第三十話 二人の秘匿手配犯
真っ赤な女はようやく身体に走る衝撃が抜けてきたのか、身体の調子を確かめるように立ち上がり、血の混じった唾を浜辺に吐き捨てていた。
「チッ、せっかくの喧嘩だってのに余計な邪魔しやがって。銃弾の一発や二発食らってからが本番だってのに」
そこで真っ赤な女は『安藤』と『母親』の激突から視線を動かして(ともすれば我慢できずに乱入したい気持ちを全力で噛み殺して)、気絶した安藤琴音を抱いて逃げようとしているラビィ=クリスタルリリィへと声をかける。
「『第零席』による包囲はすでに完成している。どうせ逃げられやしないんだからあんまりチョロチョロしないように。あーあ、どうせなら居候という名の降伏状態になる前に『安藤』に喧嘩売っていれば良かったかも。そうすれば遠慮することもなかったんだから」
瞬間。
夜の闇より這い出るようにラビィの前後左右を取り囲んだ四人の人影が襲いかかる。
「っ!?」
四人ともが白いスーツの男だった。白という目立つ格好をしていながら『意識の隙間』に入り込んでいた彼らは必殺の間合いに至るまでその存在を悟らせなかったということだ。
『第零席』、警察や自衛隊とも異なる国家防衛戦力に雑兵は存在しない。『安藤』という最強が食い止められようとも、それを埋め合わせるだけの『力』を個々人が宿しているのだから。
だが、真っ赤な女は笑っていた。
足元の砂を蹴り飛ばして迎撃しようにもラビィや琴音を巻き込むし、拳を叩き込むために間合いを詰める前にラビィは殺害されると分かった上で。
「私チャンに丸投げってひどくなイ?」
ブォンッ!! と徒手やナイフ、警棒にトンファーと各々が確実にラビィを殺せる一撃を放ったというのに、その全てが虚しく宙を切ったのだ。
ダークスーツにサングラスの褐色の女が割り込んだことで。
「くっ、貴様!」
「遅いわネ。『安藤』ならともかク、兵相手ならサングラスで『隠して』いても十分カモ」
頸動脈や心臓といった急所へと白いスーツの男たちの武器が突き込まれるが、褐色の女は踊るように避け、受け流す。
真っ赤な女と違い、彼女の異常性は瞳に集約している。視界に広がる情報処理能力が極めて高く、サングラスは瞳の能力を『隠す』ものだと暗示をかけることで制限しなければ弾丸であっても止まって見えるほどに処理してしまい、脳が過負荷で壊れてしまうほどに。
その能力の高さから普段は瞳の、そして視界から得られる情報を脳で処理する速度を制限しているが、それでも百戦錬磨の『第零席』の兵たちの攻撃さえも遅く感じるほどなのだ。
加えるならばその処理能力の高さや五感で得られる情報を統括することで自身を空から見下ろすように俯瞰的に周囲を把握できるがために彼女に死角は存在しない。三百八十度全ての事象が止まって見えるのだから、どこから攻撃を加えようともいくらでも対応できるというものだ(あくまで遅く見えるだけであり、対処不能なほどの質や量で攻められると対応はできないのだが)。
「きひひ☆ ワタシに誰かを庇うなんて無理だからね。そういうのは小型飛行機くらいなら軽く操縦できるくらい無駄に器用なヤツに丸投げしたほうがいいじゃん。ほら、適材適所ってヤツよ」
ダークスーツにサングラスの女が四人の兵の攻撃を凌いでいる間に距離を詰めた真っ赤な女の拳が唸る。徒手やナイフ、警棒にトンファーなど関係ない。どんな攻撃も圧倒的な膂力でもってひしゃげるように吹き飛ばす。
瞬く間に四人の兵が浜辺に倒れる。
人の形を保っているのが不思議なほどの轟音と共に。
「やっぱり丸くなったよネェ。前までだったら形がわからなくなるまで踏みつけにでもしていただろうにサ」
「降伏という名の居候状態だし、あちらさんの流儀に合わせているだけよ。まあ殺しよりも楽しませてくれるものが世界にはあるんだと知ったからでもあるけど。最近だとミケよねっ。あの子本当可愛いにもほどがあるわよね!?」
「ハイハイ。本当あの雌猫のことになるとテンション上がるんだカラ」
と、そこでダークスーツにサングラスの褐色の女についてきていた千景やミィナがラビィに抱えられ、気を失っている安藤琴音に駆け寄る。
「琴音ちゃん、大丈夫ですか!?」
「とりあえず気を失っているだけで、どこか怪我したりとかはしてないみたい」
「……良かった……」
ほっとしているミィナの横で千景は剣呑な目でラビィを見据えていたのだが──切り替えるように息を吐く。
「貴女には言いたいことが山ほどありますけど、ひとまずこの場を切り抜けてからにしてあげます」
「……、ありがとうございます。で、これからどうする?」
「わたしたちには、戦う力はない。……今は強い人たちに頼るしかないよ……」
だから、と。
ミィナは真っ赤な女と褐色の女に視線を向ける。
「お願い。なんとかして……」
「きひひ☆ まあ居候させてもらっている身だしね。宿代代わりに働いてやるわよ!」
「マァいずれ世界を征服する時に『第零席』は邪魔になりそうだシ、ここらで潰しておいて損はないわよネェ」
「世界を征服? まだそんなこと言ってるわけ???」
「ハ?」
「ん?」
「エ、アレ、あくまであの『母親』に殺されるのを回避するために『女貴族』の提案に乗っかって居候なんてつまらないことしているだけよネ!?」
「いや、ぶっちゃけそういうのはもう忘れていたんだけど」
「ハッ、ハァーッ!? チョッ、マッ、日和るにもほどがあるわヨォオオオオオオオオ!!!!」
「おっと、拾ったナイフ投げたってワタシが殺せるわけないじゃない」
「うるさいバーカッ!!」
何やら軽く仲間割れしている二人の秘匿手配犯へと夜の闇から這い出るように数十もの白いスーツの男たちが襲いかかるが、
「話の邪魔──」
「──してんじゃないわヨ!!」
ゴッバァッッッ!!!! と息を合わせ、迫る白いスーツの男たちを薙ぎ払う二人の秘匿手配犯。
基本的にはダークスーツにサングラスの褐色の女が相手の初手を捌いたところに真っ赤な女が拳を叩き込んで撃破する流れだが、褐色の女では対処できない遠距離から狙われている場合は目線で合図を受けた真っ赤な女が砂をショットガンのように蹴り飛ばして迎撃していた。
「まあその話は落ち着いてからでってことで」
「仕方ないわネ。丸くなりすぎて日和った精神をぶっ殺してでも叩き直してやるから覚悟することネ!!」
「そういえばなんだかんだと殺し合ったことはなかったっけ。楽しい喧嘩になりそうじゃん、ラッキー☆」
「真面目な話なんだケドォ!?」
口論を重ねながらも攻撃の手は緩まない。その程度では揺るがないからこそ秘匿手配犯であるのだろうが。




