第二十三話 宿泊拠点に移動しよう
「ハッ!? 添い寝を堪能している場合じゃなかったっす!!」
「わっ。びっくりした。どうしたの、ラビィちゃん?」
一時間くらい浜辺のベットに寝転がって他愛もない話をしていたんだけど、急にラビィちゃんが跳ね起きてこんなことを言い出したのよ。
「せっかくの二連休にして二人っきりなんだから、とことん先輩を誘惑しないともったいないっす!!」
「誘惑って、まさか季節外れのビキニもその一つだったり?」
「もちろんっす! って、ああっ。全部暴露しちゃったっすう!!」
誘導、ねえ。
いやまあ顔がいいラビィちゃんが魅惑のビキニ姿っていうんだから目が離せないけど、これは同じ女として羨ましいってヤツ……のはず。
「バレては仕方ないっす」
「ラビィちゃんが勝手に自爆しただけじゃあ?」
「シャラップっす!! とにかく、先輩っ」
ずいっと鼻と鼻が触れ合うほどに距離を詰めて、青みがかった白髪に赤い瞳の美少女はこう宣言したのよ。
「この二連休で絶対に先輩をワタシの虜にするから、覚悟することっすよっ!!」
ラビィちゃんは多分気付いていない。
こうやって顔を近づけられただけで私の胸の鼓動が激しくなっていることに。
ーーー☆ーーー
「うへえ。随分と歩くねラビィちゃん」
浜辺でゴロゴロしているだけで休みを潰すわけにはいかないと、私たちは浜辺から無人島に広がる森に足を踏み入れていた。
視界の確保が難しいくらいには木々が生い茂る中をパジャマで歩くってのは意外と大変だった。せめてもとビーチサンダルが用意されていたから良かったけど、裸足で歩けってなってたら文句の一つや二つは出ていたと思う。
まあ、真っ白なビキニオンリーのラビィちゃんよりはマシだろうけど。
「痛っ痛い枝が突き刺さって痛いっす!!」
「なんで森の中を歩くってわかっててビキニなんて格好選んだのよ」
「先輩を誘惑するためっすよっ。海といえば水着、水着といえば肌色の主張が激しいビキニを選ぶのは当然っすから……いったいっすう!!」
「ああもう、ほら、これ着て」
私はパジャマの上着を脱いで、枝に突かれまくっているラビィちゃんの肩にかける。ちょっと肌寒いけど、まあこの先に二連休を過ごせるくらいの施設はあるはずだし、そこで着替えを手に入れるまでの辛抱と思えば我慢できる。
「いやっ、でもっ、先輩悪いっすっ」
「後輩が困っているのを黙って見ているほど私はダメな先輩じゃないわよ」
「そう、っすか……。これ、先輩の……ふっふふっす」
やっぱり痛かったんじゃん。
パジャマの端を掴んで嬉しそうに笑っているくらいなんだし。
「まったく、せっかくの綺麗な肌が傷つくのは見てられないからこれ以上変なことはしないようにね」
「綺麗……っすか?」
「そりゃあラビィちゃんには校内どころか校外にまでファンクラブができているほどなんだから──」
「他の誰かの評価なんてどうでもいいっすっ。先輩は、本当にワタシのこと綺麗と思っているっすか?」
「もちろん。ラビィちゃんは私が知っている中で同率一位なくらいには綺麗な女の子よ」
「そうっすかっ! ……ん? 同率一位???」
「千景やミィナと並ぶ美少女がこの世界にいるなんて想像もしてなかったわよねえ」
感嘆と呟いた瞬間だった。
げしっとお尻を蹴られたのよ。
「痛っ。ちょっ、ラビィちゃん!?」
「先輩ってデリカシーないっすよねっ」
「え、……あっ、ごめん」
「別にいいっすっ。先輩が東雲千景さんやミィナさんにぞっこんなのはわかっていたことっすから! でも、それはあくまで友情っ。同率一位だろうとも、愛する人という別枠に入り込むための二連休っすっ。そうっす、この二連休で一気に抜きん出てやればいいんすよっ!! というわけで覚悟しておくことっすね!! 乙女心をいたずらに刺激したらどうなるか思い知らせてやるっす!!」
どうしてなんだろう。
どうしてラビィちゃんは両親にすら愛されていない私なんかに恋をしているんだろう。
一目惚れ。一時の気の迷いならそろそろ幻滅してもいい頃なのに。
「ラビィちゃんって変わっているよねえ」
「いきなりなんっすか!?」
甘えちゃっているなぁ。
しかも、この関係を心地よく感じているってのがもう救いようがない。
本当、なんで、私なんだか。
ーーー☆ーーー
「じゃじゃーんっす! これが隠れ屋を改造……ごほんごほんっ。別荘っす!! 先輩気に入ってくれたっすか!?」
森を抜けた先でラビィちゃんが自慢げに両手を広げて示してくれたのは家っていうよりお屋敷っていうべき建物だった。
木造で三階建ての、とにかくデカい建物。
あれよあれ、殺人事件が起きそうな豪邸ってヤツ! ……無人島ってロケーションに引っ張られているなぁ。
「すっごい……。実はラビィちゃんってお金持ちだったりするのかな?」
「ワタシ『は』単なる子供っすよ。ほんのちょっとお願いを聞いてくれる関係の人間が多いだけっす。この別荘もそういう人からの借り物っすしね」
「そっかぁー。でも、本当にこんな凄いところ泊まっちゃっていいの? 後で多額の料金請求されたりしない!?」
「大丈夫っすよ。そもそも初めから使うかどうかもわからないけどとりあえず確保していたものの一つっすから。使ってやったほうがありがたいって感じっす。それより早く中に入るっすよっ。誘惑タイムはこれからっす!!」
「なんでもいいけど、とりあえず場所に合わせた格好してね?」
真っ白なビキニを纏ったラビィちゃんは確かに魅力的だけど、枝やら何やらで突っつかれていた姿からは痛々しさしか感じなかったしね。
って言ったのに!!
「何にも変わってない!!」
「何言ってるっすか。変わってるっすよ。何せスクール水着っすから!!先輩、悩殺されましたっす?」
別荘の中は広々としていて、何やらふわっふわなソファーや映画やテレビでしか見ないような暖炉やダイヤモンドのように輝くテーブル(……流石に本物のダイヤモンドじゃないよね?)などなど、私の語彙じゃ表現できないくらいとにかく金持ちの家って感じだった。
そこにスク水のラビィちゃん。
単体だけで見れば、まあ背徳的な魅力がないとは言わない。ぶっちゃけ目が離せないしね。
だけど、その、場所がとにかく悪いっ。
豪勢な別荘にスク水美少女は食い合わせが悪すぎるよう!!
「水着シリーズはもういいから、普通の格好してよ」
「なんすか、先輩ワタシのこと綺麗って言ってくれたっすのに!! あの言葉は嘘だったんすか!?」
「嘘じゃないわよ」
「だったら綺麗なワタシが水着に着替えたら悩殺されるはずっすっ。なのにどうして呆れ気味っすか!?」
「時と場所が合ってないからよっ。まったく、普通にしているだけでラビィちゃんはとびっきりの美少女なのに、ヘンテコなことしているから台無しなのがどうしてわからないんだか」
「……普通でも、とびっきりの美少女っすか?」
「そうよ」
同率一位って言ったじゃない、という言葉は呑み込んだ。流石に私だって学習するわよ。
「だから、ね? 早く着替えてきてよ」
「しっかたないっすねっ。そこまで言うなら着替えてあげるっすっ!!」
爛々と、鼻歌混じりに一階の(暖炉やらダイヤモンドのようなテーブルがある)リビングから二階の衣装部屋へとスキップで向かうラビィちゃん。
なんだかどっと疲れた……。
「なんだかなあ」
本音を言えば、悪い気はしない。
喜んですらいる。
でも、その理由は?
あんまり深くまで覗いてしまうと、自分の醜さがあらわになりそうで怖い。
あーあ。
こんなにも弱くめんどくさい女のどこに恋する要素があるんだか。




