怪しい奴がキーパーソン
『勇者 の SP が 4 減った!』
あれ…何でSP…
極度の緊張状態が解けても減るのかな…
「にゃーん!」
力が抜けて尻餅をついた僕の頭の上へ、猫が駆け上がってきた。
魔法使いさん、怪我してないよね…?
「え…」
ぽかんとしていた魔法使いさんは、僕の言葉で現実に引き戻されたようだ。
戸惑いながらも頭を縦に振った。
良かった。まぁ、僕も怪我はしてないんだけど。
あぁでもHP半分くらい持ってかれたんだった…
「にゃにゃ!」
ばしばしと猫が僕の頭を叩く。
何だよもう。アニマルセラピーなら肉球にしてくれ。
じゃあ…ちょっと休憩したら薬草探しに行こうか?
「…うん」
そういえばさっきの魔法ってだれに習ったの?
「…学校で」
学校!さっきも学校で『モンスター知識』?習ったって言ってたよね!
「…」
良かったら、学校の話聞かせてよ!
「…」
魔法使いさんはおずおずと、此方へ歩み寄って来た。
『死霊 × 4 が 現れた!!』
僕と魔法使いさんの距離は…5メートルくらい。
僕らの間を隔てるように、『死霊』が現れた。
あまりに突然で一瞬思考が停止する。
…今!?
違う!空気全然読めてない!絶対今じゃない!もっと違うタイミングあるでしょ!?
…違う!ツッコミしてる場合じゃない!
『魔法使い は 逃げ出した!』
そして…僕の方に歩を進めていた魔法使いさんは、綺麗にUターンして走り去って行った。
ぶれないよねー!
いっそ清々しいよねー!
「ぶにゃ!にゃー!?」
『猫 の SP が 4 減った!』
猫!とりあえずイライラしないで!松明点けて!
多分この人達(人じゃないけど)『光』が苦手だから!
「シャァァァ!」
聞いてないなぁー!
『死霊 は 様子 を 伺っている!』
…あれ。
攻撃して来ない。
死霊達は僕らの周りをふわふわと漂っているだけだ。
さっきは松明持ってたから襲って来ないのかと…違うのかな?
はい、ちょっと猫。威嚇しないの。
「ぶにゃう…」
猫を抱え上げると不服そうな声を出した。
同時に死霊達が若干ゆらゆらと動いた。
僕は猫を小脇に抱えて、空いてる手で剣をしまった。
…白猫隊員!ちょっと仮説を立ててみようと思います!
「にゃ?にゃー!」
多分「仮説」の意味はわからなかったけど雰囲気は察したんだろう。
猫は元気に返事をした。
では…仮説①、『死霊は人間を襲わない』。
「にゃ??」
だって…何か、見た目に反してあんまり僕らに敵意が無いっていうか…
黒いローブを頭からすっぽり被ったような、絶対ヤバそうな見た目のくせに…
ほら今とか僕ら隙だらけだよ?襲い放題だよ??
「ぶにゃ…」
死霊は僕らの目の前をゆらゆらと漂っている。
攻撃する様子は……無い。
少なくともこっちが敵意を示すまでは何もしない気がする。
「にゃーお?」
じゃあ仮説②…『この森に生息するモンスターは僕よりずっとこの森に詳しい』。
「にゃにゃー」
猫の返事が「そりゃそうだろ」に聞こえた。
これは仮説でも何でもなく当たり前だよね。
それじゃ…仮説を踏まえた上で僕がやるべき事は?
「にゃ?」
僕は松明に火を点けた。
死霊の身体が透けているのがよくわかる。
そして…僕はクエスト行く前に貰った、薬草に関する資料を死霊に突き付けた。
この薬草の在り処、知らない!?
酷い目にあった、と、魔法使いは思っていた。
過去形どころか、現在進行形で酷い目にあっている。
切り株に腰掛けた魔法使いは深いため息をついた。
ほんの気紛れに、自分よりずっと弱い勇者(と、猫)と一緒にクエストに行った結果がこれである。
死霊には2度も囲まれるし、何故か黒猟犬に遭遇してしまった。
そしてクエストの目的である『薬草の採取』は終わっていない。
本当に、災難である。
勇者を置いて帰ってしまいたいが…帰り道がわからない。
先程はぐれた勇者は帰り道を覚えているだろうか?
「…最悪」
「にゃーん!」
「!!」
驚いて鳴き声の方向を見る。
そこには…魔法使いの足元には、生意気にも魔法使いらしいローブを羽織った白猫がいた。
「…何、あんた主人置いて逃げて来たの?」
「ぶにゃう」
「酷い子…」
「にゃー!?」
自分のことは完全に棚に上げて、酷い言い分である。
猫もそのような抗議をしたが、魔法使いには伝わらなかった。
そんな事は知らない魔法使いは猫をひょいと抱え上げた。
「そうだ、あんたならオニキスの街の方向わからない?」
「にゃ?」
「鼻良いでしょ、何か臭いを辿ったらどうにか…」
「にゃー!」
「それくらいできるわよね」
「ぶにゃー!?」
全く意思疎通ができていない、と、この光景を見た人間は満場一致で言うだろう。
そもそも魔法使いに意思疎通する気が無い、とも言うかもしれない。
それは…どちらも正しいのだけれど。
「猫ー!?魔法使いさーん!どこー!?」
「!」
「にゃにゃ!」
猫と魔法使いの耳に、2人を探す声が届いた。
魔法使いさん!良かった、見つけた!
「…」
魔法使いさんはやや引いた目で僕を見ている。
手には猫を抱えていた。
良かった、ちゃんと猫も居た。
まぁ猫の後を追ってたから居ないと困るけど…
「…何?」
何?って…
僕は魔法使いさんの目の前に籠を突き出した。
薬草!見つけたんだよ!
「…は?」
魔法使いさんはきょとんとした、と思う。
表情変化が少ないからわかりづらいけど、多分。
「…何処で?」
え!?
えっとー、死霊から逃げた先にー、偶然見つけてぇー???
「ふぅん…」
僕から逸れた目線は品定めするように、籠の中身に向いていた。
…言えない…死霊に薬草の場所まで案内してもらいましたとか言えない…!
言っても信じてもらえない…!
「にゃー…」
猫がこっちを見ている。
なんとなく「誤魔化すならもっと上手くやれよ」と言ってる気がする!
「…まぁ、見つかったならあとは帰るだけね」
魔法使いさんは小さく溜め息を吐いてから立ち上がった。
今の溜め息に「こんなクエストでこんなに時間取るとは思わなかったわ」的な意味が込められ…
…いや、考え過ぎかな!
「帰り道わかるでしょ?」
え、俺?何で?
「森とか慣れてそうだから」
慣れて…は、いるのかな?
でもそんな決めつけられても…「知ってて当然でしょ?」みたいに言われても困る…
……って言ったら癇癪を起されそうな気がする…
「むにゃー!」
猫が…魔法使いさんの手からいつの間にか逃れていた猫は、僕の靴をばしばし叩いた。
何だよもう。
「にゃっふぅ!」
口には…何か、花が数本咥えられている。
…どこから採って来たのそれ…何で採って来たの…?
「ぶにゃー!」
猫は僕の身体を駆け上がると、花を籠の中に入れた。
黒い薬草に混ざった黄色(暗くてわからないけど多分黄色)の花が良く目立つ。
…何、ギルドのお姉さんにお土産?
「にゃ!」
何でだよ…別に良いけど…
で…帰り道か。途中までは覚えてるんだけど…
それは森に入ってから、最初に死霊に会うまでの話。
その情報は全く役に立たないだろうな。
…!
「きゃっ!?」
反射的に、魔法使いさんの腕を掴んで引き寄せる。
僕は…もう彼らに敵意が無いのがわかってるんだけど。
「な、何いきなり……!?死霊!?」
それでも、魔法使いさんの真後ろに死霊が漂っていたから、つい。
…逃げよう、魔法使いさん!
「え!?」
僕はそのまま魔法使いさんの手を引っ張って、走った。
死霊から離れるように。
「ちょっと!引っ張らないで!」
猫!先導して!
「にゃ!」
僕の肩から飛び降りた猫が僕達の少しだけ前を走る。
魔法使いさんの腕を放すのと、再び死霊が目の前に現れるのはほとんど同時だった。
「にゃー!」
猫が方向を変えて走り出す。
目の前の死霊を避けるように。
魔法使いさん!猫について行って!
「そんな事…言われなくても!」
魔法使いさんは僕を追い抜かして猫を追った。
僕は薬草の入った籠を抱え直して…走りつつも、後ろを向いた。
そこには数体の死霊がゆらゆらと漂っていた。
「きゃあっ!?」
先に行った魔法使いさんの悲鳴が聞こえたので、また別の死霊が出て来たんだろう。
まるで……僕達を一定の方角へ導くように。
僕は、死霊へ大きく手を振ってから身体を正面に向けた。
死霊から目を離す……その一瞬。
彼らが手を振っているように見えたのは、僕の気のせいだったのかな。
『…』
薬草の資料を見せても、死霊は数秒反応しなかった。
まぁこの暗さで見えてるかどうかが怪しいんだけど…
「にゃー!?」
猫は「お前は馬鹿か!」と言いたげに僕の頭をばしばし叩く。
だって知ってる人に聞いた方が早いじゃんよ…僕らが捜しても見つからないんだから…
「ぶにゃー!」
『…』
…あれ?
死霊がある方向を指差している。
…さっき魔法使いさんが逃げて行った方向だ。
…こっちに薬草があるの?
『…』
すると僕の問いかけに応じるように…死霊は首を横に振った。
…言葉通じてる!
いや、そうじゃなくて、違うの!?
じゃ何で意味ありげに向こう指差したの!?
『…』
死霊は再び首を横に振る。
…あっちは危険ってこと?
その問いかけに対して、死霊は首を振るのを止めた。
…当たらずとも遠からずってか?
…じゃあ…何だろう。
魔法使いさんが逃げて行った方向…
首を横に振る…駄目ってこと…?
『…』
…『魔法使いさん』が、駄目って?
『…』
今度は、頷いた。
他の死霊も同調するように頷く。
…満場一致!正直かよ!
「ぶにゃ…」
この光景に、猫が呆れたように鳴いた。
確かに…リアクションがめちゃめちゃ薄いし…
思い込み激しいし、自分の常識押し付けて来るし、
明らかに僕達のこと下に見てるし!癇癪起こすし!非協力的だし!
…ふぅ…僕としたことが悪口ばっかり…
『…』
確かに、君達が言いたい事もわかるよ?
正直、扱い辛いとは思うよ!?
…でもね、『猫』以外に初めてできた仲間だから。
大事にしたいって思うんだよ。
新しい仲間と旅できるの、すっごい楽しみなんだ!
『…』
やがて死霊の1体が少し離れた場所に一瞬で移動した。
離れた…とは言っても見える位置ではある。
え、何、何か言いたそうにこっち見られても…
『…』
…あ、もしかして、そっちに薬草あるの?
『…』
死霊は小さく頷いた。
…マジか!…採ってって良いの!?
この問いかけに対しても死霊は頷く。
「にゃー!」
ありがとう!猫、行ってみよう!
『…』
僕と猫は、先導するように前を行く死霊の後を追った。
「はぁっ、はぁ…!」
はぁ…森は抜けたけど…さ、流石に疲れた…!走りっぱなし…!
魔法使いさん、倒れそうだけど大丈夫かな…
「にゃにゃー!」
「は!?何……あ、」
魔法使いさんが一瞬怒ったような声を出すけど、すぐに大人しくなった。
だって僕らの目の前にはオニキスの街が見えているからね。
こうして無事に、僕達は街まで戻ることができた。
『あのね、森で迷子になった時ね、幽霊さんが街まで連れてってくれたの!』/○○の冒険奇譚, 第1巻, p.401, 『オニキス』の住民の少女の言葉より抜粋