第6話 責任
神々はヒソヒソと小声で話し合い、モブリアと隼人に嫌そうな視線を向けている。
『モブダリアといったか、其方の父は確かにこの世界の神である。それに、其方の居た世界、シュクリヤハにヘルメス神が行った事実も知っている』
「本当ですか!ああ、やっと会えるのですね?」
『…だが、ヘルメス神と会う前に、其方に話しておかねばならぬことがある』
『ブラフーマ様、ヘルメス神と会わせるのですか⁉︎』
『仕方あるまい。コレは我等に非があるのだから』
「…?」
周りの神々は、ヘルメス神を呼ぶことを躊躇っているようだ。
嫌われているのだろうか?
『…其方の父であるヘルメス神には、実は多くの子が居てな…。どの相手も正式には娶っておらぬのだ』
『そ、それは…』
ああ、関係を持つだけ持って、責任を取らない男神なのか。人間ならクズ認定間違い無しだな。
「わ、私の願いは、認知による神格化です。私を娘だと認めてくだされば、母を正式な妻にしてくださいとかも言いません」
モブリアの目尻がピクピクと軽く痙攣している。ムカついてはいるようだ。
『えー?シュクリヤハ?う~ん、あの女神の事かなぁ?』
なんとも気の抜けた口調が聞こえ、神々に無理矢理引っ張られて来る男神がいた。
ペタソスと呼ばれるつばが広い羽付き帽子を被り、甘いマスクで近い女神に愛想を振りまいている。
『来たかヘルメス。其方、まさか他世界でも手を出していたとはな』
ブラフーマは怒りの老人の面を前に出し、ヘルメスを引き寄せた。
『ゼウスの使いで他世界に渡った目的は、手当たり次第に女神を口説く事では無かった筈じゃぞ?』
『も、もちろんだよ、ブラフーマ。私は私でちゃんと仕事は全うしていたさ。この世界の女神との違いも、仕事として調べないといけないだろう?そう、ちゃんとした仕事さ?』
ブラフーマに襟元を掴まれてはいるが、ヘルメスは汗を流しながらもまだヘラヘラとしている。
『その女神との間にできた子が、お前に逢いにこの世界に来ている。その娘がそうだ!』
ブラフーマに指差され、モブリアはビクッと身を正した。
『へぇ…。確かに私が知る女神の面影があるな。彼女は素晴らしい美貌と豊満な宝を持っていたが…』
躊躇いなく近付き、舐めるようにしてモブリアを見るヘルメスに、神の威厳は見受けられない。
『まだまだ成長が足りn…』
笑顔でいたヘルメスの顔に、モブリアの右拳がめり込んでいた。
『ヘルメス様‼︎』
ヘルメスが殴り飛ばされた直後に、2人の天使にモブリアは抑えつけられる。
『痛たたた…。神力を込めて殴られるとは…。腕力だけは既に神の領域だね』
ヘルメスは落ちたペタソスを拾って被り直し、抑えつけられているモブリアの前に屈んだ。
『…認めてあげるよ。君は確かにリッテンゼリアの娘だ。彼女も良い右フックを持っていたよ。ただなぁ、本当に私との間の子かい?彼女とは2、3日夜を共にしたくらいだから、父親は違うかもしれないだろ?』
「母は処女神だった‼︎それを汚した挙句、その責任すら自分では無いと放棄すると言うのですか⁉︎」
怒りに暴れるモブリアは、更なる力で抑え込まれる。
『ヘルメス、彼女と彼女の母は被害者じゃ。其方には彼女を娘として認知する最低限の義務がある筈じゃ』
ブラフーマの重い声に、ヘルメスは溜め息をついた後、仕方ないかとモブリアの額に人差し指を当てる。
『モブダリア・アスタロテ・リッテンゼリア・トゥル・フレバース。其方を我が娘と認めよう』
ヘルメスの宣言により、モブリアの体が淡い光に包まれる。
『無事に半神から真の女神へと神格化したようだな。これで良いだろう?』
ヘルメスは頬を摩りながら、ブラフーマに向けてウィンクをした。
『そうじゃな。まだ後始末があるが、其方は多忙じゃからな。仕事に戻っても良いぞ』
ブラフーマが退室を許可すると、ヘルメスは女神達に手を振りながら退室した。
女神達のブーイングが止まない中、今度はブラフーマがモブリアの前に立った。
『さて、其方の願いは叶ったわけじゃが…新たな問題が生まれたのぅ?』
ブラフーマの怒りの面による年寄りの口調が、未だに不安を強調する。
「…問題…ですか?」
『そうじゃ。我々ユニバサリアの神々は、其方が居たシュクリヤハの神々に対して、ヘルメスが起こした問題に対し何らかの謝罪をせねばならんかった』
それはそうだと隼人でも分かる。明らかに悪いのは、無責任に去ったヘルメスにある。
『じゃが、話が変わってしもうた』
「えっ?」
『我等の判断を待たずして、其方が手を出してしまった。神力を使い、他世界である神に対し危害を加えたのじゃ』
「えっ?アレは殴られて当然じゃないか」
隼人が漏らした言葉に、天使が反応して殺意の篭もった睨みを効かせる。
隼人は体が竦み、口が動かせなくなった。
『その人間の言う通り、悪いのはヘルメスではあるが、事はそう簡単ではない。他世界の神が、この世界に来て神に手を出す。それは戦線布告と相違無いのじゃ』
「そ、そんな…私の軽率な行いで戦争になると言うのですか⁉︎」
ヘルメスもモブリアの母に手出ししたのにそれはおかしいだろ!そう叫びたいのに、隼人の口は動かない。
先程の天使の力かもしれない。
『今、使いの天使が先方に事情を伝えに向かっておる』
「責任は私1人にあります!シュクリヤハは関係ありません!どうか、罰はどうか私1人に!」
『…覚悟を持って言っているのか?』
「はい!私はどんな罰を受けても構いません!」
おかしい。理不尽な状況が続いている。神々とはこうも身勝手なのだろうか?
『ならば、其方は何ができる?得意な仕事は?』
「し、仕事は、…まだ半神であったので何もした事がありません」
傍観していた神々から嘲笑が溢れる。
『半神前なら、役立たずだったに違いない』
『そもそも、聞いた事も無い神々の末端の娘だろう?』
『可哀想に。ユニバサリアに来たのも、きっと使えないから厄介払いされたのよ』
酷い言われように、モブリアは涙を堪えているが膝が震えている。
『ううむ、確かに役立たずなら要らぬのう』
力なく膝を落とし、途方に暮れる彼女を見た俺は、自分でもあり得ない行動を取っていた。
今まで抑えつけられていた力が無くなり、逆に力が湧いてきた。
彼女を落ち込ませたブラフーマの襟元を掴み、手繰り寄せていたのだ。
「なんじゃ?言いたい事があるなら、男ならハッキリと申せ」
自分よりも小さな体だが、頭四方に顔があり、正面を向く端正な顎髭の顔に、俺は少し戸惑いながらも声を振り絞った。
「コイツは役立たずなんかじゃないっ!取り消せ!」
「ほう、そうか…」
俺は軽々と引き離され、ゆっくりと彼女の横に座らされた。
小さくともその力は凄く、抵抗は全くできなかった。
「ならば人間、其方に仕事を与える!」
「いや、俺じゃなく…」
「娘に見合った仕事を見つけ、其方が全面的にサポートせよ!」
「いや、だから!俺に神々の仕事なんて分かるかぁ‼︎」
『確かに、今の神々の仕事に空きは無いのぉ。じゃから、其方が探して新たな仕事にせよ。それでその子も救われる。我がブラフーマの名に掛けて、役立たずとは誰にも呼ばせぬと誓おう』
その誓いに、今まで静観していた神々も嘲笑して神々も歓声を上げる。完全に見世物にされている。
『すまない…』
俺を巻き込んだ事を悔やむ彼女に、俺は首を横に降り一緒に立ち上がらせた。
「モブ神だってな!ちゃんとした仕事できるって、証明してやるよ‼︎」
俺は創造神ブラフーマに向かって、柄にも無く虚勢を張ってしまった。
「じゃあ、決まりじゃな?」
ブラフーマの4面が入れ変わり、笑顔の青年の面に変わった。
『安心して良いよ?先方にも彼女をこちらで預かると伝えに向かわせてあるから』
そう、俺はこの時ようやく、全てがブラフーマの計略だと理解したのだった。