拾われ【忌子】は美女お姉さんに××られたい
この作品には、設定上、人によってはくどいと感じるかもしれない表現があります。
その点ご留意なさってお読みいただけると幸いです。
「ねぇ、ちょっと私とお茶でもいかが、可愛いお嬢さん?」
艶やかな笑みを浮かべた"彼女"が、そう問いかけてきた時から。
私の心は、ずっとひとつに染まっている。
◇◇◇
「……ふわぁ……んぅ」
目を開ける。
身体を起こす。
窓を開く。
毎朝、起きてからのルーチンワーク。
六年間ずっと行ってきたそれは、寝起きの回らない頭でも淀みなく済まされた。
外から差し込む暖かな日差しを浴びながら、私は、今日の夢で見た、このルーチンワークのきっかけでもあるあの日へと、思いを馳せる。
六年と一か月ほど前。
あの日は土砂降りで、外は真っ暗で、そしてとても寒かった。
あの場所で孤独だった私は、その中で一人、雨に憂鬱な気分になり、暗闇に怯え、寒さに震えるばかりだった。
そんな状況も、私にとっては日常だったから。
だから、あの時。
開かれたドアの向こうから現れた"彼女"が、私にとっては初の非日常で。
そんな彼女の誘い文句も、呆然とした顔で聞いているしかできなくて。
でも、この誘いに乗らなければという思いだけは、どんどん高まっていったから、私はーーーー
「ネモ、ご飯よ」
扉の向こう、おそらくリビングから聞こえてきた声に、思考が中断される。
「分かった、今行く」
聞こえるかは分からないが、一言返事をして、呼ばれた方へ向かう。
私の"名前"を呼んでくれる。
それだけで、幸せで、ふわふわした気分になるのは、この六年間、ずっと一緒だ。
それまで私の"名前"を呼んでくれる人がいなかったからだろうか。
或いは、呼んでくれるのが"彼女"だからだろうか。
多分、両方だろうな、と思う。
どちらにせよ、今の私は幸せになっている。
"彼女"の言葉で、幸せになっている。
ならば、私は、私のすべきことをーーーーあの日からずっと、先延ばしにしてたことをーーーーしなくては、ならないだろう。
……でも、ちょっとだけ。あとちょっとだけ、この幸せな時間を味わいたい、と思ってしまう。
そんな風にずるずると考えて、それでもリビングに着く頃には気持ちを切り替える。
リビングのドアを開けると、先に椅子に座っていた"彼女"が顔を上げた。
腰まで伸ばした燃え上がるような緋色の髪を指で弄りながら、同色の瞳を優し気に緩ませて微笑んでくる彼女のその様に、私の心は一際大きく跳ねた。【魅了】の魔法でも放っているのではないかーーーー"彼女"を見るたびにいつも思ってしまう。
六年前、今の私と同い年くらいに見えていたあの頃でも、既に"彼女"は人間離れした美貌を誇っていたのだ。それが六年の月日を経た今や、大人の色気も併せ持つ絶世の美女へと進化している。
極東の諺に『鬼に金棒』というものがあるらしいが、まさにこれだ。
……いや、ちょっと違うだろうか。
でも、破壊力という点においては間違っていないだろうから、良しとしていいかな?
嬉しいことに瞳の色だけは"彼女"と近しい私であるが、容姿に関しては、『月とすっぽん』という諺がよく似合いそうなほど"彼女"に遠く及ばない。
それすらも当然と思わせる程に、兎に角"彼女"は美しいのだ。
なんて考えながら席に着き、朝ご飯を食べ始める。
互いの口から言葉は発されず、食器が音を鳴らすのみだったが。
その中で"彼女"が質問をした。
「今日は少し遅かったわね、何かあったの?」
「んと、会った時の夢、見てた」
「……そう」
言うと"彼女"は、何やら沈痛な表情をして俯き、そして再び沈黙が訪れる。
ーーーー私は、何か答えを間違えたのだろうか。
少なくとも私にとっては、あの日は正しく人生を変えたほどの出来事があって、そしてそれは空っぽの心に光を与えてくれて。
言うなれば私が"生き始めた"日である為、特別な日ーーーー勿論良い意味でーーーーだと思っている。
しかし、"彼女"にとってはどうなのだろうか。
この反応を見るに、良い感情は抱いていないように思える。
それは多分私の知り得ないことによるものだろうから。
私はどうしたらいいか、どうするべきかが分からない。
それでも、言いたいと思ったことはあった。
「私は、あの時お姉ちゃんに会えて、嬉しかった、よ」
「……っ」
辛そうに顔を歪める"彼女"。
その表情を見て、私はまたもや選択を間違えたのだと悟る。
ああ、私はただ、"彼女"に笑って欲しいだけなのに。
そのためにすべきことが、分からない。
ーーーーいや、一つだけなら、分かっているのだ。
それを為すのは、とても勇気がいることだが。
外ならぬ"彼女"の為なのだから、喜んで成し遂げてみせなければ。
と、改めて、私が"すべきこと"をする決意を固めた、その一方で。
終ぞ誰も声を出さなくなった食卓には、食器の触れ合う音だけが寂しく響いていた。
朝食後、暫くして。
依然として漂っていた気まずい雰囲気を吹き飛ばすように、"彼女"が声を上げた。
「今日の勉強を始めるわよ、ネモ」
「はい」
"彼女"に呼ばれ、勉強道具を持って近付く。
今から数時間は、私が"彼女"に勉強を教えてもらう時間。
"彼女"とこうして一緒に暮らすまで、何も教わることのなかった私の知識の穴を補完するため、"彼女"が作ってくれた時間だ。
知らないことを知るのは楽しいし、何より彼女の近くに居れるこの時間が、私は大好きだ。
教材の本を開いた"彼女"に近づき、隣に座る。
ここが私の勉強の時間の、定位置。
"彼女"に「お人形さんみたい」と言われるくらい表情筋が固い質でなければ、きっと頬が緩みまくっていただろう。
「じゃあ、今日は最初に歴史をやるわよ。ーーーーボレア歴143年のことね。反国王派が起こした反乱によって、ナト王国は南北に分裂。北側はボレア公国以下北東諸国と、南側はロス帝国以下南西諸国と主に手を組み、以降数十年に渡って続くことになる大戦が勃発したの。これは、北東諸国と南西諸国をそれぞれ半支配下に置いた公国、帝国が共にナト王国の支配を求めた為に起こった戦争だと言われているわ。でもね」
"彼女"は少しタメを作って、笑いを含んだ声で言う。
「実際は、前年に行われたロス帝国とナト王国の親善パーティーで、ロス帝国の皇帝の鬘が吹き飛んでしまった時に、ナト王国の王様が思わず笑ってしまったのが事の発端だったのよ。侮辱されたと激怒した皇帝は、燻っていた王国の反抗勢力を扇動して反乱を起こさせ、開戦に持ち込んだ、というのが実情だわ」
「……? そんな下らない、理由で?」
「私達にとっては下らなくても、国のトップである皇帝からしたら、国の代表としての面子を保つ必要があったの。王国から顔に泥を塗られたままでは終われなかったんでしょうね。……それでも、あそこまでするのはやりすぎだったと思うけれど」
「あそこまで、って?」
「予算度外視で王国の諜報・工作活動やレジスタンスへの支援、中立派の懐柔……最早隠す気もないくらいの勢いで一気にそれらを行った結果、元々は下火だった反国王派が、あっという間に国を二分するまでに成長したのよ。よっぽど鬘を笑われたのが腹に据えかねていたのかしらね……」
「へぇ……」
「まぁ、そんな感じで帝国側は出だしこそ快調だったけれど、そこで無理な出費を通したからか、すぐに息切れして旗色は悪くなっていったわ。民も強硬策を取る国に少なからず不満を抱いていたみたいだしね。それでも帝国は大陸一、二を争うくらいの大国だったから、戦争は長引いたのだけれど」
"彼女"は何でも知っている。いや、何でもは流石に言いすぎかもしれないけれど。
少なくても、私が質問することに全部答えられるくらいには何でも知っているのだ。
この家には沢山の本があって、ここに来てから私もそれらを読んで知識を蓄えてきてはいるが、到底"彼女"には及ばない。
"彼女"とまだ六年間しか勉強していない私とでは知識に差があるのは仕方のないことだとは思うが、それでもいつか"彼女"に知識面で追いつける未来が見えない。
しかも、先程の"鬘"の話のように、数百年前の歴史書に載っていない事柄でも、まるで見てきたかのように"彼女"は言うのだ。もう、知らないことなんてないんじゃないかと思う。
そんな"彼女"は、『私があのことを知っている』ことには気付いているのだろうか。
……どっちにしろ、もう関係ないだろう。今日で、全てーーーー終わらせるのだから。
昼前になって、勉強を終える。
少しして出来た、"彼女"お手製の昼食。
それを食べる間の食卓には、静けさが満ちていた。
やっぱり、朝のことが尾を引いているのかもしれない。
いつもなら、もう少し会話があるのにな、と、少し寂しく思っていると、食べ終えた"彼女"は立ち上がって言った。
「じゃあ、今から出掛けるから、留守番よろしくね」
「……はい」
片手に日傘を持った"彼女"は、玄関で一回私に微笑みかけてから、そのまま家を出て行った。
"彼女"は、昼過ぎから夜にかけて、毎日働きに家を出る。
何をしているのかは教えてくれない。前訊いた時には、危ない仕事、としか答えてくれなかった。
生活していくには食べ物や衣服が必要で、それらを手に入れる為にはお金が必要で。
お金を稼ぐには、仕事をする必要があって。
そんな仕事に、いつも"彼女"は一人で行ってしまい、私はここで待っているだけ。
それが心苦しくて、"彼女"に同行をせがんでも、「危険だから」と連れて行って貰えない。
『危険』な理由は、私が【忌子】だから、だそうだ。
◇◇◇
「……で、【忌子】はまだ生きてるのかい?」
「そんなこと言うんじゃないよ。祟りが降りかかってきたらどうするんだい。おお怖い」
「だからって、ああしていつまでも村に置いときたくはないよ」
「そうは言ったって、引き取ってくれるトコなんである訳がないし、どこかに捨てて祟られるのも嫌だしね。結局こうして出来るだけ関わらないようにするのが一番さね」
忌々しそうに話しているのは、私の保護者だという二人の大人。
すぐそばに話題の中心であるところの私がいるのに気付いていないのか、いや、気付いてはいてもさして気にしていないのだろう。
この時の私は、他人の行動に対して反応しないようにしていた。
何か反応した際には、きまって怯えと恐怖と嫌悪で染まった目で見られ、そして一目散に逃げられる。
それが嫌だったから、私は極限まで他人に意識を向けないようにしていた。そうすれば、多少の怯えの視線はあっても、その程度で済んだのだ。
そして、私がそんな風に過剰なまでに怖がられていた理由は、私が【忌子】であるから、だった。
【忌子】ーーーー私のように、白い髪と、紅い瞳を持つ者。
それは総じて禍を招き、悪意を振り撒く厄となるーーーーと言われているそうだ。
私の村での扱いは、それが原因だろう。
【忌子】は殺しても祟りが降るとでも思ったのか分からないが、最低限の、本当に最低限の世話と食事だけ与え、後は村の外れの小屋に放置するという扱いを受けていた私は、だから。あの夜。
「お邪魔するわよ」
「あ、あんた何物だい? そこは入っちゃいけねぇとこで……!」
「……あら?」
土砂降りの夜の中、扉を開けて入ってきて、私を見つけてちょっと不思議そうな顔をして。
「ねぇ、ちょっと私とお茶でもいかが、可愛いお嬢さん?」
妖艶な笑みを浮かべて。
「決めた。彼女は私が引き取るわ。貴方達の異論は認めないわよ?」
「は……? え……」
「それじゃあ行きましょうか、お嬢さん?」
毅然と言い放ったかと思えば、安心させるように優しく私の手を取って。引いて。
「貴女はね、魔力が多いだけの、普通の人間よ。【忌子】だなんて。あの村人達の方が、よっぽど忌むべき行為をしているわ」
村を出て、そう言って優しく頭を撫でてくれた"彼女"に。
初めて、私は自分の存在を肯定されたような、そんな気がして。
その時、確かに私は救われたのだ。
ーーーーだから、その後、"彼女"の家の、私が寝かされたベッドの脇で。
中々寝付けなかったが、取り敢えず寝た振りだけしていた私を見て、もう寝たと思ったのだろう"彼女"が言った「■■、■■■■■■■■■■」という言葉が、本気だったとしても。
いや、本気だったとするならば。
私は、喜んでこの身を捧げよう。
◇◇◇
「ん……あれ」
目を開けると、窓の外に夕焼けで真っ赤に染まった空が見えた。
どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
慌てて起き上がると、身体に掛かっていた毛布がずり落ちる。
毛布なんて掛けた覚えがないけれど……加えて、私が寝ていたのはソファの上。勿論ソファの上で寝た記憶なんてものもない。
「あ、ネモ、起きた?」
身に覚えのない状態に首を傾げていると、後ろから声が掛けられた。
振り向くと、"彼女"が椅子に腰かけて笑っている。
「こんな時間まで昼寝なんて、珍しいわね」
私が眠っている間に、"彼女"は仕事から帰っていたようだ。
しかも、おそらく寝落ちた私をソファまで運んで、毛布まで掛けてくれて。
「あの……毛布、ありがとう」
今まで寝こけていたことへの恥ずかしさと、"彼女"の手を煩わせてしまったことへの申し訳なさで顔が赤くなるのを自覚しながらも、感謝の言葉を述べる。
そのまま無言で俯いていると、「夜ご飯にしましょう!」と"彼女"が言うので、気を取り直して二人で席に着いた。
「……」
「……」
席に着いて食べ始めたものの、昼と同様会話が始まらない。
"彼女"の無言は何を思ってのことなのか察することは出来ていないがーーーー私のそれは、緊張によるものだった。
『あのこと』を口に出すのはやっぱり怖くて、緊張してしまうけど。
でも、それをしなくては何も始まらないし、終わらない。
だから、私は勇気を振り絞って、言った。
「ねぇ、お姉ちゃん。今日の夜、私の部屋、来て? ……『貴女の体質』について、話があるから」
それだけを口にすると、既に食事を終えていた私は、"彼女"から目を逸らしたまま、直ぐに部屋へと帰った。
どういう反応をされるか怖かったから、"彼女"の方を見ないようにしたけれど。
それでも一瞬だけ目に映った"彼女"の顔は、辛そうに歪められているように見えた。
◇◇◇
コンコン、と、二回ノックの音。
次いで、"彼女"の声が投げかけられる。
「ネモ、入ってもいいかしら……?」
すっかり真っ暗になった窓の外を眺めながら、ベッドに腰かけた私は"彼女"の問いに了承の意を示す。
ドアが開けられ、"彼女"が入ってくる。
部屋が薄暗いせいで顔はよく見えないが、重たい空気を纏っているように感じた。
「……ねぇ、ネモ。夜ご飯の時に言ってたことだけど……あれは、どういう意味なの?」
硬い口調で、問いかけられる。
……ああ、きっとこれが最後の分岐点なんだろう。
ここで、何も知らない体を装うか、或いは誤魔化せば、"彼女"はそのままの関係でいてくれるのかもしれない。
でも、それでは駄目なのだ。
もう六年も、私は"彼女"の優しさに甘えてきた。
こんな関係をこの先も続けて、"彼女"に負担を掛け続けるなんてことは、私には堪えきれない。
だから、私は。
六年前に定められて、そしてもっと早くに来る筈だった『終わり』へと、足を踏み出した。
「私ね、知ってるから。ーーーーお姉ちゃんが、【吸血鬼】だってこと」
「……っ」
相変わらず顔は見えない。が、動揺している気配は伝わってくる。
「六年前のあの日にね、私、聞いてたの。ーーーー『ああ、早く食べちゃいたいわ。どんな味がするのか愉しみね』ーーーーそう、お姉ちゃんが言うのを」
「……」
お姉ちゃんは私が寝てるって勘違いしてたみたいだけど、抜けてるお姉ちゃんなんて珍しいよね、なんてちょっと茶化してみたけど。
"彼女"は黙ったまま、反応を示さない。
「……それで、どういう意味なのかなって思って、家にある沢山の本で、ちょっとずつ調べてたの。【吸血鬼】関連の本は全然無かったから、調べるのは大変だったけど。……ねえ、お姉ちゃん。【吸血鬼】なんでしょ?」
「……何を根拠に、そんな」
「【吸血鬼】の一番の特徴は『吸血衝動』。お姉ちゃん、私が血を流した時、うずうずしてたよね?」
「あ、あれは……ネモが怪我したから、慌ててただけで……」
「でもあの時、お姉ちゃんのその尖った犬歯、剥きだしになってたよ?」
「それは……」
反論は無し、か。
「尖った犬歯とか、真紅の瞳とか。日の光が苦手で、外ではいつも日傘を差してたりとか。本に書いてあることがどこまで正しいのかは分からないけど、少なくても書いてある【吸血鬼】の特徴には、沢山当てはまってるよね。……ねえ、お姉ちゃんは、【吸血鬼】なんでしょ?」
もう一度、"彼女"へと問いかける。
暫しの沈黙の後、ゆっくりと"彼女"は口を開いた。
「……そこまで言われちゃあ、そうね、と言うしかないでしょうね」
はぁ、どうしてこうなっちゃったのかしらね、と諦観染みた溜息を吐いて、"彼女"は続ける。
「【吸血鬼】に繋がりそうな本は、粗方処分した筈だったのだけれどね……見落としてたのかしら。まあもういいわ、降参。煮るなり焼くなり、どうとでも好きにしなさい。……わざわざそれを言うってことは、私に何か要求があるんでしょう?」
「……うん、そうだよ。ねえ、お姉ちゃんーーーー」
私が"彼女"に望むこと。勿論、それはーーーー
「ーーーー私を、食べて……?」
"彼女"に抱きつきーーーーまぁ、好きにしなさい、と言われたし、ずっとやりたかったし、最後の我儘だし、とか心の中で言い訳してーーーーながら決意を込めた眼で"彼女"を見上げ、そう口にした、ところ。
「は……え!? なん……ちょっ、ちょっと!? ……え、何でそうなるのよ?」
手で顔を抑えながら、焦ったり、困惑していたりするように見える"彼女"は、落ち着いた姿のいつもからすれば大変珍しく、思わずもっと見ていたくなる程だったが、今は我慢と堪えて口を開く。
「だって、お姉ちゃん、元々私を食べる為に連れてきたんでしょ? だったら……」
「ああそれは、その、最初はそうだったかもしれないけど、でも今はほら、そんなことしなくてもーーーー」
「駄目だよ」
"彼女"の言葉を遮るなんてことはあんまりしたくないけど、でもここは譲れない。
何故なら、"彼女"にとっても、それは大事なことであるはずなのだから。
「お姉ちゃん、私を食べてないから、だからーーーー『年を取ってる』んだよね?」
「……」
「お姉ちゃんは、凄く昔のことも、経験してきたかのように知っていた。それは、【吸血鬼】の『血を吸うことで老化を止める』みたいな能力によるものじゃないの? ……なのに私と暮らしていた六年間は、普通に年を取ってるのは、私を食べてーーーー血を吸っていないから、でしょ?」
一旦言葉を切って、"彼女"の顔を眺めるに、私の推論は外れてはいなさそうだ。
少し息を吸って、話を続ける。
「お姉ちゃん。あのね、あの時、私はお姉ちゃんに出会って、嬉しかったんだよ。救われたんだよ。だから、私はお姉ちゃんにどんなことをされても、お姉ちゃんを恨んだり、嫌ったりすることなんて絶対にないから。……でもね。だから、私のせいでお姉ちゃんが我慢して、私がお姉ちゃんの重荷になるのは嫌だからーーーー」
「そんなわけないじゃない!」
突然大きな声を出した"彼女"に驚き、二の句が継げないでいると、"彼女"は捲し立てるように続けた。
「ネモが私の重荷になってるなんて、そんな馬鹿なことあるわけないじゃない! 老化のことだって私が好きでこうしているだけで、ただ私はネモと一緒に……っ、ああもうっ!」
叫んで頭を抱えたかと思えば、次の瞬間"彼女"は私の肩をがっしりと掴んできた。
心なしかその緋色の眼が爛々と輝いているようなーーーーと。
「ええ、良いわ。もうお望み通り『食べて』あげるから。ネモが先に言ったんだし、文句は言わせないわよ? ね、こっちに来なさい?」
突如として迫力を増した"彼女"に抗えるわけもなく、私はそのままベッドの方へと引きずられーーーーその後も、私はただひたすら、されるがままだった。
◇◇◇
「ふわぁ……ん……?」
眼を開ける。
身体を起こーーーーそうとして、普段との違いがあることに気付く。
第一に、裸のままで寝ていること。
第二に、同じく裸のままの"彼女"が、私を抱きかかえるようにして眠っていること。
そこまで状況を把握したところでーーーー不意に昨晩のことを思い出し、何故か顔が熱くなる。
なんか、恥ずかしいこと沢山言っていたような気もするしーーーーあんな情けない姿を"彼女"に見られて、というかさせられて(?)いたということに気付き、更に顔が羞恥で真っ赤に染まっているであろう私の耳を、"彼女"の声が打った。
「あら、起きてたのね、ネモ。おはよう」
「ううん、今起きたとこ。……おはよう」
会話一つこなすだけでも、顔の火照りが収まらない。
「ね、ねえ、【吸血鬼】に『食べられる』って、あんな感じなんだね。……その、お姉ちゃんがこれまで『食べた』数ってどのくらいなの……?」
一旦冷静さを取り戻す為に適当な話を振ろうとしたが、つい昨晩のことについて訊いてしまった。
逆効果だ。全く私は何をやっているんだろうか、と、寝起き早々で熱くなった頭で考えていたら、何故か慌てたように"彼女"は答えてきた。
「あ、あれは【吸血鬼】じゃなくてどちらかと言うと【淫魔】の領分だから、【吸血鬼】の『食事』とはまた違うものというか、だからそもそもあれはネモが初めてだし、って何言わせてるのよ、もう!」
そう言って涙目で見てくる"彼女"はなんだか美しいというより可愛く見えて、私の顔の熱は引くことを知らない。
本当にどうしてしまったんだろうか。
「……でも、良かった」
「ん? 何が?」
私の呟きに反応して、"彼女"が問う。
私としても無意識に言ったことだったから、よく分からないけど。
「なんか、お姉ちゃんが他の人を『食べる』のは、ちょっと嫌だった、から……?」
「何で疑問形なのよ……? でも……ふふ、そうね、それは嬉しいわね」
「……?」
何故"彼女"が嬉しく思うのかは分からないけど、"彼女"が嬉しいのであれば、まあそれでいいか。
「……」
「……ねぇ、ネモ」
そのままベッドで横になってぼーっとしていると、"彼女"に呼びかけられた。
「私のこと、名前で呼んでみてくれないかしら?」
「……? どうして?」
「そうね……ネモから少し壁を感じたから、かしらね? 【吸血鬼】であることを隠していた私が言えた義理じゃないのは分かっているけれど……ネモはどこか一線を引いているように感じて。それがちょっと寂しいから、じゃ駄目?」
私の"彼女"への『お姉ちゃん』という呼び名は、呼んだ時に"彼女"が一番嬉しそうに見えたからこれを使っていたのだけれど……でもそうか、そういうことじゃなくて。
確かに、私は"彼女"に対して線を引いているのかもしれない。
それは、この関係が"彼女"に『食べられる』ことにより『終わる』ものだと思っていたからで、でもーーーー
「私は、これからもネモと一緒に居たいわ。ね、ネモはどう?」
「私も、居たい。……ヴィネラ」
ーーーーこうして『食べられた』後も、実際は続いていて。
何より、"彼女"、いやヴィネラが、私に感じる壁を失くして欲しいと望んでいるのだから、応えない理由はない。
しかし、これは……ちょっと違う、かな?
「うーん……ヴィネラ、姉?」
「んぐっ!? ……え、どうして『姉』を付けたのよ?」
「なんか、呼び捨て、しっくりこなかったから。……でも、これに決めた」
「どんな基準で決めてるのかしら……」
呼んだ時、ヴィネラ姉が嬉しそうに見えたから。
理由はそんな単純なもので、でも私にとっては、この上なく大事なもの。
ーーーーあの時、ヴィネラ姉に『お茶の誘い』を受けた時から、ずっと。
私の心は、緋色の一色に染まりきっているのだから。
アルビノ少女×吸血鬼美女の百合でした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけたでしょうか。
誤字脱字、及び文章への違和感等ありましたら報告頂けると嬉しいです。
(追記)
投稿予約時刻をですね、修正したはずが確認を押し忘れていてですね。
つまり直そうと思っていた文章とか、消そうと思っていたこととか、全部そのままで投稿されちゃったわけでですね。
はい。大変申し訳ありませんでした。
現在大至急修正中でございます。
拙い本作をお読みくださって大変ありがとうございます。