第十三話 恋愛と友情
『続いてのニュースです。「草薙」の次期社長と目されていた人物が内部告発によって──』
翌日。
あの、こう、落ち着いて考えるとお偉方が集まるパーティーに殴り込みってなにそれ私は普通の女子高生でここは日本だよ色々とぶっ飛んでいる!
だからといって、そう、あんなことを一時のテンションでやらかしたって睡魔は平等にやってくるし、起きたら顔を洗ってトースターに食パン突っ込んで、リビングのテレビを垂れ流しにする日課は忘れないものだった。
そこで草薙大蛇が今まで隠蔽していた色々な罪を内部告発されただのなんだので捕まったってニュースが流れてきたんだけど……ええーっと、これ全部ゴロツキの仕業、とか?
「ないない。いくらアイツがぶっ飛んでいるからってそんな……いやまあアイツならそれくらいやりそうって気がしないでもないけど、いやいや流石にファンタジーすぎるよねっ」
トースターから引っこ抜いた食パンを千切っては口に放り込みながら、私はぶんぶんと首を横に振る。うん、あり得ないよね。ないない絶対考えすぎだって。
そんなことよりさっさと着替えて学校に行かないと。何はともあれ草薙大蛇は逮捕されるみたいだし、婚約が破棄された報復に何か仕掛けてくるような蛇足が挟まることもない。せっかくいつもの、『普通』の日常を取り戻したんだから、さ。
ーーー☆ーーー
ゴロツキは安藤琴音の家を眺めていた。
これまで不自然なまでに両親の影が見えなかったその家を。
「チッ。胸糞悪りぃなあ。せめて足を引っ張るんじゃねえぞ、クソッタレ」
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「やはり味噌汁の具には豆腐とワカメですね。しじみや油揚げなども良いですが、やはり基本こそ究極ですもの!」
「焼き鳥……も、合うよ」
「あれ?」
「ミィナ、今なんと? 味噌汁の具の話をしていた気がするのですが、どうしてそこで焼き鳥などという単語が出てくるんですか!?」
「……たまに、お母さんのおつまみの残りを、お母様が突っ込んでいるから。……美味しいよ」
「あれ、あれれ?」
「味噌汁に焼き鳥などと、そのような邪道を、いやしかし昨日だって二択からどちらかを選ぶしかなく、『東雲グループ』を救うことが正しいのだと思い込んでいたからこそわたくしはそれ以上を掴むことはできなかったんです。正しいと、正統だと思い込んでいる真逆にこそ、それ以上のものが眠っている可能性もあるのでは???」
「よく、わかんないけど……あ、そうだっ。だったら、お味噌汁パーティーしようよ。……そこで、食べ比べしてみよう」
千景は味噌汁一つで色々と小難しく考えすぎだし、ミィナの提案した味噌パはタコパと違って絵面が地味すぎない? とも思ったけど、そんなことよりも!!
「ちょっと待ってよ!! なんで私が間に挟まっているのッッッ!?」
そうなのよ。
制服に着替えて、家を出て、いつも通りに千景やミィナと合流して──気がつけば、右手を千景が、左手をミィナが握っていた。
別にこうして手を繋ぐこと自体は『普通』よ。どこぞの遊園地でもそうだったように、並びこそ気分で変わるものだけど、基本的に私たちはこんな感じだし。
だけど、違うじゃんっ。
前までとは関係が違っていて、だからこそこの配置はおかしいじゃん!!
「付き合ったよね? 昨日、ようやあーく二人は付き合うことが決まりましたよねっ、ねえ!?」
「琴音ちゃんっ。そんな大きな声で言わないでくださいっ。は、恥ずかしいじゃないですか」
「うん。……照れる」
「うるさい!!!!」
「こ、琴音ちゃんが荒ぶっています!?」
「迫力、満点……」
「付き合ったなら、付き合ったなりの接し方ってのがあるじゃんっ。二人きりで、仲を深めるべきじゃん!!」
そう、そうなのよ。
もう前までの関係には戻れない。自分の幸せのために二人を傷つけるようなクソッタレな真似はしないと、できないと、そんなのは真なる望みではないと気づけた今だからこそ、私は現実を直視することができているんだから。
寂しくないと言えば、嘘になる。
今だって胸が張り裂けそうで、こうして無理にでもテンションを上げないと涙がこぼれそうで……そう、未だに駄々をこねてしがみつこうとしているのよ。
いくら二人と一人になるのが『正しい』としても、その道が一番納得がいくものだとわかっていたって寂しくないわけがない。
それでも。
背中を押してやらないといけない。
千景とミィナの幸せを後押しできるようでないと、私は二人の親友なのだと胸を張って言えなくなるから。
「二人と一人はきちんと線引きしないといけない。私は二人の邪魔はしないから、私の居場所はもうないんだってわかっているから、だから、ほら、私のことは気にせず、付き合い初めの初々しい感じを二人っきりで楽しんじゃえ!!」
これが、最後。
別に千景やミィナが親友でなくなるわけではなくとも、その距離は前までとは違ったものになるだろう。
だって、互いの一番は最愛なのだから。
だって、友人の延長線上にある親友がやがては家族になるかもしれない恋人に敵うわけがないのだから。
だって、こうして背中を押すことが恋愛相談を受けてきた私にできる最後のことだから。
笑って送り出そう。
もう二度と間違わないように、『正しい』自分であろう。
区切りは、つけたから。
二人が結ばれたのを見たあの時に、きちんとつけておいたから。
だから大丈夫。
私は大丈夫に決まっている。
だから。
だから。
だから。
右手と左手。私と繋がったその手を互いの一番へと繋ぎ直して、二人と一人に明確に分かれ、一人は一歩後ろに下がろうとした、その時。
「「は?」」
ガシィッッッ!!!! と。
千景とミィナ。それぞれの手が私の手を掴み直したのよ。まるで、そう、逃がさないと言いたげに。
「邪魔って、私の居場所はもうないって、ああ、そういうことですか。しかし、わたくしとしたことが草薙大蛇に引っ掻き回されたからといって『あのこと』が頭から抜け落ちていたとはなんたる失態でしょうか」
「わたしも、だから……そう、自分を責めないで、ちかげ」
「あ、あれ? どうかした???」
「「はぁ?」」
「ぴぃっ!? 怖い怖いなんでそんなに怒っているのよ!?」
目が、もう、やばい。
草薙大蛇とやり合った時と同じかそれ以上ってどういうこと!?
「夏休み、琴音ちゃんの様子がおかしいことには気づいていました。その理由にまでは気づけませんでしたが、そのふざけた発言でようやく気づくことができました。わたくしたちが付き合ったら自分の居場所はもうないのだと、そのようなつまらないことを考えていたんですよね?」
「そ、それは、だって! 千景の一番はミィナで、千景の一番はミィナじゃんっ。そこに割って入るなんて万死に値するわよ。二人が大事だからこそ、親友だからこそ、きちんと線引きしようってことの何が悪いのよ!?」
「悪いに、決まっている。……なんで、優劣をつけないと、いけないの?」
「え?」
「恋愛と友情。確かにわたくしがミィナと琴音ちゃんに抱く好きの種類は違います。わたくしが愛するのは生涯ミィナただ一人ですよ。ですけど、だからといって、どうして琴音ちゃんに対する好きを蔑ろにしないといけないんですか!?」
「な、何を? なんで、だってっ」
わからない。
だって恋愛と友情には明確な違いがあるもの。生涯ただ一人を愛することが正しいからこそ、両親は私を捨て置いているんだから。
恋愛と親愛。
種類が違うのならば、そこには明確な壁があって、だからこそ私が蔑ろにされているのも『正しく』、仕方ないことなんだから。
だから。
なのに。
生涯ただ一人の大事にするべき相手と結ばれたはずの二人は、私と繋がったその手を思い切り引き寄せた。そのまま私のことを抱きしめたのよ。
「恋愛と友情……。違いはあっても、それでも、わたしはちかげと同じくことねのことも一番好きだよ……。同列一位、だもん」
「ミィナと結ばれたからといって、琴音ちゃんとの関係は変わりません。わたくしにとって琴音ちゃんは大好きな親友であり、そのことは生涯変わることはないんですから」
そんなわけがない。
三人から二人と一人に変わるのは避けられないはず。
わかっているのに。
恋愛は何物にも敵わない尊いもので、私という子供が邪魔になるくらいには大事なもので、そこに友情が入る余地なんてあるわけないのに。
それでも。
わかっていても。
「いい、の? 私、邪魔じゃない?」
私の問いに、二人の親友はこう即答した。
「当たり前です!!」
「むしろ、ことねがいないと、だめだよ……」
「そっか。はは、はははっ。そっかぁ!」
これは『正しくない』のかもしれない。
いつか、どこかで、麻酔が途切れるように終わってしまうのかもしれない。
その時は潔く受け入れるけど、それでも……この夢のような奇跡が終わらないようにと、そう祈るくらいは許されていいはずよ。




