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第三話 お弁当交換会

 

 遊園地でのアレソレは最後以外普通に遊んだだけだった。私としてはその場のノリに任せて告白までいって欲しかったものだけど、一年近くも進展なしだったんだから一度のデートでそこまで突き抜けられるわけもないわよね。


 そう、大事なのは普段からの積み重ね。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが大事なのよ。絶対に成功すると思っていれば、臆することもないんだしね。


 というわけで、『今度、三人でお弁当の交換会しよう!!』と前振りしておいた。……本当は二人でってしてやりたいところだけど、まあ自然なノリを意識して三人ということにしておかないとね。


「ことね……。どうして、お弁当?」


 私ん家の平凡なお台所には不釣り合いなほどに浮きに浮きまくった可愛いが首を傾げていた。ミィナとフリフリのエプロンを合わせると、なんだか絵本の中のお姫様みたいなのよね。


 そんなファンタジーに私はくるくると手で回していたお玉をずびし!! と突きつけて、


「料理ができる家庭的女アピールよ!!」


「……?」


「古今東西、料理がうまい女はモテるもの。交換会ではミィナの作ったお弁当が千景に渡るようにするから、千景の胃袋を落としてついでに心も落としてやろう!!」


「!?」


 当日は『私はお弁当を作るのを忘れる』ことで二人でお弁当を交換してもらって、その後で私はお弁当作るの面倒だから二人でお弁当の交換を続けたら? といった風に誘導するつもりだ。


 自然なノリを演出するために最初は三人ということにしておくが、結局は二人だけのお弁当交換会になるのだ。そこで互いが互いのためにお弁当を作るのに気合い入れれば入れるだけ、もしかしてこんなにも気合い入れてくれるのは自分のことが好きだからなのでは? これなら告白してもうまくいくはず!! と思わせれば私の勝ちよ。……まあこれ単体でそこまでうまくいくわけないだろうけど、大事なのは積み重ねよ。というか、これくらいまわりくどい方法選ばないと千景もミィナも動いてくれないし。


 千景にも同じことを伝えているから、今頃気合い入れてお弁当を作っているはずよ。


 問題は……、


「でも、わたし……料理、苦手」


 そうなんだよねえ。

 さっきまですっかり忘れていたけど、人見知りと恋愛方面以外は完璧超人の千景と違ってミィナの能力はどちらかと言えば私のような平凡寄りだったりする。いや、外見に極振りしているから平凡と言うのは何か違うのかもしれないけど。


 とにかくミィナはなんだってサラッとマスターする千景と違ってできないことの一つや二つはあって、その一つが料理なのだ。


「あー……。まあ拙いながらも一生懸命作りました、ってのも逆にグッとくるものだけど、ミィナはそういうのは嫌だよね」


「……うん。食べてもらう、なら……美味しいのが、良い……」


「なら、特訓あるのみだよ!!」


 私だって普段は面倒だから冷凍食品とかカップラーメンとかばかりだけど、やろうと思えばある程度の料理は作れるから、基本的なことであれば教えられる。


 そして、別に学生のお弁当に訳わかんない高等技術なんて必要ない。まあ千景は良いとこのお嬢様だから舌が肥えているかもだけど、昔っから駄菓子とか旨そうに食べていたし、普通に食べられるものなら惚れた女の手料理補正で何とかなるって、うん!!


「ってわけで、頑張ろうか、ミィナ!!」


「うん。ちかげの舌、ギッタンギッタンに唸らせる……っ!!」


 この時の私は想像すらしていなかった。

 まさか料理下手を極めると不揃いとか火が通っていない以前に初手から爆発が飛び込んでくるものだということを!!



 ーーー☆ーーー



「お弁当交換会ーっ!! パチパチーっ!!」


 高校の屋上で私はテンションを上げて両手を叩いていた。


 予想以上に『特訓』に時間がかかったので(いや本当大変だった。爆発とか普通に死を覚悟したもの)、お弁当交換会を開催するのが夏休み前と遅くなっちゃったけど、何はともあれこうして開催に漕ぎ付けられるくらいにはミィナの料理の腕も上がって何より。いや、本当にっ、人間が食べられるものを作れるようになってよかった!!


 ちなみに屋上は普段は閉まっているんだけど、千景が鍵を持っていたから問題はなかった。生徒からは元より、先生からも人気の千景パワーってヤツね。


 美人でなんでもできる、とくれば敵もできそうなものだけど、極めちゃうと敵愾心を抱く余裕すらなくなるんだよね。圧倒されちゃって、嫉妬するのが馬鹿らしくなるみたいな? しかも千景はそれを誇るでもないんだし、そこまでくると認めるしかないんだよね(実際には人付き合いが苦手だから、わざわざ自慢したり他者を見下したりすることがないだけなんだけど)。


 そういうわけで、千景は他人からのウケがメチャクチャいいのよね。先生に頼めば屋上の鍵を貸してもらえるくらいには。


「あ、そうそう。私、お弁当作るの忘れちゃったから二人で交換してねっ」


 しっかし、改めて考えると今の発言ってクズ過ぎない? 自分で提案しておいて、自分は忘れたって最低じゃん!?


 い、いやまあ、事前に二人で交換できるよう誘導すると言っているから大丈夫だろうけど。……大丈夫、だよね?


「そ、そそっそうでっ、そうですかっ。それならば、仕方ないですねっ。み、みみっ、ミィナっ。お弁当、どうぞですっ」


「…………、…………ん」


 そんな私の心配になんて、二人は気づいていなかった。ガヂガヂに緊張した面持ちで、互いにお弁当を差し出す。


 その真っ赤な顔が、目を合わせられないほどに緊張している態度が、もうすでに気持ちが透けて見えるものだけど……当事者になるとわからないものなのかも。こんな風に分析する余裕すらないってね。


 好きなんだと、見せつけられる。

 どうしようもなく、寂しく──


「ごほんごほんっ!!」


「わっ。こ、琴音ちゃん?」


「……大丈夫……?」


「いや、ごめん。その、喉に何か引っかかったみたいで。何か飲み物買ってくるから、先に食べていて」


「それならわたくしのお茶を飲んでいいですよっ」


「……わたしの、イチゴミルク……」


「いいっていいって。じゃあ私行くから、本当先に食べててよねっ」


 そう言って、軽く手を振りながら私は屋上を後にする。階段を下って、お昼時だからか人が少ない廊下に出て、ゴヅンと壁に後頭部が当たるのも気にせず寄りかかる。


「割り切った、はずなんだけどねえ」


 と、その時だ。

 カツン、と足音がしたかと思えば、



「ヘイ。今夜一万でどうだ?」


「死ねクソボケ」


 ズドン!!!! と。

 人の胸に手を伸ばしやがる『ゴロツキ』の股間を蹴り上げてやった。



「ぶっ、ごぶばっ、がァああああああ!? て、テメェ……やっていいことと、悪いことがある、だろうがァ……!!」


「社会の害悪を駆除して何が悪いってのよ」


 一言で言えばチャラい男が股間を押さえて床をゴロゴロ転がっていた。


 髪は茶色に染めて、ピアスやネックレスなどでゴテゴテに固めて、ついでに学ランを改造してマントのように肩に羽織っているこんなゴロツキでも幼馴染みってヤツなのよねえ。


「で、何の用よ?」


「おいおい、手頃な女ァ目につけば何も考えずとりあえず感覚でお手付き狙うもんだろ」


「誰が手頃だクソボケ」


「鏡見りゃあ嫌でも分かると思うぜベイベー。逆にミィナ=シルバーバーストほどになると、口説くのも慎重になるがな。失敗しても代わりはそこらにたくさんあるお手頃と違って、代用となる女が少ねえとびっきりだし!!」


「アンタ、ミィナに嫌われまくっているけどね」


「そうなんだよなあ!! 初っ端からホテルじゃなくて、無難に食事に誘っただけだってのによお!!」


「そんなこと言って、どうせ釣れたら釣れたで面倒くさくなって捨てるくせに。挨拶感覚の暇潰しで声をかけているだけで、本気でモノにしようとする気がないのはわかってんのよ」


「ばっか、テメェ。年頃の男ってな、女と見れば手を出そうとするのが礼儀、いや青春なんだよ! 例えこれっぽっちも興味ねえ女だろうがなあ!!」


「なんでもいいけど、アンタのくだらないお遊びにまたミィナを巻き込んだら今度こそ許さないから」


「心配せずとも二度も狙うほど執着してやる理由がねえ。大体とびっきりを狙ってんのはハイスコア狙いにいってるだけなんだ。脈ねえ奴を狙うのは時間の無駄だし、さっさとミィナ=シルバーバースト以上の奴を探すのが賢い選択ってもんだろうよ」


「は? ミィナ以上の女なんているわけないじゃん。同率で千景が並ぶけど、以上なんてこの世界のどこにもいないのよ!!」


「あーはいはいわーったよ相変わらずだなクソッタレ」


 呆れたようにゴロツキが首を横に振る。

 そのまま立ち上がり、ぴょんぴょんと跳ねながら、



「二人ともだなんて節操ねえ奴だ」



 何か。

 胸の奥がひどく軋んだ気がした。


 無視して吐き捨てる。


「何がよ、クソボケ」


「いやあ? 別にい??? 俺からすれば脈ねえ奴に構ったって無駄だとは思うんだが、そこは個人の自由だ。好きにすりゃあいい。……いや、そもそもそういうアレとも違うのか? まあ正確なところは知らねえわな。ガッチガチに隠してやがるし」


 だけど、と。

 区切り、そしてゴロツキはこう続けた。


 どこまでも呆れたように。


「なんで、東雲千景とミィナ=シルバーバーストの手助けしてるんだ? 両想いみてえだが、別にテメェが力を貸す理由も特にねえだろ」


「……、チッ。なんで気づいているのよ」


「見てりゃあわかる。で、なんでだ?」


 これだからこいつはゴロツキなのよ。

 身勝手に踏み込んできやがって。


「親友を助けるのに理由なんて必要ないわよ」


「そりゃあおかしいわな。だったら、なんでマジじゃねえんだ?」


「…………、」


「だって、そうだろ。もう一年近くか? それだけあって、なんであいつらこれっぽっちも進展してねえんだよ。いくら恋愛に奥手だからって限度はあるだろ。大体、そもそもだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「そ、れは」


「もちろん一番は二人のペースでってヤツなんだろうが、普段のテメェなら一年近くもぐだぐだやってりゃあ我慢できずに多少強引な手にだって出るはずだ。相手がクズならお構いなく暴力さえ振るえるテメェらしくねえ」


「それは、それは!!」


「俺が唯一『勝てなかった』女が情けねえもんだ。逃げてばっかで幸せを掴めるわけねえだろうが」


 痛い。

 痛い、痛い! 痛い!!


 なんで、アンタは、そうやって……っ!!


「アンタ、には……関係ない」


「ハッ、違いねえ。だがよ、これでも俺はテメェに──」


「うる、さいっ!!」


「はいはいわーったよ。まったく、仕方ねえ奴だ」


 嘲るように肩をすくめて、踏み荒らすだけ荒らして、ゴロツキは去っていった。


 誰もいなくなった廊下で私は静かに壁に背中を預けたままズルズルと崩れ落ちる。


 胸が痛い。

 頭がグルグルする。


 私は……。

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