第二十四話 バーベキューをやろう
「バーベキューするっすよ、先輩っ」
じゃーんっ!! と巨大なブロック肉を掲げてラビィちゃんはそんなことを言った。
「そういえばなんだかんだともうお昼前だったっけ」
「あれ、でっかいお肉っすよっ。興奮しないんすか先輩!?」
「そうだねーでっかいねぇー」
「なんだか先輩がおかしいっす!!」
状況を確認しよう。
場所は殺人事件でも起きそうなくらいには木造で豪華なお屋敷の庭。バーベキュー用にと網やら何やら一通りは揃っている。
普段だったら素直に楽しそうだって興奮していたかもしれない。だけど、そう、だけど!!
「……? 先輩???」
真っ白なワンピースだった。
飾り気のない、ゆえに素材の良さをこれでもかと強調するようなものをラビィちゃんが着ているのよ。
こんなの反則だってっ。ああもうドキドキする! 本当顔が良い女はずるい!!
「もしかしてワタシの格好変っすか? 水着シリーズは不評だったからシンプルな服装を選んだつもりなんすけど……」
「似合っているわよばーか!!」
「似合って、あれでも今馬鹿って、あれえっす!?」
「本当反則っ。どこまでも美少女なんだから!! こらっ、近づかないで!!」
「なんなんすか!? 褒められているんすよねその割にはすっげえ拒否られているんすけど!?」
千景やミィナで慣れていると思っていた。
普段からもうこれ以上なんてあり得ないと断言できるくらいには完璧な二人のそばにいたんだから、そんじょそこらの女を前にしたって平然と振る舞える自信があった。
だってのに、この様よ。
場違いだと、食い合わせが悪いんだと、そんな風に言い訳して誤魔化さないとやっていけないくらいにはもうとびっきりなのよ。
「肉っ、バーベキューよねっ。早くやろうほら準備準備っ」
「せんぱーいこっち見てっすよお!!」
「やめて本当無理だから近づかないで!!」
「なんなんすかメッチャ傷つくっすよお!!」
ああもう。
これだから顔が良い女は。
ーーー☆ーーー
じゅーじゅーお肉が鉄板の上で焼けていた。素直に美味しそうだって思えるんだけど、生憎とそんな場合ではなかった。
「せんぱーい、お肉焼けたっすよ」
「……、そう」
「切り分けるっすけど、どれくらいの大きさがいいっすか? なんならパーッと丸齧りってのもありっすけど!」
「……、そうだね」
目がっ、合わせられない!!
くそう、場違いだと、食い合わせが悪いのだと、そうやって意識を逸らしていたからなんとか平然ぶっていたのに、もお!!
まさかここまでとは。っていうか、これって実は普段だって色々と逸らしていたから何とかなってた感じ? 主に千景がラビィちゃんと険悪だったから!
ああ、本当、こんなの何の誤魔化しもなく対峙していいものじゃないって。本当顔が良いなこんにゃろーっ!!
「先輩っ!!」
「むっ!?」
ぎゅむっ、と頬を両手で挟むようにして、無理矢理ラビィちゃんのほうへと顔を向けさせられる。
青みがかった白髪に赤い瞳の美少女が目の前にいた。シンプルで真っ白なワンピース姿のラビィちゃんはぷくうと頬を膨らませて、
「今日は二人っきりで遊ぶんすよ? それなのに目すら合わせてくれないってのはあんまりっす!! ワタシ、何かしたっすか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……その、あのね」
じぃーっと問い詰めるように見据えるラビィちゃんからやはり目を逸らしたまま、これ絶対顔赤くなっているとわかるくらいには火照る中、私はボソボソとこう答えたのよ。
「普通に似合いすぎて真っ直ぐに見れませんでした、はい」
「そ、それは……そうっ、すか」
う、うおおっ。
なんかすっごく恥ずかしいっ。千景やミィナのように普通に可愛い親友を褒めるのには抵抗ないのにっ。
っていうかさっきだって千景とミィナに並んでの同率一位だなんだって言ったはずなのに!! いや、そうよ、あれも『誤魔化して』いたから、意識しないよう思考を迂回させていたから、かも?
ラビィちゃん本人を直視してはなかったからこそできたことだとすれば──
「先輩、実はワタシのことかなり好きっすよね?」
「そ、そりゃあ……友達、だからね」
「ふっふふっす。そういうことにしておくっす」
それより早くお肉食べるっすよ焼きたてが一番美味しいんすから!! とやけに嬉しそうに続けるラビィちゃん。
大きなブロック肉をトングで掴もうと私から離れていったラビィちゃんに、だからこそ私は覗き見るように視線を送っていた。
二人きり。
千景とラビィちゃんが険悪だから何とかしないと、ってことで『誤魔化す』ことはできない。
でも、だけど、私は……。
「先輩っ。はいあーんっす!」
「あーん!? いやいや、いいって自分で食べられるからっ」
「はいはいそーゆーのいいから早く早くっすう!!」
「まっ、ちょっ、ううっ! わかったわよっ。……あ、あーん」
「はぁんっ! 無防備にお口をあける先輩最高っす可愛いっすう!!」
「恥ずかしいからそういうこと言うのやめてよ!!」
ーーー☆ーーー
「ミィナ、琴音ちゃんとは連絡つきましたか?」
『ううん。……ことね、どこにいったんだろう……』
東雲千景は電話先のミィナからの答えに眉間に皺を刻んでいた。
あの安藤琴音が千景やミィナに連絡の一つも入れずにどこかに行くとは考えられない。『何か』が起きたのは確実である。
「とりあえずお父様に頼んで『東雲グループ』を動かし、琴音ちゃんを探します。ミィナも何かわかったら連絡をください」
『……そんな「大事」……に、なっちゃう?』
「何事もなければそれでいいんです。ですが、あの寂しがり屋な琴音ちゃんが何の話もなくいなくなるわけがありません。『何か』に巻き込まれた……例えばラビィ=クリスタルリリィが動いたのかもしれません」
取り越し苦労ならそれでいい。
東雲千景が一人で暴走しているだけの話なら、後で巻き込んだ人々に頭を下げれば良い。
だが、胸騒ぎが止まないのだ。
東雲千景は間に合わなかったのではないかと。
『でも、ことねって……そんなに寂しがり屋かな?』
どこか不安を誤魔化すような言葉だった。
わかっていて、千景も乗ることにする。今の千景にはそれくらいしかできないから。
「そうですね。ミィナも知っているでしょうが、琴音ちゃんのご両親は忙しいということで家に帰ることは滅多にありません。その影響でしょうか。幼少の頃はたまに寂しいからとわたくしの家に泊まりにきたものです」
その時の弱々しい姿は──そう、涙を目に溜めながらも言葉として弱音を吐くことなく我慢しようとして、それでも千景の服の端を掴んで俯き、無言で懇願していた千景の脳裏に今も残っている。お金で雇われたお手伝いさんもいるだろうが、それだって時間内だけのこと。あくまで仕事として家に滞在しているだけで、仕事時間が終わればいなくなるのは当然。
時間外の琴音は一軒家に一人残されていた。それが、幼い琴音に影響を与えたのは言うまでもないだろう。
「わたくしの手をとって外に連れ出してくれたのも、普段の明るい態度も、一人になりたくないことの表れなのかもしれません」
『だったら……もしも、今もそんな不要な不安を抱いているとしたら……ことねは一人じゃないって、一人になるわけないって、教えてあげればいい……。わたしたちは、ずっと一緒なんだから』
「ええ、もちろんです」
だからこそ、東雲千景とミィナ=シルバーバーストは動く。今までも、これからも、途切れることなく三人一緒に過ごすことができるように。




