第十八話 幼稚で我儘だとしても
千景が帰った後、私は色々と考えてみたけど、やっぱり理由が見えてこなかった。
少なくとも、
「大丈夫ってのに何のこと、じゃなくて、もちろんですなんて返してきたら、何かあるって言っているようなものだよね。私、何か傷つけるようなこと言っちゃったのかな?」
「先輩が気にするようなことじゃないっすよ。幼稚で我が儘な東雲千景さんが悪いんすから。まったく、あんなのは小学校で卒業するべきものっすよね」
「ラビィちゃん、それってどういうこと?」
私の問いかけに右腕に絡み付いたままだったラビィちゃんは絡めていた腕を離し、くるくると回って私の正面に移動する。
その赤い瞳が、真っ直ぐに私を見据えていた。
「東雲千景さんは嫉妬しているんすよ」
「嫉妬?」
「そうっす。まあさっき語ってたのもまるっきり嘘とまでは言わないっすけど、東雲千景さんがワタシに喧嘩腰だった理由の大半を占めているのは自分の友達が自分以外と仲良くなりそうなのを好ましく思わない幼稚な嫉妬っす。大好きな友達がよく知らない奴に奪われるかも、って感じっすかね」
「いや、でも、千景が?」
にわかには信じられなかった。
友達に自分以外に親しい相手ができることに対してモヤモヤするってのは誰しも一度は経験があると思う。というか千景やミィナはもうとびっきりに目立つから、その分大勢を引き寄せるもので、つまりはその手の嫉妬を私が『する』のはともかく『される』ものではない……はずなんだけどな。
そもそも千景に私が見限られるならまだしも、逆なんて誰が聞いてもあり得ないって答えるだろうから、嫉妬なんてする理由がないと思うんだけど。
「というか、あれだよっ。それならミィナは? 千景とは幼馴染みって呼べるくらいには昔からの付き合いだけど、ミィナとは中学で知り合ったんだよ。千景がそういうのを気にするんなら、ミィナにだって同じような態度をとっていないとおかしいじゃん!」
実際には、千景はミィナに対して冷たくあたったことはない。ゴロツキが悪ノリでミィナを困らせていたところを私と千景で助けたのをきっかけとして仲良くなったんだから。
「おそらくっすけど、ミィナさんとは先輩と東雲千景さん、双方が受け入れる形で仲良くなったんじゃないっすか? それなら共通の友達、というカテゴリゆえに友達を奪われると心配する前に味方認定したから、拒絶反応も起こらなかったと考えられるっす。あくまで心の問題なので、そう理路整然と説明できないのかもしれないっすけどね。だけど、先程の態度を見る限り、少なくともワタシに対して幼稚で我儘な嫉妬をしているのは読み取れたっす」
真実は、千景に聞かないとわからない。
だけど、何か言いかけていた千景にはどこか後ろめたさのようなものを感じた。
それがもしも嫉妬でラビィちゃんを遠ざけようとしていたことに対するものとするなら……うん、千景だったら後ろめたく思うはず。
自分の思い通りにして、と我儘を押し通すには人が良すぎるからね。
「だから先輩があんなの気にする必要ないっす。東雲千景さんってミィナさんと付き合っているんすよね? 自分は望むものをいくらでも手に入れているのに、先輩に近づく有象無象のことごとくを追い払うなんて幼稚で我儘すぎるっす。小学生ならまだしも、高校生にもなってそんな精神性できゃんきゃん吠えられても迷惑っすよ。だから、先輩。邪魔者もいなくなったことだし、早く遊びにいくっすよ!!」
「ごめん、ラビィちゃん」
迷いはなかった。
ラビィちゃんはそう言ってほしくなかったからこそ攻撃的な言葉を並べていたんだとわかっていたけど、それでも。
「でも、私は──」
「なんでっすか?」
その声音はラビィちゃんらしくなかった。固く、冷たく、責めるような、それ。いつだって明るく元気なラビィちゃんらしくないと思えるもので、だけど、これもまたラビィちゃんなのよ。
私が、まだ、こんなラビィちゃんを知らなかったってだけで。
「ああいう幼稚なのは下手な悪党よりも厄介っす! 我儘一つで友人から横の繋がりを奪う、それも悪気なく、単に嫌だからという我儘でっすよ!! もしかしたら、東雲千景さんがいなかったら先輩の『繋がり』はもっとずっと広かったかもしれないんすよ? 無自覚に、それでいて『東雲グループ』という明確な力を秘めての嫉妬一つで、先輩の友達になれたかもしれない人たちは去っていったかもしれないんすよ!! そんなのを、先輩は、まだそばに置いておくつもりっすか?」
ちょっと飛躍しすぎかも、とは思うけど、そういう側面もあるのかもしれない。
そもそも千景は『東雲グループ』という巨大なものを背負っている。本人はもう跡を継ぐ資格もないから関係ないと思っているっぽいけど、そんなの事情を知らない多くの人には見えていない。
ハイスペックで、しかも『東雲グループ』を統べる社長の娘。そんな千景のそばにいる私に不用意に近づいて何かあったら、と臆して離れていった人がいないとは言わない。
嫉妬云々があってもなくても、千景という存在は良くも悪くも大きく、そばにいる私もその影響を受けている。
だからどうした。
どれだけ私に与える影響が大きくても、どれだけ嫉妬心から新参者に厳しくあたってしまうとしても、千景は私の親友だ。ずっと、一生だって、仲良くしたいと思える女の子なのよ。
……ラビィちゃんに対する千景の態度が良いとは思ってない。もしもそれが嫉妬なんてものだとしたら、そこはきちんと言って聞かせて、もうあんなことはする必要ないんだと説得するべきよ。
それが終わったら、もう何の負い目もなく親友に戻れる。後ろめたさなんて、私たちの間でもつ必要はないんだから。
「ラビィちゃん」
ぽんっ、と。
ラビィちゃんの両肩に手を置いて、先程までとは逆に私のほうからラビィちゃんを真っ向から見つめる。
青みがかった白髪に赤い瞳の後輩と、向き合う。
「幼稚で我儘、だっけ? それ、千景じゃなくて私のほうだと思う」
「な、ん……?」
「ラビィちゃんじゃなくて千景を選んだ。多分ラビィちゃんはそんな風に思っているのかもしれないけどさ、私は全然まったくそんなつもりはないんだよ。もしもラビィちゃんと仲良くなった私が千景を蔑ろにすると、奪われちゃうと勘違いしているなら、そんなことはないって教えてあげる。そうすれば千景とは絶対にいつも通りの親友に戻れる」
「だったら、やっぱり──ッ!!」
「それでも、千景が好ましく思わないとしても! 私はラビィちゃんと仲良くなることを諦めるわけじゃない!!」
「っ!?」
「千景ともラビィちゃんとも、今よりももっと仲良くなりたい。それが幼稚な理想論で、私だけが望んでいる我儘だとしても」
しばらく、ラビィちゃんは何も言わなかった。
やがて、どこか呆れたように息を吐いて、こう言ったのよ。
「なんすか、先輩ハーレムでも目指しているんすか?」
「はっハーレム!? 私は単にみんな仲良くなれれば楽しいだろうなってだけで、そもそも千景やミィナやラビィちゃんと違って平凡まっしぐらな私にハーレムなんてつくれるわけないじゃんっ!!」
「はいはいっす。まったく、ワタシは先輩に一目惚れしたんだと散々言っているのに、それでもそんなこと言うっすか。鬼畜にも程があるっす。卑怯っすっ。最低っすう!」
「うっ。そ、それは……ごめんね、ラビィちゃん」
「謝ってそれで終わりっすか? 結局は東雲千景さんを優先するって話っすよね」
「そっ、そんなことはっ!」
「それじゃあ今から何をするつもりっすか? どうせ東雲千景さんを追いかけるつもりっすよね。ワタシと遊ばずに、東雲千景さんを優先してっす」
「それは、その、はい。そのつもりでした」
「へえそおーなんすね。ふうーん」
責めるように、それでいて拗ねるように、ラビィちゃんは私を睨みつけていた。うう、私すっごく身勝手なこと言ってるから非難されるのは当然だよね。
だけど、それでも、
「別にラビィちゃんを蔑ろにするってわけじゃなくて、でも今の状況だと千景と早く話をするべきで、だから!!」
「別にいいっすよ。ただし! 形だけの謝罪じゃなくて、ちゃんと行動で償って欲しいっす」
「つまり?」
私の問いかけにラビィちゃんはびしっ! と指を突きつけて、
「今度、都合がいい時にワタシと二人っきりで遊ぶことっす!! その日だけは東雲千景さんもミィナさんも、その他なんだってそっちのけでワタシだけを見てくれれば、許してあげないこともないっす!!」
「そんなことなら、全然いいよ」
「言ったっすね? やったー先輩とデートっすう!!」
「デートって、あれ? 遊ぶって話だったような!?」
「愛する二人が遊びに出かけるならそれはもうデートっすよっ」
「愛するって、だからそういうのはよくわからないって言ってるのに」
だけど、うん。ラビィちゃんの機嫌がなおったようだし、まあいっか。
……なんだか嵌められたような気がしないでもないけど!
「そうそう、先輩。前から一つ聞きたかったんすけど、先輩は恋愛と友情が『同じ』だとでも勘違いしているっすか? 世の中、そんなに単純じゃないっすよ」
「……、いきなり何よ」
「いいえ別にっす。ただ、ワタシはいつだって愛する先輩の味方っすからね。傷は浅いうちに、早めに現実を見てもらったほうがいいんじゃないかとっす」
「言われるまでもないわよ」
私の返事にラビィちゃんは一つ頷いて、
「なら良かったっす。まあわかっていたってどうにもならないこともあるっすから、泣きたくなったらいつだって胸を貸すっすよ」




