタウロスに動揺が走り、巨大なバトルアックスを握りしめたまま身を硬くしている。
原因は仲間の死か、俺の強さか、その両方か。
どちらにせよ、俺の決定は変わらない。
「悪いけど、お前ら全員ボコるから」
俺が左右の拳を打ち鳴らすと、ミノタウロス達は一斉に襲い掛かってきた。
◆
その頃、恭二とは離れた場所に布陣した高校生たちは、予期せぬ苦戦に苛立っていた。
「くそ、思ったよりも強いな」
「ちっ、レベル1だからか」
「こんなことならあたしも罪人殺しとけばよかったかな」
「だよね。日本ならあり得ないけど、この世界だと罪人殺しても無罪っぽいし」
レベル6で剣聖スキルを持つ刈谷と賢者スキルを持つ高村を含む、トップ5を自称する生徒は順調にゴブリンやオーク、トロールたちを殺している。
一方で、他の生徒たちは一体倒すのにも時間がかかっている。
チート無双展開を期待していただけに、彼らのストレスは溜まる一方だ。
高村も不満気だった。
「なんだよ、賢者スキルで全属性全タイプの魔術が使えるってのに、レベル6のMPじゃ小技しか使えねぇじゃん。幸いMPは自動回復するけど、中級魔法の連発は無理だな。ん? はぁ!?」
遠くの光景に、高村は顔をひん曲げて驚いた。
◆
ミノタウロス部隊を全員殴り倒した俺は一息ついた。
ちなみに武器を使わない理由は単純、刃物は血が飛び散ってグロいからだ。
それに、俺は武器を使う訓練をしていないので、なんだかんだで拳が一番楽だったりする。
「ん~」
ミノタウロス部隊が全滅したことで、左右の別部隊がこっちに来ている。
ここで両軍を待ったり、両軍の間を行ったり来たりするのは面倒くさい。
そこで、俺はちょっと閃いた。
ミノタウロスの死体と装備は全て回収済み。
その斧を加工して、長さ1メートルの鉄の棒を創造した。
それを投げやりの体勢で敵目掛けて投げた。
強化スーツの出力で投げた鉄棒は、音速を超えてベイパーコーンと呼ばれる白いスカートをまといながら甲高い音を立てて大気を疾走。
右から迫っていた魔王軍を貫通、ストレージ送りにしてから、巨大な土砂を巻き上げた。地面に落ちたらしい。
「おー、陸上経験ないけど、48レベルの運動神経だと狙った通りに行くな。じゃあどんどん行くか」
投げた鉄棒をストレージに回収しつつ、俺は次々鉄棒を創造、片っ端から投げまくった。
音速を超えて飛来する重さ10キロの鉄の棒、それが連射されるとあっては、流石の魔王軍も形無しだ。
俺の左右から迫っていた軍隊は瞬く間に壊滅、逃げて雲散霧消した。
「さてと、じゃあ門を開けるか」
砦を囲む城壁には、東西南北四か所に門がある。
俺が攻めているのは南側、高校生たちが攻めているのは東側らしい。
東門を守っていた魔王軍は門を開け、砦の中に避難している。
けど、俺にそんなものは関係ない。
俺は城壁の上から射かけられる矢をもろともせず、門に体当たりをかました。
木製の門をあっさりと粉砕して、砦の敷地内に入った。
敵は俺の姿を目にすると、砦の中に逃げていく。
「逃がすか、ていうかあれ? そういえば敷地内の備品がストレージの中に入らないな」
敷地内のものは他人の管理下にあるという扱いなのか。
けど、近くに落ちていた矢筒をストレージに入れようとすると収納できた。
――敷地内や建物の中のモノは、一つずつ指定しないと収納できないのか。
ただし、それとは関係なく、俺はストレージの自動採集機能をオフにした。
今気づいたのだが、味方の死体や装備を採集したら怖い。
採集できるものは何でも片っ端から採集、なんて欲張るのはやめよう。
でないと、いつか痛い目に遭いそうだ。
それから、遅れて俺と同じく南側を担当した兵士や冒険者が追いついてきて、俺がぶち破った門から一斉に砦内に雪崩れ込む。
俺も、ボスの居場所を探して砦の中を駆け回りながら、魔王軍兵をストレージ送りにしていった。
それからおよそ二時間後。
強化スーツの身体能力で砦の中をしらみつぶしに探し回ると、北棟の建物の広間から若い叫び声を聞いた。
急いで壁をぶち破るとそこは広間で、満身創痍の高校生たちが膝を屈していた。
刈谷と高村も、疲労困憊、気息奄々のありさまだ。
確かに生意気でムカつく連中だけど、傷だらけの高校生の姿に、俺は眉をひそめた。
「なんだニンゲン! 援軍かぶがぁっ!?」
近くにいたドラゴン頭野郎を裏拳でぶっ飛ばしてから、鬼気迫る勢いで叫んだ。
「ボスか!? 敵はどこだ!? ここから先は大人に任せろ!」
高校生たちは目を点に、口をぽかんとしながら、ゆっくりと同じ方向を指さした。
その先を視線で追うと、血を吐いて床で痙攣するドラゴン頭が転がっていた。
「……あー、こいつか」
次の瞬間、ドラゴニュートっぽいそいつはストレージに入った。
◆
砦攻めは、ものの3時間で終わった。
夕方前に論功行賞が始まり、冒険者や主だった兵士は草原に集まっていた。
急造で設えられた台の上に総大将であるおっさん軍人が立つと、咳払いをしてから声を張り上げた。
「それでは、これより本日の武功上位者を発表する! 勇者部隊!」
総大将の呼びかけに、刈谷達高校生が進み出た。
――あいつら勇者部隊って名前なのか、まんまだな。
貨幣価値はわからないけど、連中はひとりあたり金貨100枚、刈谷たちトップ5は200枚貰ったらしい。
みんな得意げなしたり顔で、なんだか嫌らしい。
――でも、あいつらが最初にボス部屋に辿り着いたんだよな。
なら、武功上位は当然なのかもしれない。
総大将から賛辞を受け取ると、刈谷たちは元の位置に戻った。
「続けて、武功一番を発表する!」
総大将の言葉に、刈谷と高村がすまし顔で髪をなでつけた。
表情にセリフをつけるなら、「やれやれ、そういうのはまとめて言ってくれよ」といったところか。
自分が武功一番であることが当然のような態度だった。
けど、その期待は裏切られることになった。
「王都冒険者ギルド、キョウジ・ウスイ、前へ!」
「あ、はい」
刈谷と高村が口角を痙攣させながら固まる中、俺は何の気もなくてくてくと総大将の前に出た。
台の上から俺を見下ろしながら、総大将は賛辞を述べた。
「キョウジ・ウスイ! 貴殿は魔王軍幹部が一人、俊足のドラゴニュート、スパンクを見事打ち倒した! また砦の門を破壊し、味方を引き入れた上で一番に乗り込んだ功績も大きい! よって、ここに金貨500枚を贈るものとする」
周囲からは感心と羨望の歓声が上がる。
「聞いたことない奴だな。新人か?」
「ニュービーが魔王軍幹部を倒すとか、すげぇなおい!」
「てっきり勇者たちが倒したんだと思っていたぜ!」
「いいぞキョウジ! お前がいれば魔王軍も怖くないぜ!」
兵士や冒険者の誰もが、期待のニューヒーロー誕生を祝し、もろ手を挙げて俺の戦果を称えてくれた。
「恐悦至極にございます」
活舌よく答えながら、俺は社畜時代に叩き込まれた角度30度のお辞儀を見せ、恭しく喜びを表した。
俺の態度に、総大将も満足げに頷いた。
だが、俺のビジネスマナーに水を差す、下品な声が割り込んできた。つまりは刈谷だ。
「待てよ! そいつはオレらの手柄を横取りした泥棒だ!」
怒り心頭、と言った様子に高校生たちを代表して、長身イケメンの刈谷が肩をいからせながら声を大にした。
「そもそも最初にボス部屋に辿り着いたのはオレらだ! スパンクを追い詰めたのもな! 他の雑魚に比べてスパンクは強かった。たぶん、最高戦力の一人だったかもな。けど、オレら勇者の敵じゃない。オレらは奴を追い詰めたんだ」
自分たちの功績を少しでも大きく見せる為、刈谷は敵を持ち上げ始める。
「そしてオレらは仲間と協力して魔王軍幹部、俊足のスパンクをあと一撃ってところまで追い詰めたのに、いきなり物陰からこのおっさんが現れてトドメを刺したんだ。きっと隠れて、おいしいところだけ持って行くチャンスをうかがっていたんだ! おいおっさん謝れよ! 無能のくせに勇者様の手柄をうばってすいませんでしたってな!」
全力で被害者ヅラをしながら攻撃する刈谷に同調して、他の高校生たちも騒ぎ出した。
「そうだそうだ! ほとんどオレらのおかげじゃないか!」
「ていうかあれ実質あたしらが倒したようなもんだよね!」
「そうそう。なのに最後の最後のあのおっさんが出てきて、ねぇ!」
「最低! ああいう大人にはなりたくないよね!」
「死ねよ老害!」
「しゃざーいっ! はいっ! しゃっざーいっ!」
「どっげっざぁ! どっげっざぁ! どっげっざぁ! どっげっざぁ!」
あまりにも酷すぎるDQNムーブに、俺は眩暈を覚えた。
なんだこいつらは?
なんなんだこいつらは?
こんな昔の安っぽい三流脚本の小悪党キャラみたいな奴が現実に……いるんだよな……。
そうだ。俺は知っている。
こんな奴は社畜時代に掃いて捨てるほどいた。
サイコパスを疑いたくなるほどに歪んだ正常者。
プライドは高いが努力はしたくない、歪んだ承認欲求と自己顕示欲を満たすために他人を食い物にする。
自分の価値観に沿う形でしか物事を解釈せず、都合の良い結論ありきの話しかしない。
自分を中心に他人を振り回すことが当然と思っている、地球中心天動説ならぬ、自分中心他動説を地で行くクズ。まさにDQNだ。
おそらく、真正のDQNは高村や刈谷なのだろうが、同調している他の高校生も同罪だ。
会社や日本社会という縛りが無くなったせいだろう。
前の俺なら、絶対に言わない言葉が口を突いて出た。
「いやお前らボロ負けだったろ。雑魚がイキがるなよ」
その言葉で、刈谷が激怒した。
「テメェぶっ殺されてぇか!」
煽り耐性ゼロなのか、顔を真っ赤にして剣士を剥き出しにしながら憤激した。
「決闘だ! オレ様がテメェの化けの皮を剥いでやるよ! ゴミ生産職が剣聖様に逆らってんじゃねぇよ!」
◆
煽り耐性ゼロなのか、顔を真っ赤にして剣士を剥き出しにしながら憤激した。
「決闘だ! オレ様がテメェの化けの皮を剥いでやるよ! ゴミ生産職が剣聖様に逆らってんじゃねぇよ!」
対する俺は、努めて冷静に対処する。
「いいぞ。幼稚な子供をしつけるのも大人の役目だ。誰か、彼を回復してやってくれ。スパンクと戦って消耗していたから、なんて言い訳された迷惑だ」
「んなもんさっき終わってんだよ! 勇者待遇だ!」
――戦いが終わるや否や王室直属の衛生兵に回復を受けたってことか。なら、問題ないか。
「総大将殿、勇者殿たちはこう言っています。ここは余計な争いの種、悪しき風聞といった後顧の憂いを断つためにも、決闘を承諾して頂きたく思います」
総大将は悩んだ風だった。
勇者は、王室が召喚した肝入り部隊。
それが、名もなき新人冒険者に負けたとあっては、面目が立たないのだろう。
しかし、周囲の兵士や冒険者は大盛り上がりで、却下できる雰囲気ではない。
それを察したのだろう。
総大将は苦し気ながらも承諾してくれた。
「いいだろう。では皆の者、下がれ!」
総大将の合図で、俺と刈谷を中心に周囲の兵士と冒険者たちは離れて円状の人垣を作った。
「よし、いつでも来いよ。ファーストヒットはお前に譲ってやる」
「ナメてんじゃねぇぞ!」
開戦前の男子よりも素早い踏み込み。
けれど、レベル48の俺にとってはスローモーションもいいところだ。
刈谷の剣撃を手で受け止める。
刈谷は暴れるが剣はびくともしない。
俺は奴ごと、軽く放り投げやった。
「うおわぁっ!?」
人形のように軽々と飛んで行った刈谷は悲鳴を上げてから地面に着地。苛立たし気に舌打ちをしてから、激昂して剣を振るった。
「なら、これでどうだ!」
剣が空を薙ぐと、三日月形の光が放たれた。
バトル漫画でおなじみの、飛ぶ斬撃、というやつだろう。
あれが剣聖スキルの効果なのだろうか。
――でも、俺が裏拳一発で倒したスパンクとか言うドラゴニュートを倒すことはできなかったんだよな?
まるで脅威を感じないので、試しに受けてみることにした。
「ほい」
俺は棒立ちのまま、胸板で斬撃を受けてみた。
斬撃はガラスのように砕け散って、俺のカーボンナノチューブ強化スーツはまったくの無傷だった。
「なぁっ……あ……オ、オレのシャインスラッシュが……」
刈谷は口をわななかせて呆然と立ち尽くした。
まるで、預金を下ろそうとして通帳記帳したら残高が0だったような表情だ。
「こ、こうなったらゼロ距離で叩きこんでやる!」
声を荒らげながら、刈谷は怒りに任せて迫ってきた。
――これ以上恥をかかせるのは可哀そうだ。次の一発で決めよう。
そう思った矢先、パキン、という音とともに背中が動かなくなった。
「え?」
背後に気を取られた間に、刈谷の輝く剣身が脳天に叩き込まれた。
が、俺の強化スーツとフルフェイスマスクはビクともしない。
それから、不調の原因が分かった。
背中が凍り付いていた。
背後を振り返ると、賢者スキルを持つ高村がこちらに手をかざしていた。
――あいつ、俺にダメージを与えられないと思って拘束系の氷結魔術を使ったのか。
呪文のチョイスは褒めてやりたいけど、決闘に割りこむのはイカサマだ。
「ゼ、ゼロ距離でも効かねぇ! これならどうだ、ストライク・インパクぶがぁああああああああ■■■■■■■■■■■■!!!!」
刈谷の顔面に鉄拳を叩き込むと、刈谷は赤い血と白い歯を飛び散らせながら地面に後頭部をめり込ませて動かなくなった。
その光景に、高校生たちは皆、開いた口が塞がらない様子だった。
けどこれで終わりじゃない。
俺は氷結魔法で邪魔をしてきた高村に振り返ると、一歩ずつ詰め寄った。
「決闘に横やりを入れるイカサマをした理由、教えてもらおうか?」
「う、うるさい。お前だってイカサマしているんだろう! 生産系スキルのくせに、そんなに強い訳がない。だから、なにか卑怯な手を使っているんだろう! 巻き込まれ召喚のくせに! そうだ、巻き込まれ召喚のお前がオレらに勝てるわけがないんだ! 喰らえ、全MPを込めた最大魔術、イラプション!」
高村が両手を前にかざすと、紅蓮の爆炎が生じて俺に襲い掛かってきた。
それを、またも棒立ちで喰らってやる。
炎で塗り潰れた視界の向こう側から、高村の高笑いが聞こえる。俺を倒したと思い込んで、さぞ気分がいいのだろう。
やがて爆炎が晴れると、高村の高笑いが凍り付いた。
「そん、な……」
俺が歩みを進めると、高村は腰が引けて後ろに下がった。
奴の視線は、地面に転がる刈谷を一瞥した。
自分もああなるのかと想像して、恐怖しているのだろう。
「う、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! オレは勇者として異世界召喚されたんだ! ストレスフリーにチート無双のオレ様TUEEハーレムストーリーを謳歌するんだ! こんな巻き込まれ召喚のモブに負けるわけがないんだぁ!」
パニックになりながら妄想を垂れ流す高村に、俺はとある仮定を告げてやった。
「それなんだけどさ、巻き込まれ召喚されたのお前らのほうなんじゃないか?」
「へ?」
高村の股間を蹴り上げた。
足の甲に、骨盤が割れる感触を感じた直後、高村の体は真上に打ち上げられた。
「ぼぎゅぅうううううううううう■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
10メートル以上も飛んでから、高村は自由落下をして、頭から地面に突き刺さった。
刈谷と二人、無残なイキリDQNの成れの果てと化す。
途端に、周囲から歓声が沸き上がった。
「すっげぇえええええええええええええ!」
「こんなすげぇ戦い初めて見たぜ!」
「あいつ、勇者ふたりを一発でのしちまったぜ!」
「凄い! 凄いっていうかもうほんと凄いしか言えないぜ!」
「それに比べて、異世界の勇者ってのも案外大したことないんだな」
「そうそう。砦のボスも結局倒したのはキョウジの奴だし」
「ていうかあいつら本当に勇者か?」
「本当は勇者召喚に失敗してどこからか連れてきた偽物じゃねぇの?」
そんな声に、残りの高校生たちは肩身が狭そうに身を寄せ合い、ばつがわるそうにうつむいた。
「さてと、これで決闘は俺の勝利ですね」
「キョウジ殿!」
総大将が俺がもとに駆け寄ると、興奮気味に鼻息を荒くした。
「冒険者などやめて、是非とも我が軍に入ってくれ! 貴殿がいれば魔王軍など恐るるに足らん!」
「あ~、悪いんですけど、俺、組織は嫌いなんですよ。だから冒険者ギルドも正式加入はしていなくて」
「な、何故だ!?」
「だって組織に所属するってことは組織に縛られるってことだし余計なしがらみとか、新参者の出世を妬む人とか」
「むぅ、しかしそこをなんとか」
「残念ですが断ります。俺は今後も、どこかの組織に所属することはないと思います」
総大将が腕を組み、悩んでいると幹部軍人らしき人が駆け寄ってきた。
「思い出したぞ! 貴様ら、確か勇者召喚の時につまみ出された、巻き込まれ召喚じゃないか!」
「巻き込まれ召喚? なんだそれは?」
総大将の問いかけに、幹部軍人は素早く答えた。
「はい。なんでもこやつは召喚時、たまたま向こうの世界で勇者たちの近くにいた一般人で、巻き込まれる形で一緒に召喚されてしまったそうです! つまり、この者も陛下が召喚した駒です」
「駒って、俺はモノじゃないぞ。召喚とか言って勝手に拉致しておいて酷い言い方すんなよ」
「黙れ! とにかく貴様は陛下の物だ!」
「捨てたじゃん」
「それは貴様が実力を隠していたからだろう! 奴隷の分際で無能のフリをして自由になろうとは小賢しい! 詐欺罪で豚箱に入れられたくなければ言うことを聞け!」
幹部軍人が無造作に俺の右腕をつかんできたので、俺は右腕を振るって地面に叩きつけたやった。
「ぐぎゃっ!」
冒険者たちは笑い、兵士たちは動揺した。
「あのなぁ、お前らの秘密兵器の勇者よりも強い俺を、どうにかできると思っているのか? もういいよ。金貨500枚もらったら俺は帰るから、早くくれ」
俺が手を突き出すと、総大将は表情を曇らせた。
「ぼ、冒険者への恩賞は冒険者ギルドを通して払うことになっている」
「じゃあ冒険者ギルドに帰るから、報酬を受け取る証文をくれ」
「わ、わかった。こっちに来てくれ」
――ついカッとなって、思った以上に目立ってしまった。DQN王が俺の存在に気づく前に、他の国に移るか。
総大将のうしろについていきながら、俺はこの国を出ようと決めた。
幸い、俺の創造スキルならどこでもやっていけるだろう。
第一部完
人気が出たら本格投稿したいです。