第十二話 ブラックボックス
全ては予定調和だった。
既存の手駒は今回の件でこちらの恐ろしさを思い知って服従を誓い直しただろうし、新規の手駒を娘を助けたことと経営難からの立て直しに協力するという飴でもって懐柔することができた。
もちろん新規の手駒もこれら全てが予定調和であることは分かっているだろうが、恩義という形に整えられたものを無碍にするような者たちではない。……なまじ、今回の件はあくまで草薙大蛇が主導しており、『セントラル』自体は関わっていなかった──つまりは、助ける理由も特になかったが、それでも手を差し伸べたという形なのも有効に働いていることだろう。
これが、『セントラル』が動いた公的な理由。
だが、今回の件には遊びも多く、誰かの私的な思惑もまた含まれていたがために婚約発表会に至る前に解決できたものを、今日までズルズルと引き伸ばしてきた。
その誰かは安藤琴音の『本音』を引き出すためにいつもとは違う特殊な状況を用意したかったようだが。
そう考えれば、今回の件において安藤琴音たちの行動が大人のルールで封殺されなかったことにも説明がつく。誰かが大人のルールを振り回して、ファンタジーの世界のように勇者が魔王を殺すだけで解決できる単純なものになるよう、『小難しい』話を全て粉砕していたというだけだ。
「さて。琴音の奴、後悔ないようやれてりゃあいいがなあ」
ホテル『八岐大蛇』から出たゴロツキがそう呟いた、次の瞬間だった。
「ッ!?」
勢いよく突っ込んできた真っ赤なオーブンカーがゴロツキの横を突き抜け、そのままホテル『八岐大蛇』へと突っ込んだのだ。
ガラスが砕ける轟音が響き渡る。
透明感を出そうと出入り口をガラス張りにしていたがために、オーブンカーはガラスを砕いてそのままホテル内部に突っ込んでいた。
そこから、二人の女が降りる。
オーブンカーなのでガラスの破片をそのまま浴びただろうに、傷一つない女たちが。
「きひひ☆ やっぱり登場はド派手にいかないとねえ」
「随分と丸くなったことデ」
「かねえ? まあなんでもいいわよ。それより、喧嘩よ喧嘩っ。『安藤』のようにぶっ飛んだ奴がいればいいけど」
「それは流石に期待しすぎヨ」
一人は腰まで伸びた髪や瞳を真っ赤に染めた、これまた真っ赤な布地を身体に巻きつけただけの斬新な格好の女であった。
もう一人はダークスーツにサングラスの女であるのだが、サングラスに隠されたその奥からひどく異様な雰囲気をゴロツキは感じていた。あのサングラスはまるで何かを『隠す』ためのものに感じられたのだ。
何者であるかは、『調べ』はついていた。
もしかしたら呼び出すのでは、と予想もつけていた。
それでも事態が解決すれば、仕掛けてくる前に退去するものだと捨て置いていたのだが……、
(ミィナ=シルバーバーストめ。もう全部解決したってこと、テメェで呼び出した連中に伝えてねえのか!?)
ガシガシと頭を掻き、ゴロツキは二人の女へと近づいていく。いきなりホテルに突っ込んでいくような危険な連中ではあるが、放置もできない。
それに。
関係性さえ『調べて』いれば、こんなものは簡単に解決できる。
「よお。ちょっといいか?」
「きひひ☆ 最初の犠牲者に立候補? せっかくミィナちゃんのためって大義名分をもって暴れられるんだし、精々楽しませてよねえ」
真っ赤な女の言葉を、ゴロツキは聞いてすらいなかった。
ただただ言うべきことを機械的に言い放つ。
「東雲千景と草薙大蛇の婚約は破棄となった。つーか草薙大蛇は『草薙』が利益よりも不利益が多くなるとして切り捨てたしな。つーわけで、もうテメェらのような連中が暴れる理由はどこにもねえんだわ」
「……、そんな話を信じろって? いや、そもそもなんでワタシたちにその話をしようと思ったのよ?」
「なんでもいいだろ。何ならテメェの目で確認しにいくか? 俺としてはそれでも構わねえが」
ゴロツキの言葉に真っ赤な女と並んでいたダークスーツにサングラスの女が一つ息を吐いて、
「必要ないわヨ。これでも平和ボケした連中と違って潜った場数が違うからネェ。嘘か本当かくらいは見抜けるわヨ」
「信じていただけたようで何より。なら、さっさと帰ってくれねえか? テメェらも理由もなく警察沙汰になるような騒動を起こす気はねえだろ」
「それはそれとしテ、私チャンは貴方の正体が気になるものだけどネェ」
「見たまんま、ただの『少年』だ」
そこで。
今の今まで後部座席に腰掛けていたメイド服の女がゴロツキのほうを見やる。感情を感じさせない、深く冷たく凪いだ漆黒の瞳に射抜かれて、思わずゴロツキは気圧されていた。
そう。
『草薙』の次期社長さえも小物のように扱い、殴り飛ばしたゴロツキが。
「今度ミィナを貴方の都合で振り回したら、その時は許しませんから」
その言葉を最後に三人組はオーブンカーに乗って去っていった。
一人残されたゴロツキは額に浮かぶ脂汗を拭って、大きく息を吐く。
「チッ。あれがミィナ=シルバーバーストの『母親』にしてクソッタレのブラックボックスか」
根拠も証拠も何もない。
だが、おそらく、あのメイド服の女には全て見抜かれていたと彼は判断していた。
ブラックボックス。
彼の『力』でもってしても詳細が不明な女であれば、それも不思議ではない。
「やだやだ、世界はまだまだ広いってことかあ」




