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アイ・マイ・シー  作者: 津久美 とら
第三章・ひとかげ
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第三章・ひとかげ(6)

 今朝もテレビ局は渦戸事件で持ち切りだった。寝ても覚めても渦戸渦戸。

 その頻度の割には、幸太郎とアンジュがもたらした情報以上の新事実は出てこない。いわゆる報道規制というものだろうか。

 知り合いに片っ端から情報を流していた幸太郎は、一昨日の夜に父親と警察から大目玉を食らったようだ。頼むから口外しないでほしい、という内容のメッセージが何通も届いていた。


――人の口には戸は立てられないからなあ。


 その証拠に、同級生のSNSはその話題ばかりで、ともすれば秒単位で拡散されていく。

 全国規模のニュースである。事件から三日目、水曜日の今日になっても人々の興味は尽きない。


『ご愁傷さま笑』

『まじで笑い事じゃねえよ……』

『まあほら、人の噂も七十五日って言うし笑』


 メッセージ画面に、戸は建てられない、と打ちかけて止めた。

 どれだけ“やらかして“いても、彼はシロにとって大切な友人である。充分に反省しているであろう彼を、これ以上追い詰めてやる()われは無かった。

 学内で顔を合わせた幸太郎は、思いの外げっそりとしていて顔色が悪い。普段の快活な彼からは想像のつかない姿だ。


「おはよう、大丈夫?」

「だいじょばない」

「だよね」

「シロ今日終わってからヒマ?」

「まあ。どうしたの?」

「いや、ちょっと。そん時話すわ」


 親友の表情がどことなく真剣みを帯びたように見えたのは、気のせいだろうか。もしくは父親と警察、双方から据えられたというお灸が余程効いているのか。


「俺もバイトとか探そーかな」

「なんでまた急に」

「だって大学の奴らとかと喋ってても、渦戸の話しかしねぇんだもん」


 拗ねたように口を尖らせ、心底嫌そうに呟いた。今のところ、お灸はしっかりと機能しているようだ。


「シロのバイト先、もう一人話し相手いらねえかな。美少女の話し相手するだけって、めっちゃ好条件じゃん」

「いやー、そうでもないよ。思ってたよりは気つかう」

「シロは口下手なとこあるからなー。俺だったら何時間でも話せるけどな!」


 さっきまで拗ねていたと思ったら、今度は意地悪げにニヤリと笑う。その顔に神妙さは感じられなかった。


「幸太郎が思うよりかは複雑な子だと思うよ」


 昨日の笠原アンジュを思い出す。あの外見の変貌ぶりに、自分を(たぶら)かそうかというような態度。そして、渦戸事件の犯人とはよく知る仲であるという暴露。

 幸太郎には、初めて笠原邸を訪れた際の彼女の外見についてしか話していなかった。あの時シロの感じた「引っかかり」の正体がつかめない以上、軽率には話せない。


「そういうもんかねー。十五歳なんて、大体みんな似たようなもんじゃん? ほら、中二病っていうの?」

「おれも笠原さんについてはまだよく分かってないから、何とも言えないな」

「なんか分かったら教えろよ」

「それ系で痛い目見たばっかりなんじゃないの」


 普段の調子を取り戻しかけていたらしい彼の表情が、さぁっと青くなった。


「忘れかけてたこと思い出させるなよ」

「忘れないほうが良いかと思って」


 教室の引き戸を開けると、同級生たちの囁きがサワサワと波紋のように広がってくる。

 目を伏せて席へ向かう親友の背中に、同情を覚えないわけではなかった。次なる情報を求める同級生の視線は容赦なく彼に突き刺さっている。

 幸太郎への好奇の目は、昼食時になってもなお衰えてはいなかった。


 H大学は、市の中でも隣市に近いところに位置している。

 本来ならばさほど栄えたりはしないはずの地域であるが、飲食店、コンビニ、ボーリング場。大学が一校あることで、食と娯楽には事欠かない。

 年間を通して人が多く集まるが故に施設が増えるという現象は、世の必然である。


「で、どこ行くの?」

「どっか座って話せるとこがいいな。ファミレスでも行くか」


 話したいことがある、と言っていた幸太郎は、少し緊張した面持ちでファミリーレストランを提示した。

 街中の店舗では夕方のこの時間帯に長く居座ることは嫌厭(けんえん)されがちだが、この地域でその光景は滅多に見掛けない。長居する学生を排除してしまえば、あっという間に経営が立ち行かなくなってしまうのだ。


「あのさ」


 店員に注文を伝え、幸太郎は口を開いた。表情も声色も重苦しい。辺りを見回して知り合いがいないことを確認すると、彼は一層声をひそめた。

 注文した品が運ばれてくるまでには、まだしばらくかかるだろう。


「お前のバイト先の女の子いるじゃん」

「笠原さん?」

「そう。その子ってさ、背小さい?」


 思いがけない、唐突な質問だった。

 女性の好みについてではないだろう。幸太郎はどちらかと言えば年上が好みだったはずだ。


――身長。


 笠原アンジュは足が不自由だ。車いすを使用しているから、身長の推測は難しい。


「うーん、どうかな。いつも車いすに座ってるから、よく分からない。でもそんなに大きくはないと思う。百五十センチくらいかな」

「じゃあ、髪の毛の長さって?」

「ええと……前髪は眉あたりでぱっつんで、後ろは背中の真ん中くらいまであるかな」

「黒髪だよな。色白で、細くて、顔が小さくて目のでっかい美少女」

「え? うん……そうだね」

「俺、やっぱりその子見たわ」

「えっ?」

「こないだ、S区で」

「笠原さんを? S区で?」

「おう。そこまで外見が合致する美少女なんてこの辺では見ないから、絶対その子」


 S区は、県内で一番大きな歓楽街が区の殆どを占めている。

 そこには居酒屋、バー、カラオケ店。風俗店やラブホテルに至るまで、ありとあらゆる大人を対象としたサービス店がひしめき合っている。

 幸太郎は、確信をもって頷いた。


――そこに、笠原アンジュが居た。


「その子、アンジュちゃんだっけ。歩いてたよ」

「は?」

「普通に。杖とか介助とかも無しで、普通に歩いてた」

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