第一話 デートに誘おう
私、安藤琴音には二人の親友がいる。
そのうちの一人が何やらプルプルしていた。
「ひっひっふうっ。ひっひっふうーっ!!」
「出産でもする気?」
「違います! 大体っ、その、琴音ちゃんがで、ででっ、デートに誘えって言うから緊張して、こんな、もういっぱいいっぱいなんですよ!!」
「はいはい、わかったからさっさとしてねー」
「雑すぎないですか!?」
こうやって私の部屋でキャンキャンうるさいのが親友にして幼馴染みの東雲千景。こんなんでも高校では奥ゆかしい寡黙な大和撫子だなんだと持て囃されているってんだから美人は得よね。実際には人見知りで、私やあいつ以外の前だとほとんど喋れないだけなんだけど……まあ、無口なのもプラスに働くのが美人ってものよ。
「はぁ。これ以上ずるずるいくってんならもう相談に乗らないわよ」
「そっ、それは困りますっ」
「だったらメールでもいいからさっさとデートに誘いなさい! 何事も行動あるのみよ!!」
「う、うううっ!!」
ベッドの上に腰掛けて、スマホ片手にプルプルしている千景は平凡な私の部屋には不釣り合いなほどに大仰な着物(青を基調として、綺麗な白い百合の花が彩られた高そうなヤツ)が普段着で、家は馬鹿でかい日本家屋で、茶道やら弓道やら書道やらを極めているという古風の塊だ。
しかも腰まで伸びた黒髪にきめ細やかな肌、すらりとした細く整ったスタイルと文句の付け所のない美少女だったりする。外見だけなら、なるほど大和撫子を具現化したような感じだものね。
平凡なご家庭の長女さんな私が見るからに『古き良き』家柄の千景と親友になれたのは、多分私の人生の中でもトップクラスに幸運が重なった結果だろう。幼稚園児だった私ってば遠慮のカケラもなかったから、千景ん家の庭にコロコロ転がっていったボールを拾いにいった時、一人寂しそうにしていた千景を半ば強引に引き摺り出して、泥んこ塗れになるまで連れ回して、一方的に友達認定していたもんねえ。
今にして思えば本当怖れ知らずって感じだよ。だって、千景ってばあの『東雲グループ』のご令嬢なんだし。まあ、そのお陰でこうして千景と楽しくやっているんだから結果良ければ全てよしってね。
で、(普段は寡黙な大和撫子のくせに)スマホ片手にプルプルもじもじ忙しい千景はというと、最終的にだばーっとベッドに突っ伏して、枕に顔を埋めて一言。
「やっぱり無理ですうーっ!!」
「おいこら大和撫子。ちょっとは大和撫子らしくガツンといけないわけ!? 古き良き大和撫子ってのは夜這い上等、言葉じゃなくて身体で語るぜベイベーって感じだったみたいだし、千景もそれくらいの積極性を出しなさいよねっ」
「なんですかその本当は怖い大和撫子……? そもそも大和撫子なんてものは周りが勝手に言っているだけなんです!」
「……、はぁ」
思わず額に手をやって息を吐く私。
こんな千景も高校じゃ学年トップの成績を誇っていて、運動神経も抜群で、頼りになる生徒会長様で、それはもうどんな時でも堂々としていて格好いい……ってのが何も知らない連中の評価なわけだけど、実態はこんな感じなんだよね。
全体的に情けないっ。
いやまあ奥手ってのはある意味日本人らしさなのかもしれないけど、恋愛相談を受けてもう一年くらい経っているのよ? それなのにデートの一つもまともに誘えないってどういうこと!?
高校の入学式が始まる前、色々と有名な桜の木の下に呼び出して、あろうことか好きな人がいるだのなんだの相談されたあの日はまあ親友のためならと割り切ったけど、流石に一年近くプルプルもじもじしているのを見せられるだけってのは、ねえ? 我慢にも限界ってのがあるものよ。
「はいはい、わかったわよ」
そう言って、私はプルプルからキョトンに変わった千景からスマホを奪って、ササッと短文表示型連絡アプリにメッセージを送った。
今度の休み、デートしませんか? と。
誰に?
そんなの千景の想い人に決まっているよね。
「はい、返すね」
「返すって、……あ、ああっ!? ことっここっ、ことねっ、ちゃっ、何しているんですかぁ!?」
「一年くらい前に恋愛相談を受けてから今日まで全然まったくこれっぽっちも話が進まないからよっ。大体、三人でだったらこれまでも遊んできたじゃない。それが二人で、遊びからデートになるだけよ。そのくらいササッとやっちゃいなさいよね」
「遊びからデートに変わるのが一大事なのではありませんかぁっ!! ああ、どうしましょう。三人でならともかく、わたくしと二人でだなんてつまらないから嫌だなんて断られたら、いいえ了承してもらったとしても今後の付き合いを考えて仕方なくってことだったらぁ!!」
「あいつはそんな奴じゃないって。そんなの千景だってわかっているだろうに。不安だからってネガティブに考えすぎよ」
こんなポンコツさんは普段だって初対面の相手だと緊張して会釈が精一杯、なんだけど、それが千景だったら奥ゆかしくて素敵って評価になるのよねえ。そりゃあ物心ついた頃からの付き合いの私でもたまにドキッとすることがあるくらいにはもう凄まじい美人なんだから、有象無象が魅了されるのは当然なんだろうけどさ。
だからもっと自信持って積極性出してよね。千景に告白されて断る奴なんているわけないんだからっ。
と、その時だ。
私のスマホから無機質な着信音が響いたのは。
嫌な予感がした。したけど、無視するわけにもいかないから、千景に声をかけて……って聞こえていないし。まあ復活まで時間かかりそうだし、いっか。
部屋を出て、万に一つも千景に会話が聞こえないように距離をとって、私はスマホを耳に当てる。
『…………、』
「もしもーし」
『…………、』
「もしっもおーし!!」
『…………、』
無言電話、ってわけじゃない。
表示されている名前が名前なので、単に声が小さすぎて聞こえないってだけよ。いつもはもうちょっとマシなんだけど、テンパっていたりすると顔や声色にじゃなくて、声の大きさに現れてくるものね。
根気強くもしもしと続け、聞こえていないことをアピールして一分。ようやく微かな、それはもう耳に極限まで集中してようやく捉えられた声が一つ。
『……ことね……』
「はいはい琴音さんですよっと。どうしたのよ、ミィナ?』
ミィナ=シルバーバースト。
千景が(あくまで外見は)凛とした美人さんなら、ミィナはマシュマロみたいにふわふわした可愛い子だったりする。
ふわふわした金髪にルビーのように綺麗な真紅の瞳、透き通るような肌に小柄な体躯を合わせると幻想的な、そう、実は人間じゃなくてファンタジーな存在なのだと言われたほうが納得できるくらいには可愛い女の子なのだ。
ミィナは中学の途中にどこかから転校してきたんだけど、最初の頃は素っ気ない感じだったのよね。確か不本意ながら千景と同じく幼馴染みである『ゴロツキ』に絡まれているのを私と千景で助けてから仲良くなったのよね。……あの時、千景がやけに感情的になっていたし、もしかしたらあの時点でいくらか意識していたのかも?
ちなみにミィナは高校では『妖精さん』だの『エンジェル』だの、ひどいのになると『魔王の愛娘』なんて斜め上の方向に突き抜けた呼ばれ方をされていたりする。
そんなファンタジーに突き抜けたくらいには可愛いミィナの甘い声が耳に染み渡る。
『デート……だって』
言葉足らずなのはいつものことだ。
付き合い長いから大体何が言いたいのかはわかるし、わからない時は根拠なく聞けばいいだけだしね。まあ今回は私からのアレソレだからわかって当然なんだけど。
「へえ、良かったじゃない。せっかくのデート、目一杯楽しんできなさいよ」
ちなみに。
ミィナの想い人は千景だったりする。
そう、そうなのだ。一年前の高校の入学式が終わった後、ミィナに桜の木の下に呼び出されて恋愛相談を受けたから全部まるっとわかっているのよねえ。
かんっぜんに両想い。
後はどちらかが勇気をもって告白でもすればいいだけだってのに、もう一年近く現状維持のままってどういうこと? まったく、いつまで私は両想いの二人の恋愛相談を受けなきゃならないんだか。
いや、いいや、それもここまでよ。
デートさえすれば、後はなし崩し的にうまくいくはず。そうよ、デートだっつってんだからもう半ば告白のようなものじゃない!
親友の二人が恋人同士になること。
三人が二人と一人になるってのに思うところがないわけでもないけど、好き同士がくっつくのは良いことだもの。背中を押すのが良い女ってヤツよね!!
だから。
だから。
だから。
『ことねも……ついてきて』
「はい? いや、まっ、ミィナ!? 人がせっかくお膳立てしたってのに、何を……ッ!?」
緊張するから、とか細い声で告げたミィナはそのまま通話を切った。こ、こいつ、私からの追求を逃れるためにそそくさとやってくれたわねっ。妖精さんだのエンジェルだの呼ばれているくせに、結構図太いのよね、ミィナってば。恋愛方面においてもその図太さを貫いて欲しいものだけど!!
と、そこで部屋から飛び出してきた千景が大和撫子を具現化したような外見からは不釣り合いなほどにブンブンとスマホを振りながら、それはもう良い笑顔で、
「琴音ちゃーん! ミィナが琴音ちゃんと三人でならデートに行っても良いんですって!!」
「なんで喜んでいるのよ、このばかっ」
「ふぐっ」
思わず頭を叩いちゃったのは悪いと思うけど、もう、もうっ。なんで、いつも! 二人きりになれるチャンスを潰して私を引き込むのよっ。さっさと二人きりになって甘い空気でも醸し出してキスの一つや二つでもすれば万事うまくいくってのに。
こうなったら、仕方ない。
ドタキャンも考えたけど、この様子だと最悪私抜きだからってそのまま解散とかしかねないし。どうせついていくしかないなら、こう、なんかいい感じに立ち回るっきゃないよね!!