見た目は大人、頭脳は子供。思考レベルは小学生。
今日は、期末テストの最終日だ。
最後のテスト用紙を回収され、僕は大きく伸びをした。
「終わったわー、二つの意味で」
隣の席で、太田は冷静な顔をしている。テストのたびに気色の悪い呻き声を上げていた太田が平然としているのは、何かがおかしい。
「どうした太田、まさかお前、テスト出来たのか?」
太田はアメリカの俳優よろしく、肩をすくめて首を振った。
「出来たことなんて一度もないわ、遠い遠い小学生の頃から、今の今までな」
「じゃお前なんでそんな落ち着いてんだ」
太田は、待ってましたと言わんばかりの嬉しそうな表情を一瞬見せて、表情を冷静なものに戻して言った。
「覆水盆に返らずってな。後悔したって、何の意味もないんだぜ」
はい確定。こいつ覆水盆に返らずって言いたいだけ。
「きしょ」
「あ、違う違う。今の心の声。気にしないで」
「いやもう手遅れだろ、気にするだろ」
太田は不満そうに、集めた消しゴムのカスを僕のほうに投げようとして、止めた。
「うおっ、え? なに。投げないの?」
太田はさっきと同じ表情だ。ふざけた仏みたいな顔。握っていた消しカスを、さらさらと床に落とした。
「気にしないでと言っても、俺は気にしちゃうんだよ。ササ。悪口ってのは、一度出てしまったら取り消せないんだ。覆水盆に返らずって、言うだろ?」
「きも」
「そんで、俺が消しカスをササに投げたら、その事実はもう取り返せないんだよ、どんな後悔してもな、ほら、覆水盆に返らずって、な?」
「きも」
マジこいつ小学生かよ、ぶっ飛ばしてえ。
「太田、覚えたての言葉使いたがる高校生なんて、僕は初めて見た。偏差値2かお前」
そう言った僕と太田の頭を、担任がテスト用紙の束で叩いた。
「お前ら、勉強出来ないだけじゃなくて、担任の話を聞くこともできないのか」
僕と太田は口を揃えて世界一心のこもっていない「サーセン」という謝罪をした。担任はため息を吐いて話し始める。
「いいかー。何度も言ったが、この期末で赤点の奴、冬休みに補習あるからな」
太田と顔を合わせる。
太田はもう一度肩をすくめた。僕もすくめた。僕らは声を合わせた。
「あーあ。覆水盆に返らず」