邂逅
ある日のこと。
スライムとの戦闘に疲れて、川のほとりに良い感じの場所があったので日向ぼっこしてた、ある日のこと。
『あれ、珍しいッスね。こんな場所に冒険者ッスか?』
突如川から出て来たモンスターは、僕にそう言った。
…こんにちは。
『どーもッス』
…もしかしてこの辺、縄張りでした?
『いや、縄張りは別の場所なんスけど。この辺もよく来るんスよ』
そ、そうッスか…
怖ぇ…めちゃめちゃ怖ぇ…!
モンスター…え、モンスターだよね?まさかこのフォルムで人間ではないよね??
びっしりと、黒い鱗で覆われた身体。
大きな尻尾、各部位にあるヒレ、ぎょろりとした目、鋭い歯。
…何が怖いってそれが2足で自立してるのが怖いわ。
あ、よく見ると尻尾も使ってるから…いやそれはどうでも良い…
駄目だ…怖すぎて逆に面白くなってきた…
猫よ…何でお前はこんな時に寝てるんだ…
『ここ、日当たり良くて最高なんスよねー』
わかる。
あ…お邪魔でしたら僕達どっか行きますけど…
『いやぁ全然。日向ぼっこ好きに悪い人いないですし』
大らかかよ。
『隣良いッスか?』
あっ、ハイ。どうぞ。
モンスターは僕の隣に腰を下ろした。
体長は僕よりも大きい。
人間の大人と同じくらい…それか、少し大きいのかな?
…あれ、喋るモンスターに会うの初めてかもしんない…
それ以前にスライム以外のモンスターに会うの初めてだわ…
『この辺って何のモンスター出るんスか?』
ギョロッとした目がギョロッとこっちを見た。
あ、めっちゃスライムです。
スライム以外のモンスターに会うの貴方が初めてです。
『あ、自分はモンスターじゃなくて魔獣ッスよ』
魔獣?
…え、何か違うの?
『そうッスね…まぁ超雑に言うとー、人語喋る奴は魔獣ッスね』
うーんと…モンスターの中で特殊な奴が魔獣?
『そうッス!』
そうなんだ…
何か、間違えちゃってすいません。スライムしか会ったことないもんだから…
『いやぁ全然。つかスライムしか会ったことないとかマジヤバいッスね』
ヤバいよね?やっぱヤバいよね??
『まぁスライムはどこにでもいますんでー。湿気が多いトコは特に!』
砂漠にでも行こうかな?
いや、行ったら行ったで乾燥に強くなったスライムとか出そうだな?僕らとスライムの縁、凄いからな??
ふと…僕は無意識に、傍らの木の実に手を伸ばしていた。
…猫とは喋らないからな…会話のキャッチボールで疲れたのかな…?
…あの、良かったら食べます?
『あ…自分、木の実は駄目なんスよ。気持ちだけ。あざっす』
そうなんだ…
普段は何食べてるんですか?
『自分はやっぱり魚とかー、贅沢したい時は貝とかも食べますしー』
貝かぁ…魚はまだしも、山奥で育った僕には無縁の食べ物だわ…
『あとは最近はー、菜食主義とかダイエットとか言って藻とか水草が超流行ってるんですけどー』
何それ超面白い。
『意味わかんなくないですか?』
あんまり食事が偏るとダイエットには逆効果、って説もあるみたいだけど…
『マジっすか!?やべーッスね!』
うーん、人間の話だから君の種族だと違うかもしんない…
…ていうか君って、何?
『自分ッスか?自分、マーマンの亜種ッス』
…………亜種って言葉、カッコいいよね!
『超わかるー!勇者様ヤベー!』
…何故僕は魔獣のマーマン?と仲良く喋っているのか。
何故向こうも襲って来ないのか。
そういうツッコミは野暮だと僕の理性が言っている…!
…あれ?僕、勇者って名乗ったっけ?
『いや、わかりますよ。雰囲気ッスよ、雰囲気』
そういうもんなんだ。
『自分、勇者…ってか冒険者に会うの初めてじゃないですけど、会話は初めてかもしんないッス』
そうなんだ。
フレンドリーだから人間と仲良い種族なのかと思った。
『大抵の場合はすぐに襲って来るんで、会話どころじゃないッスよ』
…………普通そうだろうな!
それが正しい反応だわ!間違いないよ!
『勇者様ヤベーッスよ。何で自分見て普通に会話してんスか?』
いや…何でと聞かれても…
①初めてスライム以外のモンスターを見る
②そのモンスターが何か魚っぽいし、人間大の大きさ
③しかも喋る
④何からリアクションしていけば良いのかわからないので挨拶
…みたいな?
挨拶が成立しちゃったから今更戦う気にもならないし…
っていうか別に襲われてないし…
『ヤベー!超ヤベー!!』
うん、自分で言ってて意味わかんない。
『マジ基本人間は敵ですけど、勇者様はリスペクトっスわー』
やっぱ敵だよね。
…ってことは次に君と会った時は戦う可能性があるってことだよね。
『あー?あー、そうなんスかね…』
基本的に彼は(もしかしたら彼女かもしれないけど)表情が変わらない。
けど少しだけ残念そうな表情になった。気がした。
『まぁ、次会った時にどうするかは次会った時に決めましょうよ!』
そうだね。
もしかしたら戦うことになるかもしれない。
もしかしたら、戦わなくて済むかもしれない。
『あ、そうだ。勇者様、コレあげますよ』
そう言って彼は黒い、石のような物を取り出した。
…石?にしては軽いような気も…
『それ海底でたまにみつかる石でー、この前超偶然見つけたんですけど勇者様にあげますよ』
ええええ悪いよそれは!
自分の宝物にするか、家族とかにあげなさいよ!
『いや自分、勇者様マジでリスペクトなんで。お近付きの印に是非!』
そう言って彼はニカッと笑った…ような気がした。
うーん…そう言ってくれるなら、貰おうかな。
ありがとう。
『また会った時はまた一緒に日向ぼっこしましょうよ!』
そうだね。それが良いね。
…えーと、何かあげられる物…あ、コレあげよう。
僕はポケットから紫色の半透明の石を取り出した。
『何ですかそれ?』
僕の故郷でよく採れる石なんだ。
お守りとかに使うんだけど、良かったら持ってってよ。この石のお礼。
『マジッスか!?うわ、ヤベー!見たことねー!』
彼は石を見てきゃっきゃとはしゃいでいる。ミーハーか。
『自分、今日のことマジで他の奴らに自慢しますわ!』
…自慢になると良いけど。
なるかなぁ…『勇者と仲良く会話した』って、自慢になるかなぁ…?
『それじゃ自分はこの辺で!勇者様、道中お気を付けて!』
そう言うと、彼は川に飛び込んでいった。
…ありがとう。君も帰り道、気を付けて。
『さようならー!』
爽やかに挨拶すると、マーマンの彼は流れに沿って行ってしまった。
「むにゃ…?」
猫、もうちょっと早く起きてれば面白い人と話せたのに。
また会えるかな。会えると良いな。
…また会った時に、彼の顔がわかると良いんだけど。
『魔獣は知性を有している為、非常に惨忍な種族も存在します』/○○の冒険奇譚, 第1巻, p.256, 魔獣討伐家の言葉より抜粋