彼女は凛として咲く花の如く 3
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五月の後半の平日。
その日、あたし達の学校では一年生と二年生の間で合同の球技大会が行われていた。
男女別でグランドを、体育館を往復して競技をこなしていく。
体育館で今、あたしは虚木さんと一緒のチームでバスケの試合をこなし終えたところだった。
「おつかれ様~」
「おつかれ様」
互いに挨拶を交わす。
試合は……まあ、負けたけどいいよね。球技大会自体は楽しむものだし。
クラスメイトとも挨拶を交わす。
「ふう」
虚木さんが溜息を吐いて床に腰を下ろす。でもその顔はやっぱり涼しげだ。
あんまり積極的に動く事はしてなかったもんね。
逆にあたしは結構汗を搔いて、疲れていた。
それなりに試合に燃えたからだ。
荒い呼吸を繰り返す。
これでも中学は陸上部だったんだけどなあ。やめてから体力落ちたかな?
「ちょっと、顔洗ってくるね」
虚木さんとクラスメイトに声を掛けてから、体育館の外の水場に向かった。
体育館を出てふと目に付いたのは、大量のバスケットボールを抱えて運ぶひとりの男子生徒。
ジャージの色からすると一年生だろうか。
さっきボールが足りない事で少し揉めていたから、補充しているのかな。
それにしても――その子は少し抱え込み過ぎじゃない?
今にもバランスを崩してしまわないか、ハラハラして見ていた。
そして案の定、ボールを落としてしまう。
「あ……」
声が響く。
地面に転がるボール。男の子はボールを集めようとするけど、数が多くて持ちきれない。
しゃーないな。
頭を搔いてから、その子に声を掛けた。
「君、手伝うよ」
「すいません!」
ふたりでボールを拾う。
集め終わると、その子はあたしの持っているボールも持とうとした。
あたしは首を振る。
「ひとりでそんなに持つのは無茶だよ。どこまで運べばいいのか教えて。一緒に運ぶよ!」
「ありがとうございます!」
その子が頭を下げる。
その時、頬にある傷に目が付いた。
ボールを運び終えてから聞いてみた。
「どうして、こんなひとりで沢山のボールを運ぼうとしてたの?君は実行委員か何かなのかな?」
「いえ、違います」
きっぱりと首を振る。
「ならどうして?」
「人手が足りないから、手伝って欲しいって友達から頼まれましてね……」
その子は頬の傷を搔きながら答える。
なんだろう。その様子を見て、この子は面倒な事を押し付けられたんじゃないのかなって気もした。実際の所は分からないけど。
ちょっと変な子だと思った。イヤなら断ればいいのに、なんでそうしないんだろう。だからってイジメられている感じもしないしな。
「君、名前はなんていうの?」
気になって聞いてみた。
「一年B組の殻木田順平って言います。本当にありがとうございました!」
また頭を下げてから、その子は去っていった。
ん~一年の殻木田順平?
その名前は確か、どこかで聞いた事があるような。
もしかして前に一度、ウチのクラスに来た?
顔を洗ってから、体育館に戻ると一年生のバスケの試合が始まっていた。
どうやら、経験者同士がぶつかって激しい試合になっているようで飛び出したボールが何度も、見学者の側を掠めていた。
何だろう、少し危険な雰囲気。
そう思っていた時だった。
コートから、かなりの勢いの付いたボールが飛び出した!
そのボールは見学者のひとりの女の子の顔に向かって飛んで――
――その瞬間、誰もが動けなかった。
ボールが飛んできた女の子自体も。
誰もがその子の顔面に、硬いバスケットボールがぶつかる瞬間を想像して固唾を飲んだ。
その時、女の子の前にひとりの男子が――頬に傷のある男の子が飛び出した。
その男の子の顔にボールが当たる。
「っ……」
小さい呻き声の後、顔を押さえる男の子の手の間から血が流れた。
「殻木田くん!」
響く声。
それは――あたしの隣に座っていた虚木さんのもの。
虚木さんが男の子に駆け寄ってから、あたしも周りもようやく動き出した。
先生達や保険委員も寄っていく。けれど、虚木さんは彼の傍を離れようとはしない。
必死な顔をして彼に無事かと声を掛ける、あるいはケガの様子を確認しよとする。
そんなに動揺する彼女を始めて見た。
それを見て思ってしまった。
虚木さんは多分、彼の事を――
その事であたしは思い出した。
殻木田順平――彼は今年の新入生の中でも名前の知られている子だった。
友達やクラスメイトの頼み事を引き受けては、色々な部活やクラスに顔を出して知り合いを作っている事で。
最近はそれが縁で生徒会に出入りしている事も聞いた。
そうだ。それで虚木さんを訪ねてきた事もあったな。
それまで、いくら美人でも性格的に難のある虚木さんに浮いた話が出る事もなかったので、みんな気にも留めなかったんだ。
球技大会の終わった後の放課後。
クラスメイトと別れて校門を出ようとした時、そこであたしは見つけた。
辺りを帰る生徒を見渡しては、誰かを探す虚木さんを。
誰を探しているのか、あたしには分かってしまった。
そんなに心配ならクラスまで行ってみればいいのに。
そうは思うけど、なんとなくそれができない気持ちも分かった。
――とても、もどかしくていじらしい。
「虚木さん」
そんな彼女に声を掛ける。
「あら、何の用かしら?」
あたしを見る。
「見かけたから声を掛けてみた」
「そう」
「お目当ての相手じゃないからって、邪険にしなさんなって!」
「私にお目当ての相手なんていないわよ!」
そう必死に叫んで。
「大体あのバカが悪いのよ。事あるごとにケガして傍にいる他人の気持ちなんかまるで考えてもいないのよ、きっと」
苛立って、心配して。
「可愛い」
恋する女の子は本当に――
「なっ……」
あたしの言葉に彼女は気恥しそうに俯いてしまう。
「好きなんだ、あの子のこと。あたしは何にも言わないし、誰にもこの事は言わない」
そう言ってから、随分と間があってから首を振った。
「その気持ち大事にしなよ~。相手の子、なんか訳ありそうだけど。あ、それは虚木さんも一緒か!」
「何を見てそんな事を言っているのよ、あなたは」
ジト目であたしを睨む。
「ん~、ここしばらく虚木さんを見ていてかな?前にあたしの事を助けてくれた時も偶然って訳じゃなさそうだし」
「……」
彼女は何も言わない。
「別に言いたくなければ、言わなくていいよ。ただあたしはあの夜の事、感謝してる、それに虚木さんはうん、カッコいいって思った!」
「なにそれ?」
「前にお父さんの話したじゃん。お父さんもそうだったと思うのだよね。仕事柄、家族に話せない事もあったと思うし」
お父さんの事は余り覚えていないけれど、仕事の話をしてくれた記憶はない。
けれど、休日にはよく遊んでくれた事は覚えている。
「そんなお父さんに虚木さんは、多分似ているだと思う!」
そう言うと、微かに笑って言ってくれた。
「どうかしらね」
「どうだろうね!」
あたしも笑う。
その時、虚木さんがふと誰かを見る。
そして微笑んだ。
ああ、待ち人が来たようだ。
「今度はあたしとも帰ってよね!〝小夜〟」
小夜の抗議の声を聞きながら、お邪魔虫は退散する事にした。
振り向けば小夜と頬に傷のある少年――殻木田君が向き合って微笑み合っていた。
次回ラストです!