冥府の番犬は主命により異世界に行く事になりました。
私はケルベロス。 冥府の入り口を守護する番犬であり、冥府の神ハデス様に仕える忠犬です。
好きなものは甘いもの。 特技は寝る事。 今日も一日、冥府の入り口を守護しながら惰眠を貪る。 それが、私の日課でありました。
仕事中に惰眠を貪る犬を忠犬とは言わない。 ですか?
勿論、その通りです。
ですが、私は仕事について真摯に取り組んでいるつもりです。
時折現れる冥府の逃亡者を見つけては、貪り食う事を欠かしません。
ただし、寝ながらではありますが……
それを可能にしているのは身体的な特徴です。
私には首が三つあり、睡眠をとる際三つの頭が交代で番をしていたのです。
つまり、私は常に起きている事が出来る。
惰眠を貪りながら逃げ出す亡者共を見張り、貪り食う番犬としての仕事を全うしていたのです。
え? 惰眠について主は何も言わないのか? ですか?
ええ、何も言いませんよ。
まさにホワイト。
冥府の番犬というポジションは、私にとって天職と言えます。
だけど、私はそこに胡坐をかきません。
私は忠犬。
お恥ずかしながら/// 主様を愛しているのです。
だから、私はこの地を守ります。 主様を守ります。
たまに地上への出張を命じられますが…… 我慢します!(キリ
でもチート野郎同伴だけは簡便な。 正直、あれはトラウマでした。
話が逸れましたが、要するに私は今に満足しています。 はい! リア獣です。
だから、これからも主様の為に尽くし、冥府の番犬として過ごしていくつもりです。
少なくとも私はそう思っていました。
それは私の細やかな願望であり、でも、それが確かに続いていくのだと信じていたのです。
……
事の始まりは…… 主様の涙でした。
その時、神が泣いていたのです。
冥府の主が……
私の主人が…… 涙していたのです。
私はそれをこっそりと覗く事しか出来ませんでした。
主様の痴態に口を挿むことなど出来なかったのです。
涙の理由…… それが分からない。
ただ、私が感じ取れたのはそれが歓喜の涙だったという事。
時は少し流れ、主様が言いました。
「異世界転生すれば、チート特典が貰えるらしい。(真顔」 と。
正直、言っている事の意味が分かりませんでした。
でも言葉の意味は理解できる。
それは現代社会における知識や文化が冥府にも流れて来ているからです。
だから、何を言っているのかは理解する事が出来ました。
ただ、それを私に言い聞かせる真意を分かりかねたのです。
時間にしてほんの一時ではありますが、私は口をあんぐりと開き放心していた様です。
それを見た主様は怪訝な顔をするも話を進めました。
「チート…… 欲しいよねー。 無双! したいよねー」
真意が分かりません。 が、嫌な予感はしていました。
「なあ、お前を冥府の入り口に置いてから長いこと経つけど…… 褒美が欲しくないか?
例えば…… 神になる。 とか」
どうだ?という澄まし顔で、主様は私に意見を求めてきます。
しかし間違ってはいけません。 私に拒否権は無いのです。
そしてこういった含みのある物言いをした後には、総じて命令というオマケが付いてくるものです。
神になる? 私がですか? いいえ、滅相もない。
褒美なら甘い蜂蜜のお菓子で十分です。 私は甘いものが好きですから。
ですので拒否権を持ちませんが、少しだけ抵抗を試みます。
「恐れながら、申し上げます。 この世界において神格化には人々の信仰が必要。
しかし、私如きにそんな物が集まる訳がありません。
偉業が必要です。 その上で神座に迎えて頂けるなら、恐れ多い事ですが神に至る事が出来ます。
業腹ではありますが、ヘラクレスの前例もあります。
私如きが言うまでもなく、存じていると愚考いたしますが…… 私には到底無理な事と言えます」
「何だ? 褒美が不満か?」
「滅相もない! 私めは主様に捨てられるのではと心配なのです」
「ハハハ、捨てるだと? 私がお前をか? ナイナイ」
「安心いたしました。 褒美などは菓子で十分です。
それでは、用件も済んだご様子…… 仕事の方に戻らせて頂きます」
話の流れを無理やり断ち切りそそくさと逃げ出そうとした私を、主様は逃がさなかった。
「用は済んでおらん。 お前には神になってもらう! これは決定事項だ」
それはニッコリと微笑む主様よりの確定事項でした。 もう逃げ道はありません。
「大丈夫だ。 私を信じろ。 私には腹案がある。
この世界で神に成れぬのなら、成れる世界に行けばいいのだ」
なるほど、それで異世界転生ですか……
「世界の理を外れた場所で、神になって戻ってくればいい。
そうすればお前には褒美を、私は神のしもべを得る。 そしてその過程をも私は楽しむ事が出来る。
これぞ一石三鳥! 見事なプランであろう? ガハハ」
楽しそうに笑う主様をお止めするのには抵抗がありますが、私とて天職を離れるつもりはありません。
この冥府から離れたくない。 私はやはり主様の近くで惰眠を貪りたい様です。
「私には主様の真意がわかりません。
神に成れと言うのであれば、ゼウス様に頼めば一時的な神に至れます。
勿論、信仰がありませんので直ぐに座から排する事になりますが、それでも神は神です。 一時的にとは言え褒美には値すると具申致します。
何も異世界になどと……」
「奴には頼まん。 どうせ奴は私を揶揄う。 私は奴を信用出来ん!」
そこには明確な拒絶がありました。
拗ねた主様はどこか悲しそうに悔しいそうにしていました。
それでも、主様は私を一瞥し意を決すると、胸の内を明かし始めたのです。
「お前も知っていよう……
私は何時だって悪役だ。 何時もだ!
何時もひん曲がった性格で悪だくみをし、オリンポスを妬み、恨み、牙をむく。
そして返り討ちに遭い…… 惨めに終わるのだ。
そう、惨めに…… な。
私はね…… 悔しい!
くやしかった。
私も神だ。 神なんだ! なのに…… いつもいつもいつも……
しかし、私は出会った。
とある文化圏において私はヒーローの様に描かれていた。
美男子であり絶大な力を持って君臨する。 勿論、ダークヒーローだが、カッコよく描かれていた。
或いは私は少女として描かれる。 それも美少女として。 可憐な少女だ。
私という存在を手にする為に、皆は大枚を叩き課金する。 手に入れば歓喜する。
その渇望は多少邪なれど……とても真摯なものだった。
最初こそ戸惑ったものだが、あれも一つの信仰といえるだろう!(真顔」
いいえ、あれは信仰ではありません。 欲望です。 とても不純なものです。
それに私も知っています。 存じております。
かの文化圏では、私ケルベルスも女の子として表現されていると。 勘弁してもらいたいものです。
しかも、薄い本と呼ばれる書物では少女な私が凌辱を受けているのです……
ふ、ふざけるな! これが信仰なものか! 間違っている。 ホント勘弁してもらいたい。
して貰いたいのですが…… 主様はこの文化に傾倒している様です。(絶望
私は口を開きかけましたが、主様の言葉を遮る事などあってはならぬと押し黙りました。
「私には華がない。
そんな事分かっているのだ。 私は弟とは違うのだ。 と。
だからせめてと思うのだ。 願うのだ! かの弟も羨む程の神を従えられればと。
オリンポスに居る神々を超える神を従えられれば…… と」
そこで主様の吐露は途絶えました。
聞き終えた時、私の胸は震えていました。
神が、主様が、また泣いていたのです。
その痴態を隠す事無く、みっともなく泣いていたのです。
それはあの時見かけた涙とは違い、とても悲しく冷たいモノでした。
だから私は……
私は異世界へ行く事になりました。\(^o^)/オワタ
はい。 ノリで受けちゃいました。
主様の涙には勝てなかったよ……(´Д⊂グスン
とは言っても、まだ内定が出ていません。
異世界に行くにあたり、異世界の神に挨拶をしなくてはいけないのです。
そう、これから異世界面接が始まります。
主様の希望を叶えつつ、私を受け入れてくれる世界を探さなくてはいけません。
勿論、橋渡し役は主様ですが、私が気に入られなければその世界に入る事すらできません。
主様の希望は、チート能力と神へ至れる環境といったところでしょうか?
それを叶えつつ、異界の神に気に入られなければならないのです。
なんとも難しい事で…… 無理難題とはこの事でしょう。
はい、とても憂鬱です。
ですが頑張りたいと思っています。
そう、全ては主様の為ですから。
……
こうして、私は異世界へと向かう事になりました。
無事面接を乗り切り、チート能力を手に入れたかは次の神話になります。
やれやれ、神に至る道は遠く険しい様です。
2018年10月5日修正 誤記修正。