第二十二話 青空の下でおはよう
目が覚めると、青空の下だった。
つーか浜辺だった。
「にゃ、ん……」
ざざーん、ざっざあーん、と波の音が聞こえる。何せ浜辺だもんね。
ん? 浜辺……???
あれ、私、いつも通りパジャマに着替えてから、確か、自分の部屋のベッドで掛け布団にくるまって眠りについたはずなのに──
「にゃんっ、にゃにゃっ、にゃんで私こんなところにいるのお!?」
「それはもちろんワタシと遊ぶためっすね!」
声がした。
浜辺でベッドに横になっているというアンバランスな私に声をかけてきたのは青みがかった白髪に赤い瞳の美少女、すなわちラビィちゃんだった。
ミィナの誕生日パーティーから一週間、もう十一月に突入しているというのに真っ白なビキニ姿のラビィちゃんはびしっと私に指を突きつけて、
「今度、都合がいい時にワタシと二人っきりで遊ぶことっす、と言ったのは覚えているっすか? 昨日、ちゃんと用事はないって確認したから文句は言わせないっすよ!!」
確かに寝る前辺りにラビィちゃんから電話があって、明日からの二連休は暇かどうか聞かれたから特に用事はないって答えたけど、流石に寝ている間に浜辺まで運ばれることになるとは想像つかないよね普通!
色々聞きたいことはあったけど、とりあえず一つだけ。
「ねえラビィちゃん。寒くない?」
「実はめちゃんこ寒いっすっ!」
朝の、それも十一月の寒空の下、ビキニオンリーってのは無茶しすぎだってラビィちゃん。
ああもう自分の身体抱きしめてガクガク震えちゃっているし。
見かねた私はくるまっていた掛け布団をめくって、
「入る?」
「……ッッッ!?」
ザザザァッ!! とラビィちゃんがそれはもうものすごい勢いで後ろに飛び退いていた。
私としては寒そうにしているラビィちゃんを温められるのがこれくらいしかないから勧めただけだったんだけど、ちょっと馴れ馴れしすぎたかな?
「そっそれでは、その、お邪魔するっす」
おずおずと。
ラビィちゃんにしては珍しくゆっくりとベッドの中に入ってきた。
千景やミィナとはよく一緒に寝ているから(直近では誕生日パーティーの後のお泊まりで)、女友達相手なら別に普通だと思っていたんだけど……よくよく考えると私とラビィちゃんの『好き』は違ったんだった。
悪いこと、というよりも、無神経なことしちゃったかも。
「せっせせっせんぱっ先輩が近いこんな息がかかる距離であったかいのは先輩の体温であっためられているからっすよね半端ないっす!」
「その、私出ようか?」
「その必要はないっす! その、ええと、外は寒いっすからそうっす先輩に寒い思いはさせられないっすからはい!!」
ぎゅっと懇願するようにパジャマの端を掴むラビィちゃん。どうして『好き』ってヤツは無駄に種類があるのかな。全部一緒だったら簡単なのに。
でも、なんか、近い。
一緒にベッドに横になっているんだから当然なんだけど、改めて見ると本当顔が良いのよねえ。
なんだって私なんかに恋をしたんだか。
「ポカポカ……ひゃふうっす」
「ねえラビィちゃん」
「ひゃっひゃいっす!?」
「そういえばここってどこなのかな?」
私の問いかけにラビィちゃんは切り替えるように咳払いを一つ挟んで、こう答えた。
「無人島っすよっ。心配しなくてもある程度の設備は整っているっすから、この二連休は二人っきりで遊び放題っすよ!!」
そっかぁー。
正直、言いたいことがないわけでもなかったけど、
「その、強引ですみませんっす。……怒って、いるっすか?」
上目遣いで、不安そうにそう問いかけるラビィちゃん。ああもう顔がいい女はここまであざといのもよく似合うんだからずるいよね!!
でも、うん。私はミィナの誕生日プレゼントを選んだ後、ラビィちゃんのあの言葉にこう答えたのよ。
『今度、都合がいい時にワタシと二人っきりで遊ぶことっす!! その日だけは東雲千景さんもミィナさんも、その他なんだってそっちのけでワタシだけを見てくれれば、許してあげないこともないっす!!』というお願いに、『そんなことなら、全然いいよ』って。
だから、まあ、仕方ないか。
「別に怒ってはないわよ。でも、次からはこんな無理矢理じゃなくて、事前にどこに行くかくらい話すこと。わかった?」
「はいっす!! ……でも、『次』もいいんすか?」
「何言ってるのよ。友達なんだから『次』だってあるに決まっているじゃない」
それはラビィちゃんが真に望む答えではなかったかもしれない。だけど、恋というものがよくわからない私にはそんな風にしか言いようがなかった。
でも、私、間違ってしまったのかもしれない。
嬉しそうに、それでいてどこか泣き出しそうな表情を浮かべて、ラビィちゃんはこう答えたんだから。
「それもそうっすね」
ーーー☆ーーー
『安藤琴音、十六歳。生まれてから一人暮らしができる生活力が身につくまでヘルパーにより育てられ、「あの」安藤夫妻との繋がりは薄い。表面上こそ明るく振る舞うが、幼少時より金で雇われただけの人間に事務的に育てられた反動か潜在的に孤独を恐れ、人との繋がりに飢えている』
「おい……」
『「東雲グループ」の社長の娘や元と冠をつけているとはいえ未だ衰え知らずの二人と共に住んでいるブラックボックスの娘と親しくしているのも含めて、周囲は特別なれど、当人自体は単なる学生と言えるわね』
「おいクイーンッ!! テメェいきなり何をほざいてやがる!?」
ギシリッ、とスマホを握り潰さん限りのゴロツキの咆哮に、しかし電話先のクイーンは気にした様子もなくこう告げた。
『「セントラル」の相談役である貴方がご執心の女よ。気になって調べるくらい普通でしょう?』
はじまりはいつだったか。
あくまで学生であり『セントラル』内で役職を持っているわけではないゴロツキは、しかし能力ある者はどんな人物であれ受け入れるクイーンによって相談役という立ち位置を得た。
彼はその能力でもって『セントラル』を底上げし、今日の『セントラル』が文句なしの世界最高峰と呼ばれるまでの地位を確立したのだ。
そんな彼が名目的には『セントラル』に属していないとはいえ、相談役としての立ち位置でもって『セントラル』の力を公的にも私的にも振るえるのはそう不思議ではない。
ゆえにいつぞやの『東雲グループ』の社長の娘と『草薙』の御曹司の婚約騒動において彼は公的にも私的にも理由を並べて『セントラル』を動かしていた。
ゆえに今回もまた公的な理由を織り交ぜて、本音では私的な理由でもって『セントラル』を動かそうとクイーンに連絡を取ったのだが……、
「俺は消えた『白き花の代弁者』ラビィ=クリスタルリリィを探せっつってんだよ! わざわざ陥落済みのこの国にやってきたあの女が動き出したんだっ。後手に回る前に行動するのは当然のことだろうが!!」
『本音は一緒に消えた安藤琴音の安否が知りたいだけのくせに』
「……、それがどうした」
わざわざ煙に巻く必要はない。
いかに私的な理由が本音であっても、公的な理由でもって動くほうが得策であると思わせることができればいいのだから。
「俺の本音はどうであれ、あの『白き花の代弁者』を自由にさせておくのは危険だ! 奴の動き次第では雑貨からインフラ、果ては兵器といった『生活』を牛耳ることで発展してきた『セントラル』だって無関係とはいかねえ!! カミサマの言葉なんて戯言でいつ組織が切り崩されるかわかんねえんだぞ!!」
『ええ、ええ、その通り』
その反応はゴロツキの思惑通りのはずだった。
だというのに、なぜか、嫌な予感が止まらなかった。
『だから今は「白き花の代弁者」の好きにさせている。それだけのことよ』
そうして通話は切れた。
無知なるままでは交渉の座につくことすらできなかった。
「クソッタレ!!」
何かが起きている。
だが、今のゴロツキではそもそも相手にすらされないという。
相談役である彼の力を借りる必要がなくなった、つまり『白き花の代弁者』という脅威への対応策が定まったということ……なのだろう。
問題は、その対応策とやらをクイーンが話す気がないということなのだが。
「情報源が『セントラル』だけだと思ったかクイーン。こちとら『セントラル』に頼らない自前の『力』だって揃えてんだよっ。まずは現状を調べる。その内容によってはテメェの鼻ァツラだろうがへし折ってやるからな!!」




