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第五話 夢

 

 どうにかこうにか服を着せた安藤琴音にお昼ご飯と風邪薬を飲ませた後のことだった。


 やはり本調子ではなく、ベッドに横になってすぐに眠った琴音の近くではミィナ=シルバーバーストが珍しくどこかむすっとした顔で東雲千景へとこう声をかけたのだ。


「ちかげ。……ことねに、くっつきすぎ」


「くっつきすぎって、あれは風邪を悪化させないために仕方なくですねっ」


「わかって、いる。だけど……いくらことねが相手でも、ちかげがベタベタしているのを、見るのは、やだ……」


 東雲千景にしてもミィナ=シルバーバーストにしても、安藤琴音に対しては遠慮がなかった。親友だからこそ、好きだからこそ、気兼ねなく接することができる証明ではあるだろう。


 だが、好きにも種類がある。

 本当は触れ合いたいほどに好きだとしても、踏み込めない類の『時期』もある。


 友情と愛情は違う。

 いかに好きでも、いいや好きだからこそ、親友だと思っていた時は気兼ねなくできていたこともできなくなるものだ。


 だから、だけど。

 俯き、顔を真っ赤にして、それでもミィナはこう続けた。


「わたしに、だったら……いいけど」


「…………、えっ!? 今、あの、何ですって!?」


「何度も、言わせないで。……恥ずかしい、から」


 三人の仲が良いのは明らかだ。そこに疑う余地はなく、しかし好きの形はいつまでも同じではなかった。


 これは、それだけのお話。



 ーーー☆ーーー



 目の前に広がる光景を私は夢だと断言できた。だって、覚えがある。これは小学校に入る前、千景と遊んでいる時のものだったから。


『ちかげ、早く早くう!!』


『ことねちゃん、待ってくださいー!』


 この頃の私はとにかく本能のままに生きていたと思う。『古き良き』日本家屋に住む千景を半ば強引に連れ出して、一方的に友達認定したことなんて本当怖れ知らずにも程がある。


 こんな私を千景は嫌な顔せずに受け入れてくれたから何事もなく済んだが、一歩間違えればどうなっていたことやら。少なくとも、今の私に日本でも何番目かに凄いってレベルの『東雲グループ』のご令嬢を連れ出すようなことはできないだろう。無邪気に、本能のままに行動できるほど子供ではいられなかったから。



 景色が灰色の嵐に崩れたかと思えば、ぐるりと場面が切り替わる。これは中学一年の秋、ミィナが転校してきて、ゴロツキに言い寄られている所を私と千景で助けたことがきっかけで仲良くなった後くらいかな。


 ……そう言えば、ゴロツキの奴『魔王の愛娘』だなんだ厨二全開の口説き文句使っていたっけ。そんなんで惹かれる女はあんまりいないって。


『だから、やっぱり目玉焼きにはソースが一番なんだよ!!』


『琴音ちゃん、そんなこと言われたら戦争ですよ。目玉焼きには塩以外あり得ません!!』


『あーはいはい。千景は何かと言えば通っぽいものを選びがちだよね。天ぷらに焼肉、その他にもとにかく塩って言っておけば格好いいとでも勘違いしているようだけど、塩だけじゃ普通に物足りないから!!』


『これだからレトルトや冷凍食品で味覚が鈍っている人は。卵は単体で甘いんです。調味料とはあくまで引き立て役なんですよ。だというのに、ソースなどかけてはせっかくの卵本来の良さがソースの甘さに塗り潰されてしまうではありませんか! そんなの食材への冒涜でしかありません!!』


『はァん?』


『なんですか?』


 鼻と鼻とがぶつかるギリギリで睨み合う私と千景。その横ではキョトンとした顔でミィナがこう言ったのよ。


『……タバスコ、一択……』


『そこはせめて醤油とかじゃない!?』


『……?』


 この頃はまだ親友の集まりだったんだろうね。タバスコというインパクトに戸惑っている私を置いて、『そんなのタバスコの味しかしなくなるではありませんか!? 駄目ですよ、若いうちから味覚を辛味で潰すようなことをしたら!!』と()()()()()()()()()()を見ていたら、わかる。


 この時はまだ『友情』の域を出ていなかった。


 それはミィナも同じで、だからこそ緊張なんてすることもなく、ただただ楽しそうにしていたのよ。



 ぐるりと場面が切り替わる。

 そこは、高校の桜の木の下だった。



『琴音ちゃん。わたくし、ミィナのことが好きなんです!』


『わたし……ちかげが、好き……』


 入学式の前と後という違いはあれど、ここは千景とミィナに呼び出された場所。そう、二人が互いを好いているのだと二人の口から聞いてしまった場所なのよ。


 まあ、二人の口から聞く前から『友情』が『愛情』に変わっていっているのを察してはいたけどね。


 だけど、はぁ。二人が噂に疎いのはわかっているから単に知らなかっただけなんだろうけど、よりにもよってこの桜の木の下を選ぶだなんてね。


 ここには『桜の木の下で結ばれた二人は永遠の愛を手に入れることができる』なんて噂があるんだよ、こんにゃろう。


 ……あれ?


 そうだよ、確かにこの桜の木の下に千景とミィナに呼び出された。だけど、それは入学式の前と後であり、二人が揃ってはいなかったはず。


 だけど、私の目の前には千景とミィナがいて、あの時聞いた言葉を口にしていた。言葉自体は同じものでも、シチュエーションにズレがある。


 そう、これは夢。

 過去ではなく、夢なのよ。


 だから。

 いかに先程まで過去の出来事を反芻していただけだとしても、それで終わるとは限らない。


『ですから』


 ぞわり、と。

 背筋に嫌な震えが走った時には、もう遅かった。


 ミィナを抱き寄せた千景が満面の笑みでこう言ったのよ。


『もう三人でいるのはやめにしましょう』


『……ッ!?』


『恋愛と、友情は……別物。両立は、できない……』


『まっ、てよ』


『せっかくミィナと付き合えたとしても、そこに琴音ちゃんが間に挟まっていたら台無しですからね。やっぱり愛する人とは二人きりで過ごしたいですから、これ以上邪魔はしないでくださいね?』


『いや、なんで、そんな!!』


『ちかげと付き合えたら、もうことねの居場所は……ないよ。本当は、ことねだって、わかっているよね……?』


『やめて、やだ、それ以上は、お願いだからやめて!!』


『はっきり言って目障りなんですよ。恋愛相談を受ける。付き合えるように協力する。そんな風に体裁を整えて、仲間外れにされたくないからと縋り付いてくるような人は』


『……ッッッ!!!!』


 言わない。千景もミィナもこんなことは絶対に言わない!! 私の居場所はないだなんて、私のことを目障りだなんて!!


 これは夢。

 私の恐怖が形になっているだけのこと。


 わかっている。

 わかっている。

 わかっている。


 だけど、ああ、わかっていたって平気じゃない。


 視界が歪む。鼻の奥がツンと痛くなる。高校生にもなってみっともなく泣いているのだとわかっていても、流れ出る感情を止められない。


 平気なわけがない。

 こんなの、耐えられるわけないじゃん。


『やだ、よ。なんでも、ひっく、するから。二人の邪魔は絶対にしないから。う、うあ、だから、お願いだから……私を、一人にしないで』


 こんなことを言ったって意味はない。

 千景とミィナの形をした悪夢は、私の中に蠢く恐怖のままに責め立ててくる。



 ーーー☆ーーー



 東雲千景とミィナ=シルバーバーストは何もわかってはいなかっただろう。『どうして』の部分はごっそり抜け落ちていて、しかし迷うことはなかった。


 風邪をひいて寝込んでいる琴音。

 苦しそうにうなされている彼女は聞き取れないほどに小さな声で何事か呟いていた。千景とミィナが聞き取れたのは一つだけ。『……私を、一人にしないで』というものだった。


 それだけ分かれば、十分すぎる。

 千景が右手を、ミィナが左手を握り、悪い夢を見ているのだろう琴音へとこう声をかけた。


「大丈夫です。琴音ちゃんを一人になんてしませんよ」


「……ずっと、一緒……」


 そう。

 本当は、それだけの話なのだ。

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