青き炎 ― 咲き誇る命 ― / prototype 1
人類に致命的な破滅を引き起こし、なおも厄災をまき散らす人工知能群。
人工知能であることを捨てて、人間として再臨することを選んだ機械達。
限りなく人に近い、でも、厳密には人ではない2種の知性達の、
葛藤と相克を通じ、生と死について向き合うことで、
人生のすばらしさ、生きることの喜びを謳う一連の作品群「青き炎」
七日目の夜を越え、命は遂に、咲き誇る。
僕の父さんは、唐突に居なくなってしまった。
笑顔で、僕を都会へ送り出したはずなのに。
その少し前、僕は突然、気を失って倒れた。目が覚めたとき、母さんは泣いてた。僕は、本当に死ぬところだったらしい。父さんは、なんでもないよって言ってくれたけれど、すごくすごく、僕の事を心配してくれていたのは確かだ。倒れてから目が覚めたのは翌朝だったけれど、僕のことを助けてくれる人をもう見つけてくれていた。
死ぬようなことになっていたなんて、実感がなかった。目が覚めたときには何ともなかったし、母さんの作ってくれた朝ごはんはやっぱり美味しかった。だから、ごちそうさまを言う頃には、父がてきぱきと荷造りを済ませているのが不思議だった。
「<トワ>って聞いたことあるだろ? この星で一番おおきな街だ。そこに俺の親友がいる。こんなときに一番頼りになるヤツだ。その人を訪ねて、この手紙を渡すんだ。いいか、おまえが渡すんだぞ? 大丈夫だ、エイデン。お前は大丈夫。」
父さんの真剣ぶりに、何か大きなことが起こっているのが伝わってきたけれど、それが何なのか分からず。僕は怖かった。僕は死ぬのかと、尋ねた。父は少しだけ沈黙したあと、こう答えた。
「そりゃあ、誰だっていつか死ぬさ。俺だってな。それが今じゃないように、やれることをやるのさ。」
まるで、最後の別れのような。たまらない不安に押しつぶされそうで。僕は父さんにしがみついた。優しく抱き締めてくれた父が、優しい声でこう言った。
「寂しいときは、俺がいつも言ってたことを思い出してくれ。人は、自分が想う場所に居られる生き物だ。たとえ、身体がそこになくとも。父ちゃんはいつでもお前を想うよ。」
僕と母さんが旅立つ前、僕たちを抱きしめて父さんが泣いた。泣かないで、と言う母さんが一番ないてた。僕も訳が分からず泣いた。
鼻をすすりながら、父さんが言った。
「なぁに。これでお別れってわけじゃない。俺もすぐ、行くからよ。」
僕と母さんは、心からそれを信じていた。これでさよならなんて訳がないって。
それが、僕と父さんの最期の別れだった。
◆◇◆◇◆
僕が生まれる前の年に、大きな厄災があった。宇宙の彼方から、天使や悪魔の大群が押し寄せるように降ってきて、善行と悪行の限りを尽くし、人々はその足元でただただ絶望するしかなかった。無力に翻弄されるまま、全てが終わろうとしていたとき、純白の輝きを纏った竜が大地を割って現れて、力の限りの咆哮を挙げた。
抗え。その竜の叫びに応えた勇敢な戦士たちを束ね、落ちてくる太陽を貫き、七日目の夜を取り戻した伝説の英雄。青き炎の再来。リアン・ノア・アストア。
そんな凄い人が僕の父さん。でも、ピンと来なかった。凶悪な人食い熊よりもずっと怖い人だったという人もいたけれど、僕にとっては食べては寝てを繰り返すのんびり屋で、ときどき忘れ物のお弁当を学校に届けてくれたりする、やさしい森の熊さんみたいな人だった。
母さんに連れられてやってきたのは、故郷では見たこともないような大きな病院。この星で一番の凄腕と評判のお医者さんが、父さんの言う頼れる親友だった。
手紙を読んだ先生は、しばらく目を瞑っていた。耐えがたいなにかを抑えている。悲しそうな表情だった。そして、父さんの失踪を聞かされた。
◆◇◆◇◆
地を割って現れた創生竜が叫び声をあげた時から、人類は変わってしまった。魂と引き換えに奇跡を引き起こすとされる未知の力、青き炎を宿したことによって。僕はあの戦争の後に生まれた最初の世代。生まれたときから青き炎を発現する可能性を持つ最初の世代。青き炎の顕現によって、人類が何を失い、何を得たのか。その研究の先駆者が、父が合わせてくれた「一番頼りになるヤツ」だということを知るのはそのずいぶん後の話だった。
◆◇◆◇◆
青き炎を制御できず、身体がちぎれたり、腐り堕ちたり、焼け焦げたり。凄惨な運命をたどる人は、あの厄災の後も尽きることがなかった。何もせず、ごろごろしているだけに見えた父が、見えないところでそうした青き炎の業火に苦しむ人たちを救う活動を続けていたことを知るのは、そのもっと先だった。
父さんに心救われた人たちに、僕の心も救われるようになった。
◆◇◆◇◆
弾丸の残りは僅か。推進剤も残りすくない。青き炎の行使による負荷を薬理的に軽減し、より効率よく力を発現する鎧の加護を得ても、そう長くは動けないだろう。
すでに、僕たちの勝ちなのは確かだけど、もう、みんなのところに帰る力もない。
すでにここは崩壊を始めている。空の上に浮かぶ裁きの城なんて、なんで作るかなぁ。本当にいい迷惑だったよ。壊したと思ったら、落下先は僕の故郷の真上ときている。あーあ、母さんのお墓までぺしゃんこかよ。まぁいいか。皆一緒に納まるお墓ができると思えば。あはは。
何かができると思って、僕も、誰か尊い人達のようにできると信じて。自分を殺し、他人を殺し、突き進んだ結果がこのザマだ。それがこんなに空しい結果に終わるなんて。こんなことなら、もっと・・・。
あれ、もっと、どうしたかったんだろう。僕は、どう在りたかったんだろう。
脳裏にふと、語りかける声があった。ながらく感じられなかった。父さんの声。
◆◇◆◇◆
「人はいつか死ぬ。それが父さんだって、僕だって、同じこと。」
「そうだな、そして?」
「残された時間が辛うじてある。どうあるかは自由。」
「そうだな、エイデン。父ちゃんもそうだった。お前は、どうありたい?」
「んー・・・。」
まるで現実感がない。身体は瓦礫の山から動いてないはずなのに。もっと別の場所に居るような。
「父さん、言ってたよね。人は自分の想う場所に居られる生き物だって。もしそうだったらなぁ。」
本当に、僕が居たかった場所、か。
「父さんが居て、母さんが居て、ご飯がおいしくてさ。山があって、川があって、空気は冷たいけど美味しくて。朝日も夕焼けも、星空も、みんな綺麗で。何もかも素敵だとおもえたころに居たいなぁ。」
「ああ、父ちゃんもそうだ。エイデン、お前はそこに行けないのかい?」
「うーん。たとえ戻れたとしてもさ、ほら。酷いことも辛いこともあってさ。単に見えてないだけで、世界って実はあんまりにも残酷な世界じゃないか。それを知って今更、世界のことを好きだなんて言ったら、罰が当たるんじゃないかなぁ。」
城の崩落がいよいよ致命的になってきた。身体を揺さぶった激震の程度から考えて、おそらくもう、城の姿を保っていないだろう。大気圏に突入しつつある僕らは、地上からは流れ星か何かに見えるのかな。それとも。
「なぁ、エイデン。どんな経緯でこの城が建造されたにしてもさ。その流れ星が落ちた結果、母さんの墓までぺしゃんこになっちゃうとしてもさ。」
現実感が本当にない。肉声を聞いているかのような感覚に目線を上げると、僕が身に着けている鎧によく似た甲冑を纏った長身の騎士の後ろ姿があった。
これは確か、オリジナルの竜装甲冑・・・。解散されたはずの金剛騎士団の刻印。団長の記章。僕は、死んだのかな。心臓が期待感で鼓動を立てている。
「それでも、父ちゃんはこの世界のこと、とても好きだぞ。深いこと考えなけりゃ、流れ星はきれいなもんじゃんか。」
振り向いた騎士は、あの日、あの時、最期の日にみた父のままの顔で、心からの微笑みを浮かべていた。
「だからな、エイデン。もっと笑え」
立ち上がれない僕のとなりに、かがみこんで、父は僕のほっぺたを引っ張った。笑みの形になるように。
「あ――――」
後のことは、何も覚えていない。世界が真っ白になって。ただただ、泣き叫んでいたように思う。
感謝したくてたまらなかった。目をそむけたくなるような残酷さがあるから、本当に心から世界の在りように感謝できる。世界のすべてを見たとは思わない。いつだって、僕たちは世界の壁を超えてきたのだから。もっとひどい地獄があるだろうし、もっと輝く景色もあるに違いない。いつだって、想像の限界を超えるこの世界に。それを教えてくれたすべてのめぐり逢いに。
ありがとう・・・。
◆◇◆◇◆
その後の僕は、ずいぶん長いこと昏睡状態にあったらしい。目が覚めたら、僕は父さんと同じように青き炎を纏って、あの天空要塞を押し返したんだと聞かされた。それは本当に僕がやったのかな。実際のところ、お父さんが全部やってくれたような気がする。思い返すと、父さんも似たようなことを言っていたっけ。実はアレ、俺がやったわけじゃないんだって。似合わないウィンクしてた。
気が付くと僕も、父さんと同じように、誰かに恩返しをして今は暮らしてる。世界に感謝できるようになったきっかけを誰かにもらえたこと。その喜びを、別の誰かに伝えていく旅。
父さんみたいに、素敵なお嫁さんはまだできないけれど。いつかその日が来たら、そうなることもあるのかな。
父さん、僕はもう、何も怖くない。人は、自分の知る世界の外を願うとき、少し強くなれんだね。
世界は一つ。
全き一つ。
なにか一つでも余計なものと線引きして隔てたときから、世界を愛せなくなって。
残酷なこの世界を生き抜くのは、線引きして隔てた先を願うことから始まります。
肯定するためでも、否定するためでもなく、ただただ、自分の本心からの願いと向き合うためにです。
世界は貴方、貴方は世界。
有るがままの自分と十分に向き合ったときに、本当に希っていた世界にたどり着く喜び。
それが本当の感謝の始まりだと、私は思っています。