第十五話 ラビィ=クリスタルリリィという後輩
「うーあー」
どうやって家に帰ったのか、全然覚えてなかった。ベッドに横になって、枕に顔を埋めて、しかし思い出されるのはお昼休みのこと。
青みがかった白髪に赤い瞳の転校生が両肩を掴んで、顔を寄せて、唇を重ね合わせて、だから、つまり、あれってきっききっ……ッ!!
「うあっあああっあああああーっ!! 私、後輩の女の子とキスしちゃったよう!!」
初めてが、あんな、年下に強引に奪われる形で、ああもうわけわかんない! なんで私? 『東雲グループ』のご令嬢にしてハイスペックな千景や可愛さに極振りしているミィナならわかるけど、私は平凡な高校生だよ? 一目惚れなんかする要素はどこにもないって!!
う、うう。でも、そっか、キスかぁ。
私、あんなに綺麗で可愛い女の子とキスしたんだよね。
柔らかかったし、なんかバニラのようないい匂いしたし、こう、頭がふわふわしたし、とにかく凄かった、うん。
「それにしても一目惚れねえ。誰かに恋をするってどんな気持ちなのかなあ」
友情としての好きなら、わかる。
だけど、恋愛としての好きってのはよくわからない。
と、その時よ。
無機質な電子音が着信を伝えてきたからスマホを手にとってみると、
『よお琴音』
「なーんだゴロツキかよう。今、アンタに構っている余裕はないんだけどー」
『ラビィ=クリスタルリリィ。あれだ、テメェがキスされた女について話がある』
「ぶぇっはふ!? なっなんっ」
『気をつけろ』
「は、はぁ?」
『あの女は……いや、下手に教えてもテメェには逆効果か。そんなの関係ないって返すのは目に見えている。だから、とにかくあの女には気をつけろ。心を許すな。いいな?』
「よくわからないけど、まあ気をつけるよ。いきなりキスしてくるような女の子だしね!」
それより、と。
私はこう言ったのよ。
「アンタ、誰かに恋するってどんなものかわかる?」
『…………、』
「ん? あれ、ゴロツキさーん???」
『テメェの親友どもに聞いたほうが早いだろ』
「あ、それもそっか」
ブツッ、と通話が切れる。
うーん、なんか最後のほうぶっきらぼうだったけど、どうしたんだろう?
ーーー☆ーーー
ラビィ=クリスタルリリィという転校生はまさしく『ヒロイン』とでも言うべきポテンシャルの持ち主だったのよ。
何せ一週間でファンクラブはできるわ、下駄箱の中はラブレターでいっぱいだわ、ちょっと出歩くだけでキャーキャー言われるわ、とにかくモテモテなんだから。
顔が良いのはもちろんだけど、なんていうか、心を掴むのが上手いのよ。だからこそ、付き合う相手なんて選り取り見取りのはずなんだけど……、
「あ、せーんぱいっ。今お帰りっすよねっ。ワタシも一緒に帰っていいっすか、帰るっすからねっ」
「せめて私の返事くらいは聞こうよ!」
いつもの三人でさあ帰ろうって時に背中におぶさる形で勢いよく飛び込んでくる青みがかった白髪に赤い瞳のラビィちゃん。ここ一週間、こんな感じだった。もうこっちの話なんてろくすっぽ聞きやしないんだよね。
それは、その、キスされちゃった次の日、ラビィちゃんからの告白の返事をした時もそうだった。
『ラビィ=クリスタルリリィさん』
『かたっくるしいっすね、先輩。そこは親愛を込めてハニーでいいっすよ』
『じゃあラビィちゃん』
『ぶーぶー。別にハニーって呼んでくれてもいいじゃないっすかーっ! まあいいっす。照れ屋で頑固な先輩の心をグズグズに溶かす楽しみが増えたとポジティブに考えるっすから』
『話が進まないからもう言っちゃうけど、昨日の告白さ、その、お断りさせてもらってもいいかな?』
『ダメっす』
『だ、駄目!?』
『こちとら初恋なんすよもうゾッコンなんすよこれだけワタシの心を奪っておいて断るなんてあり得ねーっすよというわけでお付き合いする以外の選択肢はノーサンキューっす!!』
『そう言われても、私、誰かに恋をするってのがよくわからないんだよね。だから、今の私が無理矢理ラビィちゃんと付き合ってもいたずらに傷つけちゃうだけだと思う。だから、ね。世界には私なんかよりも素晴らしい人はいっぱいいるし、ラビィちゃんくらい可愛い子だったら選り取り見取りなんだし、大体千景やミィナと違って平凡な私に一目惚れってのが何かの勘違いだろうし、だから──』
『とおーう!!』
『んっんん!?』
『ぷはっ。やっぱり先輩とのキスは最高っすね!』
『きっききっ、またっ、ファーストだけじゃなくてセカンドまで!?』
『先輩、ワタシちょっと怒ってるっす』
『なんで!? ここは無理矢理キスされた私が怒るところじゃない!?』
『内心喜んでやがるくせに何を言ってんすか』
『なっ。よっ、よろっ、喜んでなんか……!!』
『とにかく! 日本人ってのは奥ゆかしいものなのかもしれないっすけど、だからといって過小評価すればいいってものでもないっすっ。というわけで、先輩が自分に自信がもてるよう、そしてワタシという至上にして究極の女の子と付き合える幸運を素直に感受できるよう、しこたま愛でてやるから覚悟するっすよ!!』
本当、話を聞かない子なんだよねえ。
キス云々だってこれが一つ下で同性でしかもメチャクチャ可愛くなかったら受け取り方も違ったはずだしね。くそう、これだから顔が良い女はずるい!!
ま、まあ、そんなわけでここ一週間ラビィちゃんに付き纏われている私なわけだけど、
「ラビィ=クリスタルリリィ」
「なーんすか、東雲千景さぁん?」
「琴音ちゃんが動きにくそうです。そうやって背中に飛び乗って、琴音ちゃんに迷惑をかけるのはやめてください」
「何を言っているっすか。ワタシのような美少女を背負えるだなんて感謝こそされ、迷惑に思うはずがないっすよ」
「…………、」
これだよ、これ。
なぜか千景とラビィちゃんは仲が悪くて、いつも険悪な空気になっちゃうんだよね。ああもうメチャクチャ気まずい!
「ちかげ……そんなに睨んだら、だめ……」
「ですけどっ」
「ちかげ……」
「うっ。わ、わかりました」
ナイスミィナっ。やっぱり恋人は違うわね!
「そうっすよ人を睨むのはダメなんすよー!」
「もうっ。せっかく丸く収まりそうなのに、なんでそうやって煽っちゃうのよラビィちゃん!?」
「それはもちろん先輩との逢瀬を邪魔されたからっすよ!」
「逢瀬なんてしているつもりはないわよ」
「先輩のいけずーっすう!!」
ラビィちゃんは暴走機関車のようにガンガン突っ込んでくる子だったけど、まあ友達としてなら私としては構わないかとは思っていた。
千景と仲が悪いのはなんとかしないとだとは思うし、ゴロツキが気をつけろって言ってたのが引っかかっているけど、だからといって積極的に遠ざけるほどに悪い子でもなさそうだしさ。……キスの件は、まあ、あれからされてないから、うん。
明確に振って、なお、明るく接してくれているラビィちゃんの本音が見えてこないから、もしかしたら私と態度がラビィちゃんを傷つけてしまっているのかもしれないけど、こればっかりは……、
っていうか、それはそれとして!
「わかったから無駄に育ったおっぱいを背中に押し付けてこないで! なにそれ嫌がらせ? 平均的に日本人らしく控えめな私に対する外人特有のナイスバディ使った嫌がらせなの!?」
「誘惑大作戦っすう!!」
「ばっ、やめっ、私の手をラビィちゃんの胸に持っていこうとしな、って、痛っ痛い痛い痛い関節技みたいになってるからあ!!」
「先輩好きっす付き合ってっすう!!」
「このタイミングで告白する普通!? だから私は恋とかわからないからラビィちゃんとは付き合えないって!!」
「ちえっ。頑固っすね。仕方ない、今日は諦めてやるっすか。まあ誘惑大作戦は続行っすけど!!」
「だから痛いんだって誘惑もクソもないのよこんなのただの関節技なんだってまさか告白を受け入れないと痛めつけてやるぞって脅しなのこれえーっ!?」




