第二話 手を繋ごう
「ええと」
休みの日。
それはもう絶好のデート日和の青空の下、私は咄嗟に言葉が出なかった。
状況を整理しよう。
千景がミィナをデートに誘った、という形に整えた上での三人での外出。
私たちは最近できた遊園地に来ていた。デートの定番といえばやっぱり遊園地だからってのもあるけど、映画とかショッピングとかじゃモロにいつもの遊びと変わらないからね。多少お金かけても『いつもの空気』を壊さないと。
で、遊園地に来る前に私は千景とミィナに前もって言っておいたのよ。『遊園地についたら、人が多くて迷子になりそうとか適当に理由つけて手を繋ぐこと』ってね。
せっかく『いつもの空気』を壊すんだもの。いつもはできないことをやらないとね。
この件に関しては念入りに言い含めていた。できなかったらもう恋愛相談乗らないからと念押ししまくっていたのよ。
千景とミィナ、せめてどちらかが踏み込めば、それで『いつもの空気』はぶっ壊れる。手を繋ぐというアクションで互いを意識しまくれば、そのうち私のことなんて忘れてイチャイチャするに決まっている。
遊園地という環境に蔓延る熱量、そして手を繋ぐというアクション。その合わせ技で急接近待ったなし!! ……という作戦だったんだけど、さ。
「なんで千景もミィナも私の手を握っているのよお!?」
こいつら、挟めやがった。
いや、一応頑張ってはいたっぽいのよ。顔を真っ赤にして、何度も深呼吸を繰り返して、あとちょっとって感じだから一歩後ろにひいて見守っていたのよ。
そこで、親子連れが横切っちゃったのよねえ。母親と父親に挟まれて、おてて繋いでいる女の子の姿を見てからは早かった。
右手を精錬された着物姿の千景が、左手をゴスロリチックなミィナが握ってきたのよ。
「ほら、人が多いじゃないですかっ。迷子になったら大変ですし、手を繋いでおきましょうよ、ね、ねっ!?」
「……手、繋ぐ……」
「はぁ。こいつらは、本当」
色々言いたいことはあったけど、ここで拘泥していても色々言い訳並べそうよねえ。
まあ、いい。
まだデートは始まったばかりだもの。親友二人が急接近するチャンスはいくらでもある!!
「仕方ないわね。それじゃあ、このままデートを始めますか」
「でっででっ……!?」
「……照れる……」
ーーー☆ーーー
最近できたこの遊園地は主人公になろう、というのがキャッチコピーだったりする。
映画やアニメなどが『元ネタ』のアトラクションを集めたテーマパークってのはいくつかあるものだけど、ここも『元ネタ』ありきの遊園地だ。
ただし、ウェブ小説、それも転生や転移ものなどを『元ネタ』として使っている。まあこれも最近のブームに乗っかった形なんだろうけど……デートコースとしてはちょっとアレだったかも?
いやまあそこまで遠くなくて、『いつもの空気』を壊せそうなのがここくらいしか思い浮かばなかったから仕方ないんだけど、さ。
「琴音ちゃんっ。あっちには異世界でトラックを乗り回してドラゴンや魔王に立ち向かうアトラクションがあるんですってっ」
「それってまさかトラックで轢いたほうじゃなくてトラックそのものが異世界転移しちゃっている感じ?」
「ええ。ついでにいえば、この作品におけるトラックはどんな強敵も轢いてしまえば他の世界に追放できる上に絶対防御や瞬間移動や音速超過や指定座標爆撃や因果律操作などができるんですよね。ですから、敵側は無敵すぎるトラックではなく燃料の調達や整備の道具などを重点的に狙ってくるようになるとか」
「トラックってなんだっけ???」
「……こっち、悪役令嬢だって……」
「なになに。『乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったあなた。いじめをでっち上げて悪役令嬢に婚約破棄を突きつけてくる王子を倒してハッピーエンドを掴み取ろう!!』。……なんで王子に第二形態とか第三形態とか、最終邪神モードとかあるわけ?」
「王子、だから……それくらい、当然」
「いや、でもこれ乙女ゲームの悪役令嬢に転生したって設定よね? 最終邪神モードとか常備している王子が攻略対象の乙女ゲームって無茶ありすぎじゃない? 悪役はどっちだって話よ」
というか、私を間に挟んでいるからか、千景もミィナも私にばっかり話しかけてくるんだけどっ。いくら緊張しているからって私を緩衝剤にしても何も進展しないってのにい!!
まったく、何のためのデートだと思っているのよっ。
「琴音ちゃんっ。どちらから行きますか?」
「……ことねの、好きなほうでいい……」
ま、まあ、せっかくの遊園地だものね。
最初は純粋に楽しんで、徐々に千景とミィナが二人きりでイチャイチャできるように誘導していくのもアリかもね。というか、ここまで付き合わされたんだから私にだって遊園地を楽しむ権利はあるはず!!
……なーんて流されたのが駄目だったのかも。朝から来たってのに、もう夕陽がギラッギラに輝いているんだもの。
「楽しかったですねっ」
「うん……。楽しかった」
いやまあ楽しかったわよ? 人目も気にせず大声で騒いじゃっていたし、聖剣や魔剣、マントに鎧がセットになった『キミも主人公になろうAセット』を買いそうになったくらいだもん。
しっかし、あれだね。ストレスなく無双するアトラクションが集められているからか、頭の中を空っぽにして楽しめたのかも。音速を越えたトラックとか最終邪神モードの王子とか字面だけだとあんまりだけど、『体験』してみると興奮しちゃうものだし。
お陰で普通に遊んだだけになったけど!
楽しかった、それはもう一生の思い出間違いなしなんだけど、これだと『いつもの空気』まんまじゃない!!
「あっ、観覧車ですってっ。最後にどうですか?」
「うん……。わたしは、いいよ……」
「へえ。これは転生も転移も無双もチートも内政も追放も悪役令嬢も関係ないんだ。てっきり転生した観覧車が無双でもするんだと思ってたんだけど」
まあこういう普通のヤツも混ぜておくことでお口直し的な効果でも狙っているのかもしれないわね。……ん? んんん!?
「琴音ちゃん、どうかしましたか?」
「ニヤニヤと……悪い顔してる」
「いや、いやいやっ。なんでもないよっ。観覧車ね、いいじゃん行こうよ早く行こう!!」
「わっ。急に引っ張らないでくださいよっ」
「嫌な予感、する……」
このまま三人で遊んで楽しかったね、だと何にもならない。そんな有様じゃあ次の一年もずるずると進展なく過ぎちゃった☆ なんてことになりかねない。
こうなったら強引にでも進めるしかない。
というわけで、
列に並んで数十分後、スタッフの方による『次の「お二人」、どうぞ』という言葉に私は有無を言わさず繋いだ手を思い切り振って、千景とミィナを前に押しやった。
「きゃっ。琴音ちゃん!?」
「……っ」
ひらひらと。
前に押しやった時の勢いで離れた両手を振って、私は言う。
「あーあ、二人だって。それじゃあ千景にミィナ、お先にどうぞー」
何か言いたげな千景とミィナがスタッフに促されて観覧車に乗り込んだのを確認した私はそのまま列を離れた。一人で観覧車乗るってのも味気ないし、それにこうして列を離れて見上げればしばらくは千景とミィナがどうしているか外から見ることもできる。
私と手を繋いでいた時は純粋に楽しそうな顔をしていた。だけど、今は違う。緊張に震えていながら、その顔には私には見せない色が乗っていた。
「…………、」
二人とも親友だからこそ、わかる。
わかってしまう。
「さっさとくっつけばいいのに」
ああ、今日は一日中遊んだから、疲れているのね。
だから、こんなにも胸が痛いんだ。