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第八話 例えそれが悪と呼ばれるものだとしても

 

 放課後、桜の木の下で。

 私はなぜかミィナと共にゴロツキに呼び出されていた。


 私の後ろに隠れるミィナには目も向けず、ゴロツキは開口一番こう言ったのよ。


「今日の夜、東雲千景と草薙大蛇の婚約発表会があるみてえだな」


「婚約って、はぁ!? いくらなんでも早過ぎない!?」


「まあ夏休みの途中から動いていたっぽいし、婚約発表程度なら無難なタイミングだろうよ。つーか、婚約云々からして信じられないだなんだと騒ぐと思ってたんだが」


「昼に千景から話を聞いていたのもあるけど、そもそもアンタはつまんない嘘をつくような安っぽい悪党じゃないしね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……それはそうと、どうやって調べたのよ?」


「はっはっはっ!! どうやって調べただなんてどうでもいいだろ。真実さえわかりゃあよ。それより、なんだ。東雲千景から聞いたってんなら俺の説明はいらねえ感じか?」


「千景からは草薙大蛇とかいう奴と結婚することになったって程度しか聞いていないのよ。だから、アンタが知っていることは全部聞かせなさい」


「へいへいわーったよ」


 ゴロツキ曰く、始まりは世界的大企業『草薙』と『東雲グループ』の激突にあったのだとか。


 裏で暗躍する形で『草薙』は『東雲グループ』を攻撃していたらしい。もちろん『東雲グループ』も対抗したがバックに『セントラル』を有する『草薙』には敵わず、経営難に陥っていったのだ。


 このままでは『東雲グループ』の倒産さえ視野に入った時、『草薙』は()()()()()()()()()()()()()()()()()() と図々しくも声をかけてきた。


 もちろん見返りとして(つまりは勝利者の戦利品として)いくつかの要求を出してきたのだが、そのうちの一つが東雲千景と草薙大蛇の婚約なのだという。


 一つでも要求が通らなかった場合、『草薙』は助けてやらない──つまりはそのまま倒産まで追い込むと脅しをかけたも同然だった。


 そう、これはすでに東雲千景だけの問題にあらず。彼女が草薙大蛇と婚約するかどうかで、『東雲グループ』に関わる大勢の人間の一生が左右されるのだ。


「な、ん……それって草薙大蛇とかいうクソ野郎は『東雲グループ』の従業員を人質に結婚しろと迫ってきたってこと!?」


「だなあ。いやはや、『東雲グループ』を取り込むついでに美人の嫁をゲットしようとはやり方が姑息すぎるこって」


「だけど、くそっ。そんな奴でも『草薙』の次期社長ってヤツなのよね? 『東雲グループ』も日本で十番以内ってほどには凄い企業らしいけど、『セントラル』という後ろ盾を得ている『草薙』はそれこそ不動の第一位ってニュースか何かで言ってた気がする。そんなのが本格的に動いたら、『東雲グループ』といっても倒産するかもしれない……?」


「まあ『草薙』と『東雲グループ』の全面戦争ともなれば、確実に『東雲グループ』は倒産するだろうなあ。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()東雲さん家の連中が姑息なクソ野郎との婚約を受け入れざるを得なかったんだろうしな」


「ふざけ、やがって」


 昼に千景と電話した時はどうにかしないと、とは思った。


 だけど、こんなの、私なんかが手を出して解決できるものでもないし、そもそも手を出していい問題なわけ?


『草薙』にこそ劣るまでも、大企業の一角である『東雲グループ』に関わる千でも万でもそれ以上でもいい。とにかく私みたいな平凡な奴が想像できる以上の『範囲』の人たちの命運を左右する話なのよ。


 千景とクソ野郎の婚約をぶち壊す。

 どうやって? は置いておいて、奇跡的にうまくいったとしても、『草薙』が要求は果たされなかったとして『東雲グループ』を倒産にまで追い込んだら? 私の想像できる、さらにそれ以上。もう数えるのも大変なくらい大勢から職を奪い、人生を狂わせるだなんて責任の取りようがない。


 確かに千景には幸せになってほしい。少なくともぽっと出の、会社の力を借りないと求婚もできない姑息で気持ち悪いクソ野郎に千景をやれるわけがない。


 だけど、だからといって……。


「こんなの、千景が大人しく受け入れるわけだよ。わざと冷たく突き放そうとして、巻き込まないようにするわけだよ! ふざけるな、ちくしょう!! いくら顔も見たことない人たちだからって、千景のために一生を台無しにしていいわけないじゃんっ!!」


 選べるわけがなかった。

 だけど、その停滞は確実に時間を削る。


 気がついた時には千景は姑息なクソ野郎の手に落ちていて、もうどうしようもないんだと何の役にも立たない後悔だけが残るのよ。


 わかっていて、それでも、私は……ッ!!



「ちかげは、どこ……?」



「え、あ?」


 芯の通った声だった。

 迷ってばかりの私の意識を揺さぶる、固く強い意志が込められた声だった。


 私の後ろに隠れていたミィナは。

 これほどの難題を前にして、なお、一歩前に踏み出したのよ。


「内外問わずお偉いさんが集まる婚約発表会のために『草薙』が所有する『八岐大蛇』っつーホテルの最上階に押し込められているわな。で、だからどうする?」


「助けるに、決まっている……」


 その声には。

 やはり、一切の迷いがなかった。


「な、んで、よ。ミィナ、わかっているの? これは千景だけの問題じゃない。もっと大勢の命運を左右する問題なのよ! 私だって千景を姑息なクソ野郎に渡したくない。だからといって、全部ぶち壊して、大勢を不幸にするようなのも駄目なのよっ。どちらにしたって、千景は笑えない。姑息なクソ野郎の手から救い出せたとしても、自分のせいで不幸になった大勢の人間を見て絶望するに決まっている。東雲千景という人間は、自分の幸せのためなら仕方がないと他人を切って捨てられるような奴じゃないんだから!!」


「だったら、なんとかすればいい……」


「はぁ!?」


「ちかげと草薙大蛇との婚約をぶち壊して、なおかつ『東雲グループ』が倒産しない方法を選べばいい……」


 は、はは。

 確かにそんな道があればいいわよ。そいつは確かに完全無欠のハッピーエンドかもしれない。本当は、迷うことなくそう言うべきなのかもしれない。


 だけど、


「どうやって?」


 相手は世界的大企業『草薙』。『東雲グループ』よりも凄い会社、ってぐらいしか知らないほどに全貌が見えない怪物なのよ。社会という大きな枠組みの中でも上位に位置する強敵を相手にするには、社会に出てすらいない学生には何もかもが足りない。


 だって、これは現実の話。

 ファンタジーの世界のように、勇者が魔王をぶっ殺すだけでハッピーエンドになるような、単純な解決方法なんて存在しないんだから。


「千景を救い出して、なおかつ『東雲グループ』の倒産も回避する。そんな夢物語(ファンタジー)を現実にする方法がどこにあるのよ?」


「それは……難しいかも、しれないけど……元──」


「助けたいって言うだけなら簡単なのよ、そんなの誰だって望むに決まっているじゃない!! だけど、現実はそんなに甘くない。考えなしに理想だけ胸に抱いて突っ込んだってどうしようもない現実に蹂躙されるだけよっ!!」


 ああ、私は何をやっているんだろう。

 ミィナに八つ当たりしたって何の意味もないのに。


 好きな人を目の前で奪われたミィナのほうがよっぽど辛いはずなのに、なんで私はこんなことしかできないのよ。


 なんで、私には、親友を助けられるだけの力がないのよ。


「うん、ことねは正しいよ。……でも、ね。それでも、わたしは、ちかげを助けにいく。どちらも助けるのが難しいとしても……ちかげを見捨てることは、できないから」


 迷いは、なかった。

 ミィナはただただ真っ直ぐ前を見つめて、歩を進める。


『八岐大蛇』。

『草薙』所有のホテルに乗り込んで、千景を助け出すために。


 その背中に、私は──



 ーーー☆ーーー



 ミィナ=シルバーバーストは不安に押し潰されそうな心を奮い立たせていた。


 本当は、怖いに決まっていた。

『草薙』が、ではない。姑息なクソ野郎と結婚することになろうとも『東雲グループ』を守る道を選んだ東雲千景の決意を踏みにじることが、だ。


 己を犠牲にしてでも『東雲グループ』を救う道を、東雲千景は悩んで悩んで悩み抜いて、それでも選んだのだろう。その決意を、嫌だからという理由だけで踏みにじるのはともすればどんなことよりも強烈な悪なのかもしれない。


 それでも、と。

 彼女の魂は叫ぶのだ。


 惚れた女には幸せになってほしい、と。

 そのためなら()()()()()()()、と。

 どうしようもなく、狂おしいほどに。


 ……安藤琴音の言葉は正しい。だけど、理屈で止まることができるほどミィナの恋心は聞き分けが良くなかった。


 それこそ元という冠がつくとしても脅威は決して衰えていない『あの人たち』に頼って、全てを絶対的な暴力でぐちゃぐちゃに粉砕することになろうとも。


 そう思えるミィナ=シルバーバーストの本質は間違いなく悪なのだろう。


 だから。

 だから。

 だから。



「待ってよ、ミィナ!!」



 一人でだって東雲千景を助けるんだと意気込んでいたミィナの手を握る影が一つ。


 安藤琴音。

 千景と種類は違えど、一生一緒にいるのが当たり前だと思えるくらいに好きな人が。


「私、だって……私だって! 千景を見捨てられるわけない!! 助けたいに、幸せになってほしいに決まっているじゃん!!」


「ことね……」


「ああもうこれ絶対間違っている。いつか、絶対に、どうしようもない現実に蹂躙されるのは目に見えている。だけど、それでも、ちくしょう! だからといって我慢なんてできないわよっ。そうよ、後先なんて後から考えればいいじゃない!!」


 その顔は凛々しいものではなかった。ぐちゃぐちゃに歪んでいて、それでもミィナにはどこまでも格好良く見えた。


 ミィナ=シルバーバーストの心に東雲千景が根付いていなければ、惹かれていたと確信するくらいには。


「今はとにかく千景を助ける! 千景も『東雲グループ』の倒産も回避するにはどうすればいいのかは、千景を助けてからゆっくり考えればいいのよクソッタレ!!」


 綺麗に整っているわけではなく、粗が目立つほどに歪で、いつだって迷っていて、だけど輝く彼女だからこそ、ミィナも千景も琴音のことが大好きなのだ。

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