第四話 看病をしよう
あー頭痛い。
「うっへえ。熱あるじゃん。どうりで頭いったいわけだねえ……」
ゴロツキに散々踏み荒らされた次の日、私はベッドの上で体温計を投げ捨てながらそう呟いていた。
身体はダルいし、頭はグルグルするし、吐き気するし、なんか視界が歪んできたし、さいっあく。
「はぁ、何やっているんだか」
ーーー☆ーーー
「──というわけで琴音ってば風邪で休みみてえだな」
高校の二年生の教室でのことだった。
よく『ゴロツキ』と呼ばれている男は『二人』に安藤琴音が風邪をひいたことを伝えていた。
朝から安藤琴音に呼び出された彼は風邪薬やレンジで温めるだけでいい雑炊などを買ってくるよう頼まれたので、もちろん彼女が風邪をひいて休むことは知っていた。
今の安藤琴音が『二人』に風邪のことを黙っているだろうとわかった上で、それでも躊躇なく教えるからこそ彼はゴロツキなのだ。
「で、お前らはどうする?」
ーーー☆ーーー
私はゴロツキに買いにいかせた風邪薬を飲んで、ベッドに横になっていた。
薬が効いてきたのか、ちょっとは楽になったけど、まだ完全には治ってなさそう。身体熱いし、頭痛いもんね。
しっかし、あれよ。風邪の時は嫌なことばかり考えてしまうのよね。身体が弱っているのに精神が引っ張られるからこそなんだろうけど……う、ああ。本当嫌になる。
大体、そうよ。親友の背中を押すのに理由なんて必要ない。二人には幸せになってほしいのは当たり前じゃん。何も悪くない、私は正しい。あんなゴロツキにとやかく言われる筋合いはない。大丈夫。私は自分の立ち位置を見失っていない。二人の幸せを願って、力を貸して、三人から二人と一人になるとしても、私は……。
「クソボケ。死んじゃえ」
と、その時だ。
ぴんぽーん、と玄関からチャイムが響いた。
こんな時に誰か来たみたい。お母さんもお父さんも色んなところ飛び回っているから今は私一人なのよね。うっぐ、起き上がるだけでふらっふらする。あーはいはい今出るからぴんぽんうるさいっての。
「はいはい、けほっ。セールスはお断りだから……って、え!?」
適当に押し返そうと玄関の扉を開けた私の目の前に立っていたのは制服姿の二人だった。
千景にミィナ。
二人は心配そうな顔をして、
「琴音ちゃん、大丈夫ですか!? 風邪をひいたと聞いたのですがっ」
「……大丈夫……?」
誰に、とは聞かずともわかる。
あのゴロツキ、本当好き勝手に踏み荒らすのがお好みのようね。風邪が治ったら、今度こそ潰してやる。
「大丈夫大丈夫。薬を飲んで寝ていたら治ってきたし」
「本当ですか?」
「うん。というか、まだお昼前だよね? もしかして早退してきたとか?」
「ことねが、苦しんでいるのに……学校なんて、行っている場合じゃない……」
「そっか、ありがとね。でも、ほとんど治ったし、今日は帰って……ごほごほっ!」
「琴音ちゃん!?」
「ことねっ。まだ、治ってない……」
「いや、本当大丈夫だよ。治ったから、うん」
ま、まだ頭痛いくらいだもんね。こんな風に喋っていたらボロが出るのも当然か。
だけど、昨日あんなことがあって、しかも弱っているとなったら何を言うかわからなかったから二人には会いたくなかったのに、本当あのゴロツキめ!!
「琴音ちゃんにはいつもお世話になっているんです。こんな時くらい、もっとわたくしたちを頼ってください!」
「……お世話、する」
「いや、だけど」
「はいはいだけども何もありません。さあさ、早くベッドに横になりますよ!」
「ごーごー……」
「ちょっ、まっ、ああもうっ」
弱っているのもあるだろうけど、そもそも二人にお願いされて私が断れるわけもなかった。一年くらい前のあの日、桜の木の下でお願いされた時がそうだったように。
ーーー☆ーーー
「……脱ごう……」
「は、なんっ、はぁ!?」
「暴れたら、だめ……」
それは私をベッドに寝かせた千景が『そろそろお昼ですし、お台所借りますね』と(両手に色々詰まったエコバック持っていたみたいだし、私ん家の冷蔵庫が冷凍食品塗れなのはわかっていたんだろうね)お昼ご飯を作るために部屋から出て行った後のことだった。
何度もお泊りしている仲だからか、どこに何があるかわかっていたんだろう。濡れタオルや着替えを持ってきたミィナがベッドに横になっていた私に馬乗りになって、ガバッとありきたりな私の寝巻きの胸元を左右に広げたのよ。
急展開すぎる!!
「……汗、拭かないと……」
「だいじょっ、大丈夫だからっ。それくらい、自分ででき……ごほがはっ!?」
「……いいから、大人しく、して」
薬を飲んでちょっと寝たくらいではまだ治りきってなかったようで、小柄なミィナに力負けして寝巻きを脱がされる有様だった。
いや、本当、待ってよ!!
「う、うう。こんな貧相な身体を見たって何にも面白くないだろぉーっ!!」
「? ……別に、面白さなんて、どうでもいい」
「うっぐ」
ええまあ正論よね。
だけど私だって女の子なわけで、骨格レベルから既存の人類では不可能な形をしているのではと錯覚するくらいには神秘的でファンタジーを極めた可愛さのミィナに見られると、どうしても比べちゃうのよ。
中の中。
クラスの中でだって到底一番にはなれない平凡な容姿。
別にミィナのように誰も彼も魅了するような可愛さが欲しいなんておこがましいことは言わないけど、それでもどうしても比べてしまって、見劣りするのが思い知らされて、つまりはそんなにマジマジと見ないでよぉ!!
「拭くよ……」
あれ? そうだよ、落ち着いて考えてみたら馬乗りになったミィナは私の胸元を広げて濡れタオルで拭こうとしているけど、別に前は良くない? こういうシチュエーションってせめて背中だけじゃない!?
「ミィナ、まっ……んひぃんっ!?」
「ふきふき……」
「まっ、まぁっ、くすぐったっ、ひっ!?」
「ことねは、もっと自信を持つべき。……ことねの、身体に、恥ずべきところなんて……ないよ。綺麗で、格好いいもん」
「あ、いや、褒めてもらうのは嬉しいんだけど、今はそんな場合じゃなくて、だから、その、もうちょっと優しくしてぇーっ!!」
ーーー☆ーーー
「琴音ちゃん。とりあえずおかゆとすり下ろしたリンゴを用意しましたので、食べられるだけ……って、これどういう状況ですか?」
お昼ご飯をお盆に乗せて部屋に入った(凛と制服を着こなした)東雲千景の目の前に広がっていたのは完全に寝巻きを取り払われて(つまりは生まれたままの姿で)ひぃひぃ喘ぐ安藤琴音とそんな彼女に馬乗りになって良い仕事したと言わんばかりに額の汗を手の甲で拭う(暴れてはだけた制服姿の)ミィナ=シルバーバーストだった。
「も、もうだめぇ。はげしっ、こんなの死んじゃうよぉ……」
「早く、着替える……」
「ミィナの……ハッ!? ダメダメ何を考えているんですかわたくしはっ。ごほん。ミィナ、琴音ちゃんは風邪をひいているんですから、あまり疲れさせないようにしてくださいね」
「あ……。ごめんね、ことね……」
「い、いや、ひゃううー……。もう終わりなら、大丈夫だよ。は、あはは」
若干涙目の琴音は寝巻きを取り払われている状況だった。流石にそのままの格好で放置していては風邪が悪化すると思い、刺激が強すぎる『それ』から目を逸らした東雲千景は近くに置いてあった替えの寝巻きに手をかける。
「琴音ちゃん。お着替えしましょうか。はい、まずは右手からですね」
「右手からって、え? いや、いやいやっ、自分で着替えられるから!」
「ダメです。風邪をひいた時くらい、もっとわたくしたちに頼ってください」
「でも、だって」
「でももだってもありません。さあ、お着替えさせますから大人しくしてくださいね」
「うわあん!! 今日はミィナも千景も強引だよう!!」
逃げようとする琴音の身動きをサラリと古武術で痛みを感じさせず、その上で正確無比に封じる東雲千景。
形としては羽交い締めに近いか。
右耳に顔を寄せて、琴音の両腕に自身の両腕を絡めた東雲千景はあくまで優しく囁く。
「元気なのは良いことですが、そんなに暴れてぶり返してしまっては元も子もありません。お願いですから、今日くらいは大人しくしていてください」
「ひっ、ぅ」
(外見だけなら)大和撫子の具現化に等しい美貌を誇る東雲千景が至近距離で囁いているのだ。いかに親友であり幼馴染みとして長い時間を一緒に過ごしてきた琴音であってもその凛としていながら背筋を震わせる甘い声に耐性なんてあるわけもなく、風邪の熱とは違った熱が湧き上がるのを感じていた。
しかも風邪で火照った自身の両腕にひんやりと冷たく、サラサラとした艶かしい東雲千景の両腕が絡みついているのだ。ぞくぞくと、寒気とも違う甘く、それでいて危ない震えが背筋を走り抜ける。
「んっ、んんんー……っ!!」
思わず、反射的に、無事だった両足をベッドの上でバタつかせる琴音。だが、それは悪手だっただろう。
大人しくして、と何度もお願いしていながら、全然言うことを聞いてくれない親友に東雲千景の目が不穏に細くなる。
「こ・と・ね・ちゃん? 大人しくしてくださいと、何度言ったらわかるんですか?」
「ぴ……ッッッ!?」
するり、と。
タコの足のように滑らかに、東雲千景の両足がバタつく琴音の両足を捉える。触手で絡めとり捕食するように、瞬時にその自由を奪う。
……今の琴音は寝巻きを取り払われて生足を晒しており、つまりは着物をはだけさせて剥き出しとなった東雲千景の両足の感触がダイレクトに伝わっていた。
「ぴっ、ぴぃっ、ぴぴーっ!?」
「もういいです。言うこと聞いてくれない琴音ちゃんは無理矢理お着替えさせます。指先一つの自由さえ許しませんからね」
「………っっっ!?」
ミィナ=シルバーバーストにも、東雲千景にも悪気はなかったのだろうが、平凡な少女には刺激が強すぎて仕方がない所業ではあった。