魔法少女始めます?
夜の闇に紛れ、悪は奔走する。
人よ、夜を闇を恐れよ。
――そこは本来、人の踏み込むところではないのだ。
昼の光ならば、世界を照らし闇を押し込める。
だが夜はその闇に覆われる。
そこに、押し隠された〝モノ〟がその翼を広げる。
抑圧された〝モノ〟が現れる。
だから今宵も悪は、悪を為す。
「きゃ――!」
夜の暗い路地裏に、若い女性の悲鳴が響き渡る。
仕事帰りの女性の前に現れたのは、人と同じ大きさもあるカニだった。
妙に手足の長いカニ、それはタカアシカニにも似ていた。
「かに――!」
カニが女性を威嚇するように、その巨大なハサミを振り上げる。
女性は恐怖に怯えて、その場に力無くへたり込んでしまう。
それも仕方ないのかもしれない。
巨大なカニが何の前触れも無く現れたのだから。
それは魔的な非日常。
――怪異。
普通の人間はまず、抗えない。
そんな女性をカニは両のハサミで捕まえる。掴まれた女性は身動きが取れない。
「かに!かに!」
カニは身動きを封じると、口の辺りから何本もの触手を出す。
「な、何?何をするの……?」
細く透明でウネウネと唸る触手を見て震えた。
悪寒が女性の背筋を奔る。
「かに――!」
触手が女性の身体に絡みつく。
「いや、いや――!」
触手が女性の身体を撫で回す。じっくりと。ねっとりと。執拗に。
しかも触手はべた付いた粘液に塗れていて、それが身体を濡らす。
シャツが肌に張り付き下着を透けさせる。透けたふくらみのある部分を特に丁寧に丹念に触手は這いずる。シャツの中にも入り込んでいく。
「もう、もう止めて……」
生理的な嫌悪感を感じて声を出す。
しかし、触手は止まらない。
足を、ストッキングに包まれた太ももを撫で回していたそれが徐々に、腰を伝い上ってくる。
「あ、ああ……」
女性は身体を震わせる。
しかしそれは嫌悪ばかりでは、いつの間にか無くなっていた。
触手のそれは女性に感じた事の無い快楽を与え始めていた。
「うっ、つ…はああ……やあ……やあ…」
抗いつつも、甘さの混じる吐息を零してしまう。
身体が熱く火照る。
人間では決してできない行為。
それの虜になりつつあった。
頭が朦朧して上手く物事が考えられない。
その隙に触手は大事な所に触れようとする。
まさに――その時であった。
「――止めなさい」
声が空から降ってきた。
女性が朦朧とした意識で最後に見たのは、ゴシックな黒のドレスに身を包んだ少女の姿だった。
音も無く、何処からとも無く少女は地面に降りる。それに合わせて衣装が僅かに揺れる。
艶やかなフリルとリボン。それでいてそのスカートの丈は短く、白く細い太ももを覗かせている。胸元は開き、豊かな双丘が見てとれた。
それでも少女の装いが下卑たものに見えないのは、その雰囲気の為であろう。
腰まで伸びた黒髪と物憂げな瞳、綺麗な顔立ち、細い手足。
それらが少女に浮世離れした雰囲気を与えていた。
「かに!」
最初カニは、自身の楽しみを邪魔されて怒りに満ちた声を上げた。しかし少女を見ると歓喜に震えた。
「かに――!」
そんな上玉の少女を触手で弄びたい。
女性を離すと、無数の触手を伸ばす。
見るからに線の細い少女には、それを退ける事など出来ない筈。
この時のカニみその中身を覗き見てみよう。
少女を捕らえる。先程の女性のように身体を舐め回し、差し入れてその瑞々しい柔肌を、大きな胸を、細い腰を、太ももを粘液塗れにする。
「はっ、ああ、やだ…やめて、おねがい……」
少女が恥ずかしげな、抑えた熱い吐息を零す頃になったら大事な所を突く。
「そこは…だめ…だめなの……んん…ふぁぁぁ――!」
美しい少女のこじ開けられた欲情の姿。
もはや、カニとは思えぬピンクな妄想であった。
このまま少女は思うままに蹂躙されてしまうのか?
触手が迫る!
――だが、その触手が届く事は無かった。
少女が手に持した、不可思議な青白い三日月にも似た刃に切り裂かれたからだ。
「かに!かに!かに!」
予想外の事態にカニは慌てふためいた。
こんなバカな!
何処からか取り出した刃を手にした少女は止まらない。
物憂げな表情を変える事なく、カニに接近すると刃を振り上げた。
「この、腐れ○○○の色情ガ二。永遠に消えなさい――!」
「かに――――!」
甲羅ごと真っ二つとなった。
「終わったわね」
カニを切り裂いた少女は誰にともなく呟く。
女性に近づいて、様子を窺う。
身体は粘液塗れだが、怪我も無いし落ち着いた呼吸を繰り返して気を失っているだけ。これなら病院に連絡をするだけでも大丈夫だろう。
もう一度、カニに近づくとその甲羅に包まれた身体を見る。
綺麗に真っ二つなので、もう息はないだろう。
これどうしようか、と考える。
一応、カニ。
ひとの想い――欲情から生まれたモノだけど。
生ものだし、ほっとけば明日には鳥のエサか。
腐ったら臭そうだ。苦情が出るかもしれない。
持って帰るしかないのかな?
食べる――こんなエロカニは口にもしたくない。
そんな事を考えて、甲羅に触れた時だった。
――カニから白濁とした体液が噴き出した。
汚される少女の身体と衣装。
「――――!」
カニは原型が無くなるまで切り裂かれた。
◇
「おかえり、小夜!」
怪異を収めた少女は、月と星が浮かぶ空を高く飛ぶ。
そこで待っていたのは背中に羽の生えた黒猫。
「ええ、ただいま」
「どうかしたのかい、小夜。なんか不機嫌な顔をしているよ?身体や服もベタベタだし」
「色々あったのよ、聞かないで欲しい」
「そう言うなら聞かないよ」
羽の生えた黒猫――アランポーはそのくりくりとした目を閉じて頷く。
聞き分けのいいマスコットだと思う。こんな事を始めるに至って、必要だという事で意思や知識を与えられた結果ではあるけれど。
そう、自分の口の悪い相棒に比べれば。
「おつかれ――!」
噂をすれば、自分と似たドレス――但し赤い装いの少女が宙を舞ってこちらへと来る。
髪を後ろで結った活動的な少女。そんな彼女にはその赤いドレスが似合っていた。容姿も整っているので猶更である。
「おつかれ、千鶴」
「お疲れ様、千鶴!」
ひとりと一匹が言葉を返す。
この様子だと無事に怪異を刈り取る事ができたのだろう。
「ありがとう、ふたりとも……ってなんか小夜から臭うわね。なんかイカゲソ臭い。どうしたの?」
「聞くな」
「ほほお。これはなんかミスでもしたか?それとも、なんかいやらしい目にでもあったか?野郎にでもコカレたか?」
千鶴のしたり顔。
イラッときた。
「うるさいわよ、あなただっていつかそういう目に遭えばいいのよ。私と同じ格好しているんだから」
「あーまあでも実際、アブナイよね」
千鶴も頷く。
ふたりして改めて見てみるが、この衣装は色々際どい。
いくら――〝魔法少女〟の真似事なんてするにしても。
そう、これは真似事だ。
冗談のような。
本来〝魔女〟である彼女達の。
夜の闇は暗く、そこにはひとの想いを具現化した怪異が――悪が現れる。
それを人々は恐れ、慄く。
だが、忘れてはいけない。
――空には輝く月が、星がある事を。
それが街を明るく照らす。
魔法少女という希望は確かにあるのだ。
連載時からやりたかった企画です!
カニ、触手、魔法少女。
エロしかなかった(笑)
カニ怪人のモデルは繋がりのあるお方より。
すいません、エロ要員で。