第十九話 親友だからこそ
東雲千景は『古き良き』日本家屋、その縁側に腰掛け、繊細に整えられた庭を眺めていた。
職人の手で美しく整えられた庭を眺めていても心が安らぐことはない。後悔と自己嫌悪でぐちゃぐちゃだった。
我儘なのは、理解している。
自分がどれだけ幼稚なのかも、自覚はある。
それでも感情を抑えられなかった。
ミィナに対する好きとは違っていても、それでも一番だと思える相手が取られてしまうのではないかと怖かった。
幼少の頃、家族以外からは『東雲グループ』のご令嬢としか見られていなかった千景を半ば強引に外に連れ出し、一緒に遊んでくれて、友達になろうと言ってくれた琴音は彼女にとって何者にも変えられない存在だから。
その嫉妬心が、卑しい独占欲が、琴音を傷つけるだけだと、わかっているのに。
「なにを、やっているんですか、わたくしは」
まるで琴音のためだと言い訳をして、己の醜さを覆い隠して、大切な親友を傷つけるような人間がそばにいる資格は──
「千景えーっ!! って、うわあ!?」
ドッスン!! と。
古き良き日本家屋の塀を乗り越えたところで足を引っ掛け、宙で回転し、お尻から庭に落ちる影が一つ。
すなわち、安藤琴音であった。
「琴音ちゃん!?」
「いてて。お尻おもいっきり打ったよう」
「だっ大丈夫ですか!?」
「あ、千景。大丈夫大丈夫。お尻が真っ二つに割れただけだよっ!!」
「…………、」
「あ、あれ? そこはお尻は最初っから真っ二つだろーっとか突っ込むところで、あの、その、無言はやめてほしいなぁ!!」
滑ったぁ。かんっぜんに滑ったよう、とぼやきながら、立ち上がり、ポンポンとお尻をはたく琴音。
そのまま駆け寄ってきた千景にニコッと笑いかけて、
「それより、千景っ。随分とシケた顔してるね。もしかして私がラビィちゃんに取られるだなんて考えているんじゃない?」
「どうしてそれを……っ!?」
「図星かぁ。そっかぁ。もーう、千景が私から離れるならまだしも、私が千景から離れるなんてあるわけないじゃん」
ぎゅっと。
今にも儚く消えてしまいそうな千景を抱きしめて、琴音はゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「大丈夫。いくらラビィちゃんと仲良くなったとしても、千景から離れることはないよ。ミィナと付き合った千景が私との距離を離すことがなかったように、他の誰かとの関係性が変化したとしても、それで千景との関係が壊れるわけじゃないんだから」
「こ、とね……ちゃん」
「大丈夫、大丈夫だから、ね?」
安藤琴音は気づいている。
東雲千景が琴音に近づくラビィ=クリスタルリリィに対して幼稚で我儘な嫉妬心を抱いていたことを。
気づいて、それでも、軽蔑するのではなく、諭すことを選んだ。
東雲千景と親友であるために。
間違っているなら、正せばいいと。
「いいんですか? わたくし、いつかまた、間違うかもしれませんよ?」
「その時はまたこうやって言い聞かせるよ。三人が二人と一人になるのだと怯えていた私に千景やミィナがそんなことないと言い聞かせてくれたように。だって私たち、親友なんだからさ」
「……ありがとうございます、琴音ちゃん」
ーーー☆ーーー
「あーあ、っす」
安藤琴音がいなくなった駅前のショッピングモール。多くの人が行き合うその場所で、青みがかった白髪に赤い瞳の少女はゆっくりと歩を進めていた。
目的地なんてない。
とにかく動くことで内なる衝動を誤魔化しているだけだ。
「ワタシ、今、どう利用しようかって考えてばかりっす」
薄く、薄く。
決して安藤琴音には見せない笑みを浮かべ、ラビィ=クリスタルリリィは言う。
人混みに紛れ、覆い隠すように。
「本当、嫌な奴っすねえ」
ーーー☆ーーー
世界統一。
もしも遥か過去であれば、軍隊を動かして敵国を攻め滅ぼす手段だって使えたものだろう。
だが、技術の発展と共に地球上の生物を殺し尽くしたってあまりある兵器の量産が抑止力として働いている。
端的に言えば、まともに戦争でもしようものなら敵も味方も一人残らず死に絶えるだけなのだ。
ゆえにこそ、物理的な征服は不可能。
だからこそ、精神的な支配を選んだということだ。
国境を区切ったまま、世界中の人間の心を征服することで意思を統一、もって世界を意のままに支配する方法論。
すなわち、信仰。
『白き花の代弁者』がカミサマの言葉を『代弁』する形で支配は進行している。
単なる学生だろうが政党の頂点だろうが上下の区別なく扱われる『教団』が世界を統べたその時が、カミサマの言葉を『代弁』する『白き花の代弁者』によって世界中の意思は好きに操られることだろう。




