第二十八話 賽はすでに投げられたがために
『続いてのニュースです。今日未明、またもや日本海沖で「略奪船」による日本船舶への攻撃が確認されました──』
気を紛らわせるためだけにつけているテレビから味気ないニュースが流れていた。
住宅街の一角。確かに存在するが、どうしてだか目立たない住宅のリビングでのことだ。
シンプルというよりは単に物に興味がないのだろう。『世間の常識』を把握するための薄型テレビや『仕事用の』ノートパソコン以外には何もないリビングの床に座り込んでいるゴロツキは苛立ちを誤魔化すように手の中のスマホをクルクルと回す。
『白き花の代弁者』ラビィ=クリスタルリリィと安藤琴音の向かった先は『教団』によって隠蔽されていた。下は学生から上は政党の頂点までが属する『教団』が本気で隠蔽を施したならばいかに『セントラル』に関わらない自前の『力』を持つゴロツキといえども調査は難航していたはずだ。
だが、クイーンが動いていることから『教団』が整えた盤面はすでに『セントラル』によって引っ掻き回されていると考えていいだろう。加えるならばクイーンのやり方は相談役としてそばにいたゴロツキだからこそ嫌というほど理解している。
『セントラル』ではなくその周りが勝手に配慮して動いた、だの、力を貸してあげた誰かにとっての敵にして『セントラル』にとっての邪魔者を排除する余力ができた、だの、追い詰められた者が『セントラル』に縋った際に『助言』を囁く、だの万が一が起きても自らにまで責任が及ばないよう立ち回るのがクイーンという女なのだ。
であれば今回もまたそのように立ち回っている、と仮定すれば見えてくるものもある。
『セントラル』からこの国の国家防衛に携わる者たちへの不自然なまでの『善意の援助』くらいは今のゴロツキにでも調べ上げることができた。後はその者たちがクイーンによっていいように利用されていると仮定すれば『教団』が構築した安全圏に穴をつくれる面々だというのが見えてくる。
その穴を調べれば、ラビィや琴音の居場所に繋がるということだ。
だが、ゴロツキにできたのはそれまで。
日本海のある無人島にラビィと琴音が二人きりで向かったという情報を得るまでが限界だった。
くるくると回していたスマホを耳に当てる。通話を繋げる。
「よおクイーン。『善意の援助』だなんてあからさまだなあ」
『そこまでわかっているなら「白き花の代弁者」の居場所くらいは知り得ているわよね』
「まあな。……『いつものルール』で『白き花の代弁者』が殺害される。それがテメェの狙いだったってわけだ」
『だとしたら? 「教団」の脅威の一端は例の婚約発表会ですでに証明されている。「セントラル」の意思に反して婚約発表会の一幕が「白き花の代弁者」にまで流れていた。そのことから「セントラル」よりも「白き花の代弁者」を優先する流れはできつつあることは判明していた。これを放置していれば、いずれは「セントラル」そのものが「白き花の代弁者」に乗っ取られる危険性は十分にある。それほどの脅威が早期に駆除されるというなら喜ばしいことじゃない。そもそも私は何もしていない。今まで動作不良を起こしていた貴方たちの国のルールが正常に作動したがゆえにラビィ=クリスタルリリィは正常に裁かれるというだけの話なんだから、私に対してそうも責めるような口調で言われても困るというものよ』
「テメェの長えくせにくだらねえ建前はどうでもいい。現実としてこの国の国家防衛戦力はテメェの思惑通り『白き花の代弁者』討伐に向けて動いている。それが己の支配圏を守りてえのか、近いうちに勃発するだろう『内乱』を阻止するためなのかは知らねえがな」
『もう一度言おうか。だとしたら? こちらにとって好都合ならそれでいいじゃない』
「……、本音を言えば『白き花の代弁者』がどうなろうが知ったこっちゃねえ。どんな大義名分を掲げていようが、現実としてくだらねえ闘争を招き、しかもその先には奴の狙いである世界平和なんて実現できるわけねえんだ。そんなの文字通り自業自得で、擁護してやる義理はねえ」
『だったら──』
「だとしても」
区切る、切り替える。
いっそ冷徹なまでに突き放していた今までとは違う。ゴロツキの声に感情が乗る。
「ラビィ=クリスタルリリィが死ぬと琴音は悲しむ。それも琴音が一緒にいながらってなれば、一生引きずるのは目に見えている」
『だから「白き花の代弁者」を救うと? 安藤琴音自体はただの学生だと、執着するほどの価値はないと事前に説明済みのはずなんだけどね。貴方が望むなら代わりどころかより価値のある女だっていくらでも手配するわ。だから、そろそろつまらないお遊びは終わりにしましょう?』
「琴音の代わりどころかより価値のある女、か。そんなのいるわけねえだろ」
即答だった。
迷いは一切なかった。
ゴロツキは『草薙』などを世界的大企業を束ね、誰もが認める頂点たる『セントラル』を統べしクイーンへと言葉を突きつける。
「この俺が『勝てなかった』女は琴音ただ一人なんだ。そう思える女なんて一生に一人いれば十分なんだよ」
『そのくだらない執着の果てに築き上げた全てを失うとしても?』
「勝てばいいだけの話だ。この国の国家防衛戦力も、裏でコソコソやってるテメェの思惑も全部ぶち壊してな」
『セントラル』の急成長を影で支えてきた相談役からの反逆に対して、しかしクイーンはくすくすと笑みを返す余裕があった。
そう。
ゴロツキがすでに手を打っているとわかった上で。
『もしかしてとは思うけど、秘匿手配犯を何人か差し向けた程度でどうにかできるとでも?』
「…………、」
全て把握しているのだろう。
ラビィと琴音の居場所を知ったゴロツキがミィナ=シルバーバースト経由で真っ赤な女たちに連絡を取ったことも、自家用の小型飛行機を貸し出したり『セントラル』の相談役としての報酬として手に入れた大金(これまで適当な理由をでっち上げたりいくつか迂回させて『セントラル』と直接の関係はないと取り繕った上でゴロツキに支払われたものだ)に物を言わせて臨時で飛行計画を差し込むことで『足』を用意したことも、だ。
真っ赤な女にダークスーツにサングラスの女という二人の秘匿手配犯についていく形で東雲千景やミィナ=シルバーバースト、そして彼女の『母親』が無人島に向かっているとわかっていて、なお、クイーンの余裕は崩れない。
『「第零席」は名もなき「組織」を唯一退けた戦力よ。その後、なぜか立て直しをはかることなく自然消滅した「組織」に属していたとはいえ、あの二人の秘匿手配犯では「第零席」が誇る「安藤」には敵わない』
「かもしれねえな」
『……?』
初めて。
通話先のクイーンの吐息に余裕以外の色が乗る。
これまで全て想定の範囲内だと言わんばかりだったクイーンから疑問の色が湧いて出たのだ。
「だが、それはあくまで俺たちが把握可能な限りでの話だ。ブラックボックス。『セントラル』でもってしても詳細不明だったミィナ=シルバーバーストの『母親』が戦況にどこまで影響を及ぼすかまではテメェでも予測できねえはずだ!!」
沈黙があった。
意表をつかれたのは確かだった。
だが、しかし。
『は、はっは、はははははは!! まさかそれが貴方の切り札? 予測不能だから勝てるって、ははっ、そんなの運頼みとほとんど変わらないじゃない!! 仮にもその頭脳でもって「セントラル」を急成長させた相談役からそこまで情けない言葉を聞くとは思わなかったわよ』
「おいおい、俺の得意技は『予測』だぜ」
例えば婚約発表会での一幕。
あれほどの大事になる前に事前封殺もできただろうに、ゴロツキはあえて婚約発表会が開かれるまで待っていた。そうすることで琴音の本音が引き出せると『予測』していたからだ。
何をどう転がせばどんな結果が得られるか『予測』できれば、文字通り好きな未来を選び取ることができる。もちろん現実として可能かどうかという注釈こそあるが。
「秘匿手配犯では足りない。だからこそブラックボックスを動かすためにわざわざミィナを経由して連絡を入れた。娘のためなら必ずや『母親』は動くってのは例の婚約発表会で確認済みだしな。こうすれば望む未来が手に入る。そう『予測』したからこそ俺は動いたとは考えなかったのか?」
『だから、それは詳細不明という不透明さに賭けた運頼みで──』
「いいや、違う。この目でブラックボックスを見たからこその確信だってんだ」
本質としてゴロツキもクイーンも自らが現場で動くタイプではない。策を巡らせ、人を動かし、大局を望むものへと誘導するのが彼らの本質である。
すでに賽は投げられた。
ここから先は事前にどれだけ準備できたか、どれだけの戦力を適切に運用できたか、どれだけの布石をうっておいたかという話であり、今からどうこうしたところで結末は変わらない。
ゆえに、だ。
『まあいいわ、あくまでそんな風に強がるならばね。全ては結果が示す。下手に足掻くよりも「安藤」に任せておいたほうがまだしもマシかもしれないけど、足掻くならそれは自由よ。必ず後悔するだろうけどね』
「上等だクソッタレ」
結末はとっくに戦場での勝敗に委ねられている。




