それは、夢のように
バレンタイン短編です(笑)
時空列上、無理だったのでこんな形に。
それは、夢のように
「ちょっと小夜、それ火に掛けすぎ!」
「そうなの?」
「火を止めて!」
「分かったわ」
私――虚木小夜は生クリームを入れた鍋を温めるコンロを止める。
二月の初め、私はクラスメイトの時東浅葱の家にお邪魔になっていた。
チョコレートの作り方を教わる為に。
――バレンタイン。
その日は、女の子も男の子も戦争の日だと言う。
そんなイベントは今までの学園生活では、遠巻きに見ているだけで私には無関係なものだった。
――今年になるまでは。
鍋が程よく沸騰したのを見て、刻んだチョコレートを入れる。
「ふーん、小夜って普段コンビニのサンドイッチばかり食べているから、料理は苦手だと思ってたけど、それなりの手際ね」
「まあ、夕食を自分で作る事もあるから。朝は色々あって中々、起きれないのよ」
「そうなんだ」
浅葱が相槌を打つ。
「ところでさ。いきなり押しかけてきて、チョコレートの作り方を教えてくれって言われて、こうして一緒に調理してるけどさ。それはやっぱり、明日のバレンタインにあの子に渡すため?」
「それは、その……」
「みなまで言いなさんなって!小夜、上手くいくといいね!」
「私はただ、その……知ってる男の子はひとりだけだから、渡しておきたいと…思っただけで。浅葱、あなたには渡したいひとはいないの?」
そう言うと、彼女は口笛吹いて答えた。
「今の~あたしには家族しかいないのさ~」
「昔はいたのね」
「秘密~」
浅葱が笑う。
次の日、どこかそわそわとした学園での時間は終わり、放課後の生徒会室で私はそのひとを待っていた。
長机に置かれたイスに座って。
こうしてみると、なんとなくみんなが落ち着かない気持ちも分かる。
とても緊張する。
受け取ってもらえるのか、とか喜んでもらえるのか、とか色々な考えが頭をよぎる。
そうしていると、生徒会室の扉が開いた。
「先輩、遅くなりました!」
生徒会室に入ってきたのは、私の後輩の殻木田順平くん。
「今日は遅かったのね」
「すみません。実はクラスメイトに呼び出されてまして……」
「そう、なんだ。それで、なにか貰ったの?例えばチョコレートとか……」
「どうかしたんですか?」
「え?」
「なんか凄く、悲しい顔してる」
「それは、その……」
私は手に持った包みをイスの後ろに隠すように押しこめる。
「えっと、呼び出しは友達の部活の手伝いですよ。別に誰かに告白とかされていた訳ではないですよな!」
殻木田くんが苦笑しながら答える。
その答えを聞いて私は安堵の溜息を吐いた。
そしてそれからイスから立ち上がると、生徒会室のドアの鍵を閉める。
「え……先輩、どうして鍵を閉めるんですか?」
「それは……誰にも見られたくないから」
そう言ってから、チョコレートの入った包みを差し出す。
「その…これをあなたに……わ、わたしの気持ちだから……!」
緊張で声が震える。心臓の動悸が早くなる。
「……受け取ります。開けてみてもいいですか?」
頷く。
「これ、先輩の手作りですか?」
包みを開いた殻木田くんが言う。
「うん、初めて作ったから自信はないけど……」
殻木田くんはひと欠片チョコを摘まむと、口に頬る。
「美味しいですよ!」
そう言って、柔らかく微笑んでくれる。
「良かった……」
その笑顔を見て、私も笑う。
「俺、お返ししないと」
チョコを全部食べ終えると、殻木田くんは言った。
「殻木田くん……」
私を真っ直ぐに真剣な目で見つめてくる。
気恥しさを覚えて視線を逸らそうとすると、頬に熱を感じた。
私の顔は殻木田くんの手で押さえられて、視線を逸らす事が出来なかった。
彼と目が合う。
「先輩に俺からの気持ちを返します」
次の瞬間、私は彼に強く抱きしめられた。
身体と身体が強く触れ合う。
「……!」
それだけで、私の身体が酷く熱くなった。
今、彼に抱きしめられていると思うだけで。
「俺の気持ち伝わりましたか?」
こくり、と頷く。
「それなら――」
それから、私達はどちらからともなく目を閉じて――
「――!」
目が覚めた。
外から差し込む朝の日差し。
「酷い夢を見たわ……」
誰にともなく呟く。
きっと、寝る前に読んだマンガのせいだと思った。
バレンタインのシーンなんか描いてあるからだ。
大体、アイツは私が夢で見たような気の利いた事なんかしない。
朴念仁で昼行燈でニブチンでバカだから――
私はありったけの苛立ちを込めて、枕を壁に放り投げた。