そういえば腹減った
登場人物
相裏 昌史
崎守 瑞希
七海 萌流
垣多 周歩
野々(のの)岳 清里
宗方 曇榮
片瀬 祐二郎
鵞堂 隆道
君がため
惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思いけるかな
百人一首50番歌 藤原義孝
第1処【そういえば腹減った】
『こらこら兄ちゃん、そんな危ない運転しちゃいけないよー。俺達が優しい口調で話してるうちに、路肩に停まってくれないかなー』
「停まるかよ!このまま逃げ切ってやる!」
警察官は銃を所持していることは、周知の事実だと思う。
しかし、発砲するにはそれ相応の理由が必要であって、行き過ぎた発砲は時に、犯罪者より責め立てられることがある。
それならば、警察官は死んでも良いということなのかと問えば、それとこれとは話が別だと言われてしまうのだから、なんとも世知辛い世の中だったことだろう。
犯罪者といたちごっこをすることさえ出来ずにいる歯痒さといったら、目の前に極上ボディの女性がいるのに、見るだけでお触りはダメだと言われているようなものだ。
「それは違う気がする・・・」
「似たようなもんだろ。てか瑞希、もっと飛ばせよ。本当に逃げられちまうだろ」
ちょっと、いや、随分先の未来では、警察官の発砲に対しての認識は、寛容になったものだと思う。
逃げれば勝ち、などといった哀れな頭脳しか持ち合わせていない犯罪者共を、この手で容赦なく捕まえることができるのだから。
一般人を巻き込んでも良いのか、という質問に対して答えを出すとするならば、いた仕方ない、といったところか。
以前よりも大音量で鳴り響くようになったサイレンと、警察車両だけが取りつけられる抵抗の少ない特殊なタイヤ、そして道路幅も3倍以上に広げられたため、サイレンが近くで聞こえたらすぐに端によせて警察車両の邪魔をしない、というのが鉄則となった。
この邪魔をしない行為は警察車両だけではなく、緊急車両全般において用いられる罰則・罰金、そして刑罰さえも執行される重大な規則だ。
そして今この男2人が追っているのは、スピード違反の車。
違反車両を追跡するだけでなく、選挙カーも真っ青の大音量マイクで停まるよう指示を出すが、一向に聞く耳を持たない。
なので、こういう手段にも出るわけで。
「面白くなってきたじゃねえか・・・!!このままカーチェイスと行こうか!!!」
「あー、やばい。酔ってきた。俺どうすればいい?」
「とりあえず120キロ出せ」
運転席で顔を青くしている男と、助手席で楽しそうに笑っている男。
助手席の男は、何度も何度も声かけをしているのだが、違反車両は停まる気配がないため、距離を縮めて勝負をつけようとしているらしい。
「うおっ!!」
その時、違反車両の男が右手を窓から出してきて、銃を撃ってきたのだ。
「ははははは!!てめぇら国家権力の犬になんか捕まらねえっての!!!俺様の華麗なドライビングテクニックを見せてやるよ!!」
「おいおいおいおい、なんつーことするんだよ。これの修理代、あいつがもってくれるんだよな?」
「特殊フィルムで加工された防弾ガラス。あの人、ちゃんと保険入ってるのかな?」
「この喧嘩に乗らなかったら男じゃねえよな!俺ぁ買うぜ!!」
「ああ・・・本当にもう止めてよ。まじで吐きそう」
「吐いてもいいが、あいつ捕まえた後でな」
男が自慢気に話していたテクニックとやらで逃げようとも、運転席にいる車酔いが激しい男はなんなく付いて行く。
そして助手席で笑っている男は、リボルバー式ではない銃を取り出すと、利き手でない左手に持って照準を定める。
カーブの多い道ではあるが、ずっとぶっ飛ばしているだけあって速度は安定気味。
後は奴の車が正面に来るタイミングを待つだけだった。
そしてその時がくる。
「大人しくしてりゃあ、速度40キロオーバーの違反だけで済んだのになぁ」
カーブを抜けた先に待っていた、ほんの少しの直線部分に差し掛かると、助手席の男は銃を撃った。
その銃弾は前を走る車のタイヤに見事に命中し、車はハンドル操作ではどうにも操れなくなってしまい、そのままガードレールに激突して止まった。
しゅうう・・・と煙を出している車から少し離れた場所に車を停めると、追っていた男たちは逃げていた男を捕えるために車を下りて近づいた。
運転席を開けると、中から男が銃を撃ってきた。
「元気なこって」
頬を掠めた銃弾は空に向かって飛んで行くと、素早く男の腕を捕えて車から引きずり出し、腹に膝で蹴りを入れる。
手に持っていた銃を回収すると、助手席に乗っていた男がもう1人の男に手錠をかけておくようにと伝えた。
「おっ」
トランクを開けてみると、そこには大量のジュースが入っており、数個、破損してしまったものの中身が、男の黄色のネクタイにかかってしまった。
「これから花見でも行く予定だったか?」
「相裏、応援が来たみたいだ」
応援がかけつけ、男はスピード違反だけではなく、逃亡したことや銃の発砲でも逮捕されることとなったのだが、発砲に関しては自分は撃たれたから護衛の為に撃ったのだと言いだしたため、検挙出来るか分からないとのことだった。
そんなのウソに決まっているのだが、冤罪だの何だのと言われても面倒だし、もともとの罪はスピード違反であるからして、そちらだけで送検することになるとのことで、それほど長くは刑務所に入らないだろうとのことだった。
「身元は?」
「垣多周歩、住所不定だってさ」
「あのタレ目野郎。絶対ぇ前科あるだろ」
「あ、やばい。吐きそう」
紹介が遅くなってしまったが、この2人の男のことを話そう。
助手席に座っていた、ややオールバックの髪型をしている黒髪で、紫のシャツに黄色のネクタイをつけているのは相裏昌史。
酔いながらも運転を続けていた、黒髪で特に特徴のない髪型をしている、黒のブイネックを着ているのは崎守瑞希。
2人は『特殊事件専門特別機密捜査班』、通称『キツネ班』に属している。
つまりは、人手の足りない部署の手伝いをしたり、雑務もこなし、手荒なこともする、嫌われ者の班、ということだ。
大層な名前がついているが、ただの使いっぱしり。
一仕事を終えた相裏たちは、腹ごしらえをしようと店を探していた。
「腹減ったー。焼き肉喰いてぇ」
「喉渇いた。味噌汁飲みたい」
「水あるだろ」
「水はヤダ。味噌汁が良い」
「わがままか」
本当は車で帰る予定だったのだが、崎守があまりに酔っていたため、車を他の人に任せて歩いてきたのだ。
相裏も運転は出来るのだが、崎守曰く運転がとても荒いため、すぐに酔ってしまうとのことだった。
どうしようかと店を探していると、女性と男性がなにか言い争いをしているのが見えた。
「ちょっくら行ってみるか」
「え・・・放っておけばいいのに・・・」
面倒臭そうにしながらも、崎守は相裏の後を付いて行く。
女性はロングヘアーを靡かせながら、男性に対してこう言っていた。
「触ったわよ!白状しなさい!!」
一方で、男性、といっても見た目はその、サングラスをかけて煙草をふかし、黒の短髪で左目には傷がある、目つきの悪い極道系の方だろうか。
その男性はこう言っていた。
「触ってねぇっつってんだろお!?なんで俺がお前みたいな女なんか触んだよ!!俺をはめようってのか?ああ?!」
「私が美人でスタイル良いから触ったんでしょ!?なに?そんなに女に飢えてるわけ!?」
「なんだと!?面貸せよ!!」
思いのほか、女性も強気で自信過剰な感じはしたが、聞かなかったことにしよう。
相裏が手を軽く空に向かって伸ばすと、注目がそちらに集まり、相裏は掌をひらひらと左右に振りながら男女の間に入る。
「まあまあお兄さん、昼間っからそんな怖い顔でお姉さんをいじめないで」
「ああん!?その女はな!!俺が身体に触ったって、大声で叫びやがったんだぞ!?詫びに指の一本くらい持って帰りてぇとこだがな!!だいたい、てめぇ何なんだよ!関係ねぇだろ!!!」
「あ、俺?こういうもんだけど」
そう言って、昔でいうところの警察手帳を見せると、男は手帳と目の前にいる男の顔を交互に見る。
きっと信じられないといったところだろうが、それが分かったところで勢いは止まることなく。
「だからなんなんだよ!!警察なら、冤罪を作っても良いってのか!?ふざけんじゃねえぞ!!てめぇの顔覚えたからな!!」
「男に覚えられるより、こっちの綺麗なお姉さんに覚えてほしいんだけど。瑞希、連絡」
「もうした」
「すぐに他の警察が来るからさ。やったにしろやってないにしろ、そんな怖い顔でうろついてちゃダメでしょ、お兄さん」
それからすぐに駆け付けた警察官によって、男は連れて行かれてしまった。
「あの、ありがとうございました。私はこれで」
くるっとそのまま帰ろうとした女性だったが、その腕を相裏が掴んだ。
「何か?」
「お姉さん、ちょっと付き合ってくれない?」
相裏と瑞希、そして女性がやってきたのは、雰囲気もクソもない、普通のファミレスだった。
「あの、私用事があるんですけど」
「んー、ちょっとお話ししたくてね。ここ、奢るからさ」
「・・・・・・」
早くここから帰りたそうにしている女性を足止めして、相裏はテーブルに届いたピザを頬張りながら話す。
「お姉さん、常習犯でしょ。手際良かったもんね」
「え?」
女性が顔を真っ直ぐ前に向けると、そこにはニコニコと笑顔のままの相裏。
隣ではどでかいパフェを食べている瑞希がいるが、こちらの話を聞いているのかいないのか、とにかく食べ続けている。
「何のことです?」
「見てたよ?お姉さん綺麗だから見惚れてたら、交差点入って腕時計1つ、それから信号で待ってる間に財布1つ、道を教えるフリをしてネックレスを1つ、その後も結構な頻度でスリ繰り返してたね。それに、その髪ウィッグでしょ。顔も見覚えあるんだよね。ほら、綺麗だからさ」
口調も顔も穏やかで笑顔なのだが、目だけは、目の奥には獲物を捕えた獣のような鋭い光を感じる。
それを分かっているからか、女性は何も答えぬまま、しばらくじっと相裏を見ていた。
途中、瑞希が何度かパフェをおかわりしていたが、そのことなど気にならないくらいの圧を感じていた。
女性はふう、とため息を吐くと、背中をべったりとくっつけて足を組んだ。
「分かってて捕まえなかったの?警察なのに?」
「俺個人的には、綺麗なお姉さんに刑務所なんて入ってほしくないんだよね」
「なら、見逃してくれる?」
「お姉さんさぁ、名前教えてよ。もちろん本名ね。それから、今日盗った物全部出して?てか鞄見せて?」
無言の圧力を感じながらも、女性は鞄を相裏に渡した。
そこからは、先程相裏が言った通りのものが次々に出てきて、それらは後で返すからと、ポケットにしまった。
「で、名前は?」
「・・・七海萌流」
「瑞希、聞き覚えあるか?」
ふと、隣で未だ甘い物を口に運び続けている崎守に聞くと、崎守は食べながら欠伸をし、それから答える。
「スリと詐欺の常習犯。口もとのホクロはないはず」
「・・・まるでストーカーね」
「お?これは?」
女性、七海の鞄を漁っていた相裏は、鞄の中から怪しげなものを見つけた。
「これスタンガンだよな?なんでこんなもの?それに、この薬はなんだ?」
七海は周りをちら、と見渡すと、ピークが過ぎたからか、お客はほとんどいなかったため、ずっとつけていたウィッグを取った。
崎守に指摘されたホクロも取る。ただのシ―ルだったようだ。
「あーあ。今日は調子良いと思ってたのに。まさかこんなことになるなんて」
「まあ、俺達に見つかったのが不幸中に幸いってことでさ」
「・・・まあ、そうね。その薬は睡眠薬よ。男を誘ってホテルに行って、眠らせて金だけ持って逃げるの。ただ、途中で起きちゃう人とか、何か飲む前に襲ってくる獰猛な男たちもいるから、そう言う時のためにスタンガンも用意してるってわけ」
「なるほどね。職質かけられたら一発でダメだけど。それで詐欺ね。随分と訴えられたんじゃない?」
「まあね。でも、これまで本名を明かしたことはないし、男が訴えられないように策は講じてあるわ」
「脅しってことで解釈しちゃうよ?」
「その通りよ。だって、奥さんも子供もいるのに、他の女に手を出す方がどうかしてるじゃない。そういう男は、遅かれ早かれ、他所の女に手を出すものよ」
「何故だろう。正論に聞こえてしまうのは、お姉さんが綺麗だからかな」
「もういい?私、小さい頃の事故で身よりも無い上に、戸籍上死んだことになってるの。生きること自体大変なの。・・・悪いけどこれから人と会う約束をしてるから」
七海は話しながら、相裏に鞄を返すよう催促すると、その鞄の中から化粧道具を取り出し、一度化粧を落としてから先程とは違うメイクを施す。
まさかこんなところで化粧直しをするとは思っていなかった相裏は、興味深そうにじーっと見ていた。
「何よ。メイク落としたら化け物だとか、そういうのは受け付けないわよ」
「言って無いでしょ、そんなこと。化粧落とすと可愛いなって思っただけ」
「反吐が出るわね」
「正直なだけだよ。もしかして、これから会うのは男かなーって。そんでもって、また金だけ貰ってトンズラしちゃうのかなーって」
「悪い?これでも自分に出来ることをして生きてる心算なの。あなたたちみたいに頭も良くないし運動も出来ないから」
「なら、俺のとこに永久就職しても良いよ」
「ちょっとあなた、この人どうにかならないの。脳みそが腐ってるわ」
急に話を振られた崎守は、パフェを食べ終えて満足したのか、眠そうな顔をしている。
「無理。俺今動けない」
「あなたたちみたいなのが警察だなんて、世も末ね。じゃ、行かせてもらうわ」
「あー、ちょっとちょっと」
立ち上がってそのまま帰ってしまいそうな七海の腕を掴むと、相裏はにへらと笑ってこう告げた。
「番号教えてよ」
「必要無いわ」
ばっさりと切られ、七海はそのまま店を出て行ってしまった。
「あーふられた。瑞希のせいだな」
「なんで俺。もう嫌だ。運転もパフェの食いすぎもしない。あの女、さらっとすごいこと暴露してたぞ。捕まえなくて良かったのか」
「いいよいいよ。可愛いから許そう」
「・・・ああ、もうダメだ」
その後、しばらくは雑務にあたっていた。
「大井さーん、家賃滞納勘弁してくださーい」
ある時は、高級車を乗り回すお宅に伺い、家賃の取り立てに向かったり。
「お前等は俺を殺す気か!税金なんか払ってたら、生きていけないだろ!!」
「確かにねー。税金なんて、あり余ってる政治家が出せよって思うかもしれないんだけど、とりあえずまだそういう法律にもなってないしさ」
ある時は、数十年もの間、税金を払わずにいたお宅に行って話をしたり。
「辛いんです・・・。お金もないし、子供も養っていけなくて・・・。旦那はギャンブルから抜けられなくて、酒も煙草も止めなくて・・・」
「お宅も頑張ったんだね。けどね、だからって、自分のお腹を痛めて産んだ子供を殺そうなんて、酷い話じゃない」
ある時は、精神的に耐えきれなくなり、自らの子を自らの手で殺めてしまいそうになったお宅に向かい、心のケアをしたり。
「大変だな、相裏」
「なんでもっちゃもっちゃとたこ焼き喰ってんだよ瑞希てめぇ」
ここ近年、汗水流して働いて金を稼ごうとする若者は減ってきている。
簡単に金を手に出来る方法があるらしく、正規の労働というものを知らぬまま生活している世代が増えてきているようだ。
苦労してきた親世代であっても、子供には苦労をさせたくないと、苦労させずに大人にさせてしまうパターンが多い。
その結果、子供は子供のまま成長し、実力の伴わないまま経営を続け、破産してしまう会社が増加しているのだが、国家としてはまだ警鐘を鳴らしてはいない。
「ったく。いつになったら世の中は明るくなるのかねぇ」
「多分俺達が生きてる間にはならない」
「右に同じ」
街を歩いていると、路地裏から人影が勢いよく出てきて、相裏にぶつかった。
「いてぇ!あ、そんなに痛くない」
相裏にぶつかった人物は、はあはあ、と息を荒げていただけではなく、いきなり相裏の服を鷲掴みにした。
「なんだなんだ?」
「!」
倒れ込むように相裏にもたれかかった男が来た方向から、別の人物が走ってきたのが見えた。
「瑞希」
「ああ」
崎守が銃を取り出してそちらに向けると、その男を追ってきていた別の男たちは、容赦なく発砲してきた。
相裏が重症の男を担ぎ、崎守は店の裏手に並べてあるビール瓶の入ったケースを狙って撃ち、相裏と共に走りだした。
ガラガラと大きな音を立てて崩れていっている間に、出来るだけ遠くへと逃げる。
「おい!あいつら何者だ!?お前、あいつらになんで狙われてる!?」
「無茶でしょ。気絶してるよ」
決して人通りの少ない道ではないはずなのに、後ろから追いかけてくる男たちは、見境なく銃をぶっ放してくる。
「あー、やだやだ。なんでこうなるの。あれだ。相裏がそんな色のネクタイしてるからだ」
「ああ!?ネクタイ自体してねぇお前に言われる筋合いはねえよ!!」
「キリない・・・」
くるっと、崎守は踵を返して後ろを振り返ると、自分の左腕を曲げて銃を持っている右手の支えにする。
そして自分の背中の方から走ってきていた大型トラックが視界に入ったとき、タイヤを狙って一発撃ち電柱に激突させた。
運転手が慌ててトラックから脱出したのを確認すると、激突された電柱の衝撃が大きかった部分を狙って撃つ。
撃ち終えると相裏たちの後を付いて行く。
追って来ている男たちがその近くを抜けようとしたとき、支中が役割を担っていない電柱が倒れてきて、男たちの行く手を阻んだ。
「くそっ・・・!!」
それから、男たちは追ってこなかった。
「大丈夫そうか?」
「ああ、来てない。とりあえず」
「うし。じゃあ、このままこいつ病院に連れて行くぞ」
重症の男を病院に連れて行ったが、数日間男は生死をさまよい、そのまま亡くなってしまった。
「あんな事故起こさせて、始末書もんだな。始末書で済めばマシな方か」
「相裏は無茶するよな」
「俺!?瑞希だろ!とんだ濡れ衣着せやがって!」
しかし、それから幾ら経っても、処罰も無ければニュースで事件として取り立たされることもなかった。
あれだけのことが起きていながら、銃の発砲のことも、トラックの事故のことも、電柱の崩壊のことも、そして撃たれた男に関しても何も無かった。
「どういうこった?嫌な臭いがプンプンするのは俺だけ?」
「相裏の発砲のことも公にされてないってことは、守られてるのは俺たちじゃなく、あいつらだってことだな」
「何度でも言うが、俺じゃねえから」
煙たがられているのは自分たちでも分かっていることだが、ちょっと一般人を怪我させたくらいでも五月蠅く言ってきていた上層部が何も言ってこない。
それはつまり、そういうことだ。
例の場所に行ってみると、そこはすでに綺麗に電柱は直っており、トラックの運転手は仕事を辞めたと聞いた。
その手には、大金があったとか。
「これだから、この国は一向に良くならねぇんだよな。瑞希、そう思わねえか?」
「無理だって。変わらないよ。変わるくらいならとっくに変わってる」
「じゃあ、俺の運転でドライブでも行くか」
「あー、吐くやつか」
「吐かねえって。吐くなら吐くで道路に吐けばいいだろ。お前の軌跡が出来上がるぞ」
「いらない、そんな軌跡」
そしてそれから相裏と崎守は、とある場所へと向かって歩いて行った。
どうしてかというと、崎守が、相裏の運転を思い出しただけで気持ち悪くなってきたと言っていたからだ。
エチケット袋を持っていけば良いと悠長なことを言われた崎守は、相裏の車を所謂痛車にしたらしい。
それを見た相裏は声にもならない声を発し、すぐさまオタクに売り、大金を手にし、新しい車を手に入れる手配をしたとか。
「何処に向かってる?まさかとは思うけど」
「瑞希って俺の心が読めるわけ?そんな一心同体は望んでねぇけど」
冗談を言いながら歩いている2人の前に、一組の男女がいた。
女性はしなやかに身体をねじらせながら、男性に甘えるように微笑む。
「見ィつけた」