第十四話 白き花の代弁者
「クイーン、そりゃあマジか!?」
あの『草薙』の次期社長を敵に回した時も、ホテル『八岐大蛇』に突っ込んでくるような常識知らずの女どもと対峙した時も冷静に対処していたあのゴロツキがスマホ片手に取り乱していた。
電話先の、すなわち『セントラル』の頂点に君臨するクイーンの言葉は以下の通り。
『白き花の代弁者』が日本に上陸した。
「ふざけんなよ。今の今まで海外で活動していたクソ野郎がなんだって日本に出てきやがったってんだ!?」
『目的は不明。だけど、原因の一つになら心当たりがあるわ。どうやら昨日の婚約発表会での騒動、見られていたようなのよ。監視カメラの映像を通してね』
「どう、やって? 『草薙』は掌握していたし、念のため『セントラル』が二重でホテル『八岐大蛇』を制圧していたはずだ! 監視カメラだのなんだの、その手の情報を残すもんは根こそぎ機能不全にしておいたんだっ。海外で活動していた『白き花の代弁者』になんだって監視カメラの映像が届くってんだ!?」
『貴方も知っているでしょう。「白き花の代弁者」は信仰を軸として人を支配している。それこそ所属や国家の垣根を超えて、彼女の「代弁」は人を狂わせる。普段ならどんなにお金を積まれても、脅されたって「セントラル」を裏切ることがない忠臣だろうとも人知が及ばないカミサマの言葉という形に整えられたら反旗を翻ることもあるのよ』
「内宇宙の掌握か。今時信仰の制限なんざしようものなら非難殺到だが、それでも、チッ! これだから自由って免罪符は厄介なんだ」
『百年の布教も千年の積み重ねも必要とせず、ネットを駆使してたった五年で世界の広範囲を覆い尽くした新興宗教。それも古き宗派を駆逐するのではなく、両立できるとすることで古き宗派の熱心な信者さえも取り込んでいる連中よ。「セントラル」だって気づかれない内にどれだけ汚染されていることやら。今からでも対策を考えないとね』
「全くだ。何せ世界中の『生活』に干渉している『セントラル』さえも好きに振り回すような『力』があるってんだ。この調子だと『白き花の代弁者』はカミサマの言葉を代弁する形で政治の頂点さえも惑わし、国家の行く末にさえも干渉できるかもしれねえぞ」
『その「白き花の代弁者」がこのタイミングで動き出した。すでに世界の何割って範囲を支配下に置いている新興宗教の象徴にして頂点がよ。狙いについて予測は?』
「判断材料が少なすぎる。まあ昨日のアレソレに介入していたってんなら、俺が好き勝手やった証拠を材料に何かしらの取引でも狙ってやがるのかもしれねえが、そいつはちっとばっか弱いか。その程度ならわざわざ『白き花の代弁者』本人が動く必要はねえ。いつも通り信者どもを動かすなり、ネットやら電話やらで済む話だ。同じ理由で『東雲グループ』関連も可能性は低いとすれば、強引にでもミィナ=シルバーバーストの背後に蠢くブラックボックスに手を伸ばすつもりか? いや、あんなのに手を出したって何の利益になるってんだ。わかんねえからってわかんねえ所に理由を求めるなんざ思考停止と変わらねえわな」
『何はともあれ、警戒はしておいて。人の心を軸として引っ掻き回すあの女の「攻撃」はシロアリ被害のように蝕まれていると気づいた時には手遅れなんだから』
「わーってるさ」
『ちなみに貴方の高校に転入したって話だから、本当に気をつけてね』
「マジかよクソッタレ!! 面倒な予感がビンビンだぜ!!」
ーーー☆ーーー
いつものように授業を受けての昼休み。三人で屋上に行こうといったところで、少し離れたところからきゃーっという甲高い声が届いた。
廊下、から、かな?
『噂の転校生ちゃんじゃーん! わーん、かーわーいーいー!!』
『二年は東雲千景とミィナ=シルバーバーストの二強だったが、一年は転校生の独走だな、こりゃあ!!』
『ラビィちゃーん!!』
ええと、何事???
「ラビィ。ああ、そういえば一年に凄く可愛い転校生がやってきたのだと噂になっていましたね」
「ちかげのほうが、可愛いもん……」
「みっミィナいきなり何を言っているんですか!?」
「はいはいそうだねー」
「琴音ちゃん、なんですかその生暖かい目は!?」
しっかし、この時期に転校生ねえ。
まあ色々あるんだろうけど、私には関係ないしどうでもいっか。
いやまあ廊下で大勢があんなにも騒ぐほどの可愛い子ってのが気にならないかといえば嘘になるけど、可愛いならミィナでお腹いっぱいだしね!! ちなみに千景は美人枠だからまた別だね!!
と、平凡な私とは比べるまでもない二人の親友を見つめていると、ドバンッ!! と勢い良く教室の扉が開かれたのよ。
そこから、息を呑むような女の子が入ってきた。
キラキラと星空のように輝く青みがかった白髪に太陽のように強烈な赤い瞳。それに、何より、愛されるのが当然といった蠱惑的にして堂々とした表情。
はっきり言って千景やミィナで慣れてなかったら廊下で騒いでいた人たちのように歓声をあげていたかもしれない。
その転校生らしい後輩の女の子はじっと私を見たかと思ったら、軽やかな足取りでこちらに駆け寄ってきた。
いや、用事があるのは私じゃなくて千景かミィナだろうけどね。三人一緒だから私を見たように感じただけで、平凡な私に噂の転校生が用事があるわけないし。
あれだよ、高校でも一位二位を争う二人に『私の方が可愛い』だのなんだの宣戦布告するとか? 流石にそんなベタな展開はないか、うん。
「せんぱーいっ」
だから。
だから。
だから。
飛びつくように私の両肩に手を乗せた転校生はそのまま私の唇と自分のそれを重ね合わせたのよ。
…………。
…………。
…………やわ、らか……って、んん!?
「ぷはっ。先輩っ、一目惚れっす」
唇を離して、両手は肩に乗せたままで、噂の転校生は見惚れるしかない甘美な笑顔でこう言ったのよ。
「だから、ワタシのものになるのを許してあげるっすよ☆」
「な、なな、にゃあ!?」
えっと、ええっと、あの、その、急展開すぎる!!
ーーー☆ーーー
それを、同じクラスのゴロツキは剣呑な目で見据えていた。
「チッ。『白き花の代弁者』め、何が目的なんだか」
その小さな呟きに。
わっ!! と噂の転校生と安藤琴音の熱烈なキスに騒然となるクラスメイトたちに紛れて、ゴロツキ以外の誰にも見られないよう位置やタイミングを狙った上で、青みがかった白髪に赤目の女の子は唇に細く綺麗な人差し指を添える。
僅かに目を細めて、しぃーっ、と。
意思を、示す。
「クソッタレ。世の中の問題の全部が全部、殴り合うだけで済むなら楽なんだがなあ」




