都市伝説・ドッペルゲンガー
「なあ、ドッペルゲンガーって知ってるか?」
「んー。知らない」
達也と奈美は幼なじみの関係で、小学校、中学校、高校とずっと同じ学校に通っていた。腐れ縁とお互いに言い合っていて、彼氏、彼女の関係にはならなかった。
友達とか、幼なじみという長年の関係は、石のように強固なもので、容易に壊せるものでは、なくなっていた。そんな関係に、奈美はいつも溜息をついていた。
達也は、割と人の話を聞かない方だ。どういうわけか、最近はそれに拍車がかかっている。奈美は、そんな彼にイライラしてきていた。
そんなある日。達也が放課後の下校時に変なことを聞いてきたのだ。
「ドッペルゲンガーってのはな、もう一人の自分の存在らしいぞ」
「えー何それ。怖いー」
いつも見る彼と違い、随分真面目な表情だ。奈美は、茶化すように言った。滅多に見ない彼の真剣な表情が、おかしくて、ころころと笑う。
「うちの近くの神社で、夜に会えるって噂で持ちきりなんだ」
「えー、そんなの嘘に決まってる!」
「本当か分からないけど、俺は会ってみたいんだ……」
神社で何かが起きるとか、よくある都市伝説じゃないかと奈美は思った。
くだらない。
「そうですかー。じゃあ、会ったら感想聞かせて!」
「あー、でもな……誰かの他人のものならともかく、ドッペルゲンガーが、自分のものだった場合は、命を落とすみたいなんだ」
「それでも、会いたいの?」
「……夜にでも行ってくるわ」
死んでもいい、つもりなのだろうか? 何をそこまで思い詰めているのだろうか? と奈美は思った。それでも、彼は行く気らしい。口ぶりからすると、自分以外の誰かのドッペルゲンガーに会いたいようだと奈美は察した。
しかし、それが誰なのか、勇気が無くて聞くことができない。
「ふーん。変なの」
今までも達也は、突拍子も無いことを言って、奈美を困らせることがあった。
悩み事があった時も結局、全部、達也は決めてから話した。そんな彼に、奈美は不満を感じ、それが風船のように大きく膨らんできている。
肝心なことは、いつも後回しだ。私のことも、きっと……。
いつになったら、私の気持ちに気付いてくれるのだろう?
「また明日、な」
達也はそう言うと、家の方向に歩き出す。そんな後姿を見て、いつものことか、と奈美は思った。
どうせ、ドッペルゲンガー? なんていないのだろうし、すぐ諦めるだろう。
翌日。目の下に、うっすらとクマを浮かべた達也が言う。
「ドッペルゲンガーな、会えなかったわー」
「そりゃそーでしょ! もしかしてずーっと夜、待っていたの?」
「ずっと待ってたんだけどな。簡単に会えないから、ドッペルゲンガーなんだろうなー」
次の日も、その次の日も、達也は夜の神社へと出かけていた。次第に、彼の目の下のクマが濃くなり、存在感を強く主張している。
奈美は、さすがに心配になってきていた。
「ねぇ、ちゃんと寝てる? 都市伝説なんて嘘なんだから、もう終わりにしなよー」
達也は、しばらく俯いていた。しかし、急にスイッチが入ったかのように顔を上げ、言った。
「なんだか、今日こそ会える気がする!! 明日の報告を待っていろよー」
「ちょっ……」
ダメだ、コイツ。なんとかしないと。完全にハイになっていると奈美は感じた。
今日は、私も神社に行こう。そして、強く叱ってやる。ついでに、溜まった鬱憤をぶつけてやる!
真夜中の神社。月が出ておらず、星の光だけが奈美を照らしている。その割には、随分明るいと彼女は感じていた。ドッペルゲンガーが現れるのは、神社の外にある、二つの鳥居の間。奈美は、達也からそう訊いていた。
彼はここに、きっと現れるだろう。そう考えて奈美は、鳥居の側で待った。
丑三つ時を少し過ぎた頃。仁王立ちしている奈美は、厚着をした達也が、鳥居の近くまで来たことに気付いた。
「あ」
「あ、じゃないわよ!」
奈美の瞳には、呆けた表情をしている達也が写っていた。
「あんたねー、私があれだけ心配してるのに性懲りも無く——」
そう言いかけたところで奈美は気付いた。達也の様子がおかしい。
「奈美……」
急に顔が曇り、目が潤み、涙を流し始めたのだ。
「えっ? どうしたの? 何かあった?」
涙も拭わず、達也は走って奈美の側に近寄った。そして、彼女を抱き締める。冷え切った夜の空気に晒されていたので、奈美は、余計に彼を温かく感じた。
「ちょっと? ほんとに、どうしたの?」
奈美は、彼の背中に手を回し、力を込めた。達也の匂いがする。
少し時間を置いた後、抱いていた力を緩め、達也は奈美の目をまっすぐ見た。そして、声を絞り出すようにして、告げた。
「……奈美。好きだ……ずっと……」
「えっ?」
奈美は、彼の言動の意味が、少しづつ、分かってきていた。達也は、声を震わせて言葉を続ける。
「ずっと会いたかった……会いたかった……!!」
ああ、……そういうことなんだ。
そうだよね、やっぱり……。
奈美は、この時、全てを理解した。
「私も、大好きだよ……ずっと……これからも」
奈美は、想いを告げた後、ゆっくり目を瞑った。達也に触れられるのは、これが最後と感じる。彼の温もりと匂いを忘れないように、もう一度、強く抱きしめた。
次の日。奈美は、もうすぐ、やってくるであろう達也を待っていた。
冷たい、石の下で。
「なあ、昨日、ドッペルゲンガーに会えたんだ! 都市伝説は、本当だったよ!!」
達也は花を供えた後、弾けるような笑顔で、奈美が眠る墓に向かって、報告したのだった。






