MISSION『屋根より高い風船』
…あの、レースミッションって何?
「え!?お前、知らねーの!?」
…うん。
知らないから聞いたわ。今。
「だっせー、ミッションの基本もわかってねーのかよ!」
「冒険者のくせに情けないなー!」
聞き慣れない単語だったから近くの冒険者に聞いてみたけど…
凄い勢いで馬鹿にされた。
すげーイラっとするタイプだこいつら。
「レースミッションってのは要するに…『早い者勝ち』のミッションだぜ」
あ、解説はしてくれるんだ。
黒い鎧の勇者風の男子が『仕方無いなぁ』と言わんばかりに話してくれる。
いや、本当に勇者だろうか。違ったらどうしよう。
「他のパーティも同じミッション受けてて、先にクリアした奴が報酬貰えるってわけ」
なるほどね。
…ギルドがそんな事故りそうなミッション出すの?
絶対「俺が先だった!」みたいな言い合い起きそうじゃない?
「レースミッションはほとんど町中の住民からのミッションだぜ」
「当たり前だろ!」
どうやら当たり前らしい。
初めて知ったわー。へぇー。そっかそっか。
「うぅ…ぐすん…」
…で、今回のクリア条件は『飛んで行った風船の救出』みたいだ。
魔導師っぽい子が何人か、多分風の魔法か何かで頑張ってる。
ピンク色の風船の紐が煽られてふらふらと揺れていた。
「うーん…!」
「それっ!」
「えいっ!」
あっ。
風船が更に上まで飛んでった。
「あぁっ!」
「あんなに上まで行ったら私の魔法が届かない!」
「…もう無理!」
周りの建物よりすっかり高い位置まで飛んで行った風船に、3人の魔導師は同時に根を上げた。
「勇者様!無理です!」
「ごめんなさいぃ!」
「ごめんリーダー!」
察するに…女の子2人が黒い鎧の勇者、男の魔導師がもう1人の勇者の仲間、かな。
このレースミッションに参加してるのは僕で3組目ってことか。
風船は…木に引っかかって止まった。
「何してんだ!更に上まで行っちまったじゃねーか!」
「ごめんなさい!」
風船の持ち主の女の子は…あ、絶望してる。
もう無理だと悟った感じの顔をしてる。
「…ま、風船なんてまた貰って来いよ」
黒い鎧の勇者が女の子の頭に手を置いた。
お前、小さい子に向かって何て本末転倒な事を…
「祭りなんだ。いっぱい配ってたろ?」
「うぅ…やだぁ…!あの風船が良い…!」
「我儘言うなって…何なら貰ってきてやるから!」
「やだぁ!やだやだぁ!」
あの高さ…で、木がこれだけ枝が伸びてるなら…
……ねぇ、僕やってみても良い?
「この…あぁ!?何だよ、やれるもんならやってみろ!」
キレ気味に返答された。
いや、別に良いけど。
女の子がキレられるのは回避できた。
「お前、勇者か?魔法も使えねーのにどうやって取るつもりだよ!」
「魔導師貸してやろうか!?」
…って言うかさ…
何で登んないの?
「…は?」
ポカンとされたので逆にポカンとしてしまう。
いや、登れば良いじゃん。
「…お前、何言ってんの?」
「え、お、お兄ちゃん…?」
ごめん、ちょっとこれ見ててもらえる?
「え、あの、えと」
女の子は間近に剣と盾を置かれてオロオロしている。
木登りには邪魔だからね。
あ、でもナイフは持ってこ。
「おい、冗談だろ!?」
いや、何でそんなに心配されてんの?
逆に何で登る発想がないの?
「落ちたら死ぬぞ!?」
…いや、いけると思うけどなぁ…
木に手をかけると、後ろから悲鳴が聞こえて来た。
「にゃにゃー?」
人々の足元を縫うように、紫のマントを着た白猫が歩いていた。
先程別れた主人を探しているのだが、人が多過ぎて見つからない。
「うにゃーん…(もしかしてあっちが迷子じゃね?)」
そんな事を考える彼の耳に悲鳴が聞こえて来たのは、間も無くの事だった。
「あ、危ないわ勇者様!」
下の方から女の子の母親の声がした。
いや、まだ落ちても余裕な高さだから…
何をそんなに心配されてるんだろうか。心外だ。
田舎の娯楽ナメてるでしょ!?
木登りか虫取りか釣りか畑仕事だから!!
「ぶにゃー!?」
あ、猫の声がした。
ちらりと下を見ると新しい装備の猫が僕を見上げていた。
「にゃ!?ぶにゃー!にゃにゃー!」
『何してんの!?馬鹿なの!?』と聞こえた気がした。
いやまだ余裕だから。
『警告 これより 上 は 一定確率 で 即死 します』
不意にそんな声が聞こえた。
戦闘の時の声と同じだ。
そりゃあ、ご丁寧にどーも!
「あいつ馬鹿なんじゃねーか!?」
「何でそこまでするんだよ!?」
何でって…頼まれちゃったからかなぁ…
あと木登りしたかったっていうのはちょっとある。
大きくて登れそうな木ってワクワクするじゃん!
さて、あとどれくらいかな…
魔法使いが余計な事しなけりゃ、このくらいの高さだったのになぁ。
んー…あと4メートル?くらい?
おっと、近くに鳥の巣がある。
雛鳥いたら大変だから、なるべく近付かないでおこう。
「無事なうちに降りて来い!」
ギャラリーが増えてる。うるさいなぁ。
よし、もう少し。
手ぇ伸ばしたら届く…
「お、お兄ちゃん!!」
一際切羽詰まった悲鳴が聞こえた。
足元を見ようとしたけど、それより早く木が揺れる。
何?何か、黒い塊みたいなのが…
『ギャァァァ!!』
…カラス!?
しかもデカい!…さっきの巣の親か!
巣を荒らしに来たと思って怒ってるんだ!
『ギャァァ!ガァァァ!!』
ちょ、痛い痛い!
てめ、このヤロ!突っつくな!
折角風船取れたのに!
どうにか追っ払わないと…!
ミシリ、と嫌な音がして、
直後に身体がバランスを崩した。
「にゃにゃー!?」
「キャァァッ!?」
「危ない!!」
大きなカラスが一気に視界から遠ざかる。
どうやら僕は落ちているみたいだ。
誰かが言ったように、この高さで落ちたら死ぬだろう。
あぁ…何か、走馬灯が、
猫と一緒にブルースライムと戦ったなぁ
ブルースライムボスも結構強かったけど、火が効いたんだっけ
それから、初めての洞窟で飽きるほどグリーンスライム倒して…
ブルースライムもいっぱい出て来て…
ポイズンスライムの毒が…
…いやスライムばっかじゃねーか!馬鹿か!
こんな虚しい走馬灯あってたまるかぁぁ!
『勇者 は [スライムの残骸] × 5 を 地面 に 投げた!』
『[スライムの残骸] が ダメージ を 吸収!』
『勇者 に 35 の ダメージ!!』
ぼぅぇっ!!
…痛ぇ…スライムの残骸ぶん投げてみたけど…
気持ち程度しかダメージ吸収してくれなかった…
背中強打した…変な声出た…目ぇチカチカする…
あ…
チカチカした視界の中に、風船が見えた。
良かった…手ぇ離してなかったみたい。
女の子に返してあげよう。
「お兄ちゃん!」
あ、ちょうど良かった。
女の子がこっち来てくれた。
「ぶにゃー!」
身体を起こした瞬間に猫のキックが後頭部に飛んで来た。
ちょっと待って、僕意外と重傷だからね!?
今ので『3 の ダメージ!』ってカウントされたからね!?
はぁ…よっこいしょ。
はい、お待たせ。
「あ…」
女の子の涙が風船を見てピタリと止んだ。
子供は素直で助かる。
もう飛ばさないようにね。
ちゃんと持っててね。
「あ…ありがとう…」
女の子は戸惑いながらも風船を受け取った。
「ありがとう、お兄…ううん、勇者さま…!」
「勇者様!ありがとうございます!」
女の子のすぐ後ろに母親がやって来て、深く頭を下げた。
『ミッションクリア!』
あ、クリアした。
「う…おぉぉぉ!?何だあいつ!?」
「良いぞー!」
途端に歓声と拍手が上がった。
いや、ギャラリー多くない!?
さっきまで冒険者とちょっとの野次馬しかいなかったじゃん!
「ちっ!あんなのズルじゃねーか!」
「卑怯だぞ!」
そしてブーイングを寄越す冒険者達。
一体何がズルだったのか。誰か教えて欲しい。
「うぇぇん…私、頑張ったのにぃ…!」
「私の魔法でも取れなかったのに!」
「このミッションは魔法で解決するべきじゃないかい!?」
魔法使いの1人に至っては泣き出した。
何故僕がケチ付けられないといけないんだろうか。
そして魔法で状況を悪化させてた奴が何を言ってるんだろうか。
誰か、馬鹿にでもわかるように教えて欲しい。
「にゃー!?」
その時、突然猫が僕の身体を一気に駆け上がり、跳躍した。
え、何!?何で!?
「うにゃっ!」
そのまま猫は空中で何かをキャッチした。
その体勢のまま落下する。
いやいや!待って待って!
『勇者 は 顔面スライディング した!』
『勇者 に 4 の ダメージ!』
『猫 は 無事だった!!』
「にゃ?」
僕の手の中には猫が収まっている。
良かった…間に合った…顔面痛い…
「にゃにゃーん!」
ナイスフォロー!とでも言いたいんだろうか。
猫が僕の手をばしばし叩いている。
君は何で突然ジャンプしたの…
「にゃ!うにゃー!」
もそもそと起き上がると、猫は急いで何かを見せて来た。
…羽が生えかけの…
……雛鳥だ!
さっき巣の近くでバタバタしたから落ちたんだ!
「おい!テメー聞いてんのか!」
「初心者勇者が!」
「あの…勇者様、これはほんのお礼ですが…」
視界の端に女の子の母親が入ったけど……
ごめん!剣と盾、もうちょっと見てて!
「…えっ?」
猫!お前も行くぞ!
「にゃっはー!」
「え!?勇者様!?」
ギャラリーがざわつくのが聞こえたけど、無視!
僕はもう一度、今度は猫を肩に乗せて、
屋根よりもずっと高い木に手をかけた。
『緊急ミッション を 受注 しました!』
『金欠のショックで良からぬ事でも考えてるのかと思ったぜ…』/○○の冒険奇譚, 第1巻, p.188, 『クリスタル』の武器屋の言葉より抜粋