第十七話 誕生日プレゼントを選ぼう
端的に言おう。
空気が重い!!
駅前のショッピングモール。陽気な音楽が流れ、キラッキラな明かりに照らされた場には似つかないドロドロとした空気が、もう、本当、なにこれ!?
「…………、」
「せーんぱいっ。そういえば何か予定とかあったんすか?」
自然に私の右腕に両手を絡めて、こう、ザ・恋人!! って感じにしなだれかかっているラビィちゃんは呑気なものだった。私の左横でメチャクチャ機嫌悪そうな千景は無視なの!?
「え、ええっと、来週ミィナの誕生日だからプレゼントを選ぼうかなーってね」
「そうっすか。だったらお付き合いするっすよっ」
意外だったかも。ラビィちゃんだったらそんなのいいからワタシと遊ぶっす! とか言いそうなものだったけど……これは、ちょっと失礼だったかな。
でも、そうだよね、まだ短い付き合いだもん。私はラビィちゃんについて知らないことはまだまだ多いんだよね。
ちょっとずつ、この後輩のことを知っていけたらいいな、とは思うんだけど、さ。
それは別に今日じゃなくてもいいと思うなぁー! う、うう、私を真ん中にしないでよう。
「別にお付き合いしてもらわなくとも結構なのですが」
「東雲千景さん、何か勘違いしているようっすね。ワタシは、先輩が、誕生日プレゼントを選ぶのにお付き合いするんすよ」
「わーわーもういいから三人で行こう、ね!?」
ちょっと放っておくとすぐ一触即発になる二人に無我夢中で割って入る私。もう、どうしてこんなことになったんだか。仲良くできたほうが絶対良いのに。
ーーー☆ーーー
誕生日プレゼントを選ぶこと自体は険悪な空気になることなく終わることができた。衝突しないよう、どちらも気をつけていたっぽい。……だったら今までもあんな険悪まっしぐらで進めなくとも良かった気がしないでもないんだけどねっ。私の心臓が保たないよう!!
だけど、そう、だけどなのよ。
「せーんぱいっ。無事誕生日プレゼントは選べましたっすねっ」
「うん。相談に乗ってくれてありがとね、ラビィちゃん」
「いえいえっす。思うところはありますっすけど、せっかくの誕生日なんすから出来るだけうまくいってほしいってのは当然のことっすからね。ワタシが相談に乗ることでほんの少しでも役に立てたなら幸いっす」
なんていうか、卑怯だよね。
いつもはこちらの言うことなんてガン無視の暴走機関車だってのに……。
「そ・れ・にいっす。スムーズに誕生日プレゼントも決められたことでまだお昼前っす。ここからワタシと遊ぶ時間は山ほどあるっすからね!!」
「もしかして、それが目的?」
「もちろんじゃないっすか。というわけでひとまずお昼ご飯といくっす! 今日はとことん遊ぶから覚悟するっすよ、先輩っ!!」
ちゃっかりしてるなぁ。
いやまあ私としても相変わらず右腕に絡みついているラビィちゃんと遊ぶこと自体は構わないんだけど、
「え、ええっと、千景はどうする……かな?」
「…………、」
私の左で、こう、重たい空気を出しまくっている千景はしばらく無言でラビィちゃんを見据えていたんだけど、その視線を私に移してからこう言ったのよ。
「琴音ちゃんはラビィ=クリスタルリリィに付き纏われているのは嫌じゃないんですか? そいつ、いきなりキスしてくるような奴ですよ」
「うっ。ま、まあ、確かにキスの件は思うところがないわけじゃないっていうか、これ絶対ラビィちゃんの顔の良さに流されちゃっている自覚はあるっていうか、本当美人は得だよねって感じで、ええっと、つまり、あれだよ」
千景はおそらく心配してくれている。
私が強引に迫るラビィちゃんのことを嫌だと思っていても突き放せないだけなんじゃないかって。
でも、違うんだよ。
本当顔が良い女はズルいって話だけど、それでも、
「ラビィちゃんは悪い子じゃないと思う。だから、うん。心配しなくても私は嫌だって思っているのに我慢したりはしてないよ」
「……、そうですか。では、わたくしの態度は琴音ちゃんを困らせていただけですね。申し訳ありません」
「いやいや、千景が謝ることないってっ。私が嫌がっていても本音を言えずにいるんじゃないかって思って、私の代わりに色々言ってくれていたんだよね? だったらこっちこそごめんだよ。もっと早くに、私がどう思っているのかちゃんと言うべきだったよね」
「ちがっ、わたくしは本当は……っ!!」
何か言いかけていた。
苦しそうに口元を歪めて、最後には何かを呑み込むように首を横に振って、こう続けたのよ。
「琴音ちゃんはラビィ=クリスタルリリィとお遊びになるのですよね? わたくし、お昼から用事があるので先に失礼させていただきます」
「あ、あのっ、千景……大丈夫?」
気の利いたことなんて何も言えず、当たり障りのない探りしか入れられなくて。
案の定、千景は何かを覆い隠すように淡く笑ってこう答えたのよ。
「ええ、もちろんです」
ーーー☆ーーー
・今日のミィナさん、その二
薄い灰色の猫・ミケの餌など、飼うにあたって必要なものを揃えにミィナ=シルバーバーストと真っ赤な女は駅前のショッピングモールに足を運んでいた。
休日ということで人が多く、誰か知っている人間が出歩いていても気付くのは難しかっただろう。
着物っぽいものが人混みの隙間から見えた気がしたが、ミィナが改めてそちらを見ても人の壁が邪魔でそこにいたのが本当に着物を着た人物なのかは分からなかった。
そう。
今時着物を纏う人間は限られていて、その少ない一人は──
「……今のは……」
「ミィナちゃん、どうしたのよ?」
「ううん。……なんでもない」
首を横に振って、真っ赤な女と共にショッピングモールを回るミィナ。お目当てのペットショップを見つけ、必要なものをスマホ片手に調べながらあらかた買い揃えた二人はそのまま真っ赤なオープンカーに乗り込み、帰路につく。
明確に、すれ違ったまま。




