第二十五話 無人島の夜
「うう、寒いっ」
「だったら暖めてあげますもちろん人肌でっす!!」
「はいはい」
「ああっ、素っ気ないっす!」
夜。
私とラビィちゃんは浜辺にあるベッド(私が目覚めた時に横になってたヤツね)に並んで腰掛けていた。
ざざーん、と波の音が夜の闇に響く。
真っ白なワンピースの上からこれまた真っ白でもふもふなコートを羽織ったラビィちゃん(ああもうメチャクチャ似合っているなぁ!)に対する感情を抑えて、飛びかかってきそうだったので片手で制しながら、
「っていうか、バーベキューの後に二人で王様ゲームというゲーム性崩壊しまくっている中しこたま好き勝手やってくれてから、汗を流すために露天風呂に入ったのに、なんでわざわざ海にまで出てきているわけ? 湯冷め一直線なんだけど」
「ふふーんっす! ロマンティックを追求した結果っす!!」
「ロマンティックとやらを追求したせいで寒く暗い森を歩く羽目になったんだけどね」
「うぐっすっ」
森の中をビキニで突っ切るラビィちゃんを見た時から薄々感じていたんだけど、さ。
「なんていうか、ラビィちゃんって意外と夢見がちなのね。てっきりこういうのは慣れているものだと思っていたんだけど」
何せ校内外にファンクラブができるほどだもの。もっとスマートにこなせるくらいの経験は積んで──
「……っすから」
「え?」
「だからぁ! こういう、誰かを誘惑するとか、好きになるとか、はじめてのことだからどうするのが正解なのかわかんないんすよお!!」
……そっ、か。
「本当に? ラビィちゃんくらいモテモテなら誰かと付き合ったりだとかとっくに経験あるんじゃない?」
「ないっすよこれが初恋なんすから!! うぐぐうっ、こっちがどれだけ悩んでいるかも知らないでーっす!! 先輩の鬼畜っすう!!」
「ごめんごめん」
そっか。
そっかそっかぁっ!!
私、ほっとしちゃっている。
嬉しいと、思っている。
だったら、それは、だけど──この好きは友情とどう違うの?
「……説明できないんじゃあ、ねえ」
「先輩?」
「いや、なんでもない。それよりロマンティストなラビィちゃんはわざわざ海に出てきてまで何を企んでいるか、そろそろ説明あってもいいんじゃない?」
「時間もいい頃合いだし、自分の目で確かめてもらったほうが早いっす! さあさ先輩っ。刮目するっす!!」
瞬間、ドンドンドドンッ!! と腹に響く轟音と共に夜空が色とりどりの光に包まれた。
花火。
それもそこらの催しではお目にかかれないほどに大量で鮮やかな光が夜空を覆い尽くしたのよ。
「綺麗……」
「そうっすかっ。信者……じゃなくて知り合いに頼んだものだけど、喜んでもらえたなら嬉しいものっすっ」
夜空に煌めく光が海面に反射して幻想的な光景に仕上がっていた。これだけのものを何かしらのお祭りやテーマパークの催し物ではなく、自惚れでなければ私のためだけに用意したという。
それを言うならここだってそうよ。無人島、それも豪華なお屋敷があって、それなり以上に管理された土地を遊ぶためだけに借りたってのよ。
なんだかそわそわする。
落ち着かない。
素直に喜ぶべきなんだろうけど、不相応なんじゃないかって、身の丈にあってないって、申し訳なさのほうが先立っている……ってのもあるんだろうけど、何より──どうして私なの?
千景のように大企業のご令嬢にしてハイスペックな美人さんではない。
ミィナのように見る人を根こそぎ魅了するようなかわいさなんて持ち合わせていない。
何よりラビィちゃんのようにこうして無人島や花火などを提供してあげてもいいと思えるくらいに、そしてファンクラブができるくらいに大勢の人に好かれるような人間ではない。
私は普通の高校生、それもどちらかと言えば面倒くさい部類の人間よ。
そんな私が千景やミィナと親友でいられるのが奇跡であって、それ以上なんてあるわけない。
ラビィちゃんのような女の子に恋してもらえるような上等な人間ではないと、他ならぬ私自身がわかっている。
一目惚れ。
そんな気の迷いで私なんかがラビィちゃんの人生を台無しにしていいわけがない。
だから。
だから。
だから。
「先輩、好きっす」
ぎゅっ、と。
ラビィちゃんの手が私の手を握る。
出会い頭にキスしてきたような女の子とは思えないくらい、ゆっくりと、遠慮がちに。
「確かにきっかけは一目惚れっす。だけど、この想いは錯覚なんかじゃないと断言できるっす」
「なんで、私なのよ……」
「決まっているっす! 先輩と出会ってから今日までずっと、こうして先輩を前にするだけでワタシの心は高鳴って仕方ないんすから!!」
「……、そんなの思い込んでいるだけよ。一目惚れだからって、好きになっているはずだって、そんな風に」
「舐めるなっす。心の話ならワタシに並ぶ者はそういないっす。だから、わかるんすよ。これが誰かに恋をすることなんだって……まあ、恋ってものがこんなにも人を狂わせるものだとは想像してなかったっすけどね」
「なんで、どうして!」
「先輩だからっす」
ラビィちゃんの指が動く。
絡める。
指と指の隙間に自身の指を潜り込ませて、縛り付けるように。
「東雲千景さんでもミィナさんでもないんす。他にどれだけ優れた人がいるとしても、ワタシならやろうと思えばそいつらをモノにできるとしても、ワタシが恋しているのは先輩ただ一人なんすよ!! それだけは、わかっててほしいんす」
「…………、」
わかんない。
わかるわけがない。
だって、私は知らない。
生まれたばかりの子供を金で雇ったお手伝いさんに預けるくらいに誰かに夢中になる気持ちなんてわかるわけがない。
そんなにも強大な感情が誰かに恋をすることだというなら、恋愛ってのが恋人以外の人間を遠ざけるものだっていうなら、私はそんなものいらない。……千景やミィナはそれでも私を遠ざけることはなかったから例外もあるんだろうけど、だからってそれならいいやなんて受け入れられそうにない。
だから、嬉しくなんてない。
心臓が高鳴っているのも、頬が熱いのも、夜空に輝く花火に感動しているからであって、それ以外の理由なんて絶対にない。
私は恋愛なんてわからない。
わかりたく、ない。
「私、は」
だから。
「それでも」
だから!
「ラビィちゃんのことが……」
だから!!
ーーー☆ーーー
バヂィッッッ!!!! と。
鮮やかな花火に彩られた夜空の下、無人島に鋭く不穏な音が響く。
ーーー☆ーーー
そして。
人々の『生活』に直結するほどに影響力を発揮している世界的大企業『セントラル』の頂点、すなわちクイーンはこう言った。
「やっぱり頂点ってのはいいものねえ。わざわざ自ら動かずとも、場を整えるだけで有象無象が勝手に動いてくれるんだから」




