彼女は凛として咲く花の如く 1
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校庭の桜の木の花もすっかり散った、五月の中旬。
午前の授業も大詰めを迎えた四時間目、その授業は――歴史だった。
歴史の先生が緩い事も相まって。みんな割と自由にしていた。
携帯弄ったり、マンガ読んだり。
あ、別に授業崩壊してる訳じゃないよ。みんな一応聞いているし。
先生がひとりの生徒を指名する。
その生徒――古谷千鶴さんはイスを立つと、先生の質問にすらすらと答えていく。
古谷さんの澄んだ声が教室に響く。
その間、他の事をしていた生徒も彼女のその声に、その姿に目を向ける。
目を奪われている、と言ってもいいかもしれない。
なんせ古谷さんは美人だ。
髪を後ろで結い、活動的な印象。顔もいいし、スタイルも整っている。
それだけではなく周囲の生徒には面倒見が良くて、頼もしい。そのうえ学業の成績も良くて、運動も抜群。
いったい、天は何物与えたんだと同性のあたしも思うけど、古谷さんがその事で自慢したりしないので表だって陰口を叩く人もいない。
生徒会の副会長もしていて、色々な生徒に人気もある。
優等生の鏡みたいなひとだ。
なんて言うか、ごく普通な生徒のあたしからすると完璧超人みたいに映る。
彼女はまるで、凛とした朱の色の花のよう。
そんな古谷さんをみんなが見つめる中、あたし――時東浅葱はあるひとに目を向ける。
そのひとは、机に突っ伏して気持ち良さそうに眠っている。
クラスメイトの――虚木小夜さんだ。
彼女だって容姿だけなら、古谷さんには劣らない。長い黒髪に、整った顔立ち。細い手足。スタイルは……バストやヒップなら古谷さんよりも大きいと思う。
彼女が目を覚ます。大きく欠伸をすると、気だるげに辺りを見渡す。
まだ授業中だと分かると、窓の外を退屈そうに見始めた。
その姿は、虚木さんの容姿や物憂げな瞳が手伝って、どこか浮世離れしているように見える。
尤も彼女の場合、本当の意味で浮世離れしてたりする。
まず古谷さんと違って愛想は良くない。クラスメイトが話掛けても、基本答えない。授業は大抵の場合が今みたいに寝ているか、外を見てる。
なんて言うか、あまりひとと関わらないようにしているというか。
理由は分からないけれど。
そんな彼女に一年生の時に、告白した軽い系の男子がいたらしいけど、何を言われたのか、涙をチョチョ切らしながら帰ってきた事は有名な話だった。
そんな彼女がこの学校の生徒会長なのだから、恐ろしい話である。
みんなつい、ノリで選んでしまったというか。
生徒会長の虚木さんと、副会長の古谷さん。
何もしないと評判の虚木さんと、その影でみんなを纏める古谷さん。
容姿の優れた、静と動のふたつの花。
もとい、虚木さんは――怠惰な黒い花のようだった。
授業が終わって昼休みが始ってみんなが動き始めた頃、あたしは虚木さんに声を掛けた。
「虚木さん、一緒にご飯食べよ!」
「は?」
彼女が胡乱げな目であたしを見た。
「前にも言ったけれど、どうしてあなたと食べなければいけないのよ」
そう言うと席を立って、クラスを出て行こうとする。
ここまでは大丈夫。ここ一周間声を掛け始めて、いつもの通り。最初は少し凹んだけど。
けれど今日は、とっておきの秘策がある。
「あたし今、学食の杏仁豆腐の食券二枚持っているんだけど、どうしようかな~」
その言葉に、虚木さんの歩みが止まる。
あたしは知っている。普段、彼女がひとりで昼ご飯を食べている時には必ずコンビニの杏仁豆腐がある。多分、杏仁豆腐が好きなんだと思う。
それからあたし達の学校の杏仁豆腐は凝っていて、美味しいと評判だった。逆を言えば、人気があってなかなか食べられないという事でもあるんだけど。
「そんなの、あなたの好きにすればいいじゃない」
振り返ってあたしを睨む。
よかった、興味はあるようだ。
少し恐いけど、耐える。
「一緒にご飯食べてくれたらあげる!」
そう言って笑い掛けると、観念したように首を振った。
「今回は、あなたの強引さに免じてあげるわ」
やった!
心の中でガッツポーズをする。
お昼時で人が込んでいる学食で、あたしと虚木さんは並んで座って食べる。
同じ杏仁豆腐とあたしのお弁当、虚木さんのコンビニで買ってきたハムのサンドイッチ。
それを見て驚いた。
「虚木さんは、それで足りるの?」
あたしなら、とても足りない。
「別に空腹でなければ、それでいいわ」
最後の一切れを頬張った。
それを見てあたしは、自分のお弁当からタコさんウインナーを箸で掴んで差し出す。
「なによ?」
「はい、あ~ん」
「あなた、何を考えているのよ。こんな人目のあるところでそんな事して。それに欲しいとは言ってないわ」
「女の子同士だしいいじゃん!それに、それで本当に足りてる?」
「それは」
少し、彼女がたじろいだ。
「だからだよ」
「……」
目を伏せて考えた後、摘まれたウインナーを手で取ると口の中に入れた。
「貰うわ。あら――美味しい」
「えへへ、それならよかった。このお弁当、実はあたしが作っているんだよね!」
「そうなの」
「うん。ウチはお母さんと弟の三人で暮らしていて、お母さんが仕事で働いていて忙しいから、あたしがみんなの分も作ってる!」
虚木さんはあたしの家族に対して、特に何も言わない。
別に何を言われても思う事も無いけど、それでも何も言わない彼女に好感を持った。
「お父さんは警察官で、あたしが小さい頃に殉職したらしいんだけどね。お母さんはそう言ってた」
彼女は黙ってあたしの話を聞いてくれる。
「お父さんの事はあんまり覚えていないけれど尊敬はしてるし、あたしは家族の事が好きだよ」
「それはいい事ね」
そう言って、今度は杏仁豆腐を食べ始めた。
最初はゆっくり食べていたけれど、段々と夢中になっていくのが分かった。
それを見てあたしは思った。
虚木さんって、本当は結構色々な表情があるんじゃないのかなって。
「ご馳走様。美味しかったわ」
杏仁豆腐を食べ終えた彼女が席を立つ。
「あ、待って!」
あたしも急いで食べて、その後を追う。
「どうして、あなたは私に付き纏うのかしら?」
虚木さんを追いかけて歩く廊下で、彼女は振り返る事もなく言う。
「それは――まずお礼を言いたかったからかな。少し前に通り魔から助けてもらったし」
「ああ、あの事なら気にしなくていいわ」
事もなさげに答える。
「でも、でもやっぱり言わないと!その……ありがとう!あの時、虚木さんが来てくれなかったら、あたし今頃どうなっていたか……だからって訳じゃないけど、虚木さんとは友達になりたいって思ったし……」
頭を下げるあたしを見て、虚木さんは――
「なんて面倒」
――そう呟いた。
「最近、こんな変わったヤツにばかりに出会う気がする」
溜息を吐く。
それがあたし以外の誰を指しているのか分からないけれど、そんな彼女の口元は僅かに笑っている気がした。
それを見て、やっぱり友達になりたいと思った。
コレは虚空なのか、と思うほど平和(笑)




