#0006_数の概念と数字の概念_01
1章開始です。
まさかの女の子に転生してから3年ほどが経過した。
いやまぁ、魔界のお姫様という経済的にも立場的にも大変恵まれた環境に転生したのだから文句など言うべきではないのかもしれないが。
スタートラインから勝ち組確定の財力チートな転生なのは間違いないのかもしれないが。
それでも一つだけ言いたい。これだけは言わせて欲しい。
せめて性別くらいは合わせてほしかった、と。
心は男、身体は美幼女という葛藤もありはしたが、それよりも残ったままの生前の自意識の方が問題だった。
なんせ自我として既に会話が聞き取れてしまい、答えようと思えば全ての問いかけに答えられてしまうのだ。
もちろん声帯がまだ未発達な幼女の身体であるから、0歳の頃はあーとか、うーとかしか発音できないのだけれど、半年も経てばぶっちゃけ普通に喋れるようになっていた。
試しに1歳になる手前で「ちちうえ、ははうえ、じーや」を発音してみたら、そりゃぁもう大騒ぎだったよ。
奇跡の天才児扱い。城を挙げての大祝賀パーティが開催されるほどの大騒ぎだった。
頼むからそんな事で国民の皆様の税金を浪費しないであげてくれ!と言いたくなったのをぐっと堪えましたよ、ええ。
正直失敗したなとも思ったが、これはこれで悪い事ばかりではなかった。
1歳にも満たず言葉を発した俺に英才教育を施そうと考えたのか、両親はこの頃から早速本を読み聞かせてくれるようになったのだ。
これが相当にラッキーだった。
当初は「前世の記憶」というある種の利点かつ欠点とも言える要素を内包した面倒な存在になったものだと思っていたのだが、どうも俺には「言語に纏わるチート」があるっぽい。
あらゆる「言語」がすべて自意識の言語、つまり日本語として脳内で自動で変換されているっぽいのだ。
ぽいぽい言ってるのは、まだ俺自身半信半疑な点が多いからなので今は大目に見て欲しい。
んで、本を数冊読み聞かせて貰っているうちに、ある日突然「普通に読める」ようになったのだ。
この身体が超天才頭脳搭載というハイスペックロリボディという可能性も考えたけれど、あまりにも突然「読めた」ので、あぁこれは人外の力働いてる気がするなーと結論付けた。
とはいっても「読める」だけであって、実は「理解」はできていない。
簡単に言えば「おっぱい」という言葉は読めるし発音もできるのに「おっぱい」が何を示す言葉なのかが「理解」は出来ていないわけだ。
プログラムでいえば、命令語は覚えているけど各単語の機能を知らない様な物だね。
それでは使い物にならないわけで。
むしろこのチートややこしいな!とも思ったけど、生きる上で言語の理解は絶対に必須だ……って事で結局は只管に本を読み続ける生活がスタートした。
2歳になる頃には自分一人で本を読み理解する事も出来るようになっていたし、3歳になる現在では 完全に「趣味:読書」のクレイジーな幼女として仕上がってしまっている。
外で遊ぶでもなく、女の子らしくママゴトをするでもなく、ただ日々城の図書室にある本を端から順番に読み続ける幼女。
王宮という場所柄、貴重な「本」というものが大量に保管されていたのも幸いだった。いやむしろ、そのせいでこうなった気もするけど。
自分でもお姫様としてコレは駄目だなぁと思ってはいたのだけど、知らない世界の歴史や伝記を読むのはとても楽しかったのだ。
更に言えば、この世界には案の定「魔法」というものが存在している。
そして王室ともなるとその魔法に関する蔵書の数もそりゃーたんまりあるわけだ。
なればこそ、今からその基礎知識を叩き込んでおいて頃合を見て魔法で無双したい!って思うのは自然な事だろう?
そんな個人的趣向に加えて、魔法に用いられる「ルーン」という言語というか概念?みたいなものもチートによって読みと……れない事が判明したから、これは完全にゼロから勉強をする事になった。
ぶっちゃけ未知の言語すぎて未だに良く分かっていない。
そもそもこれは「言語」という括りとは何か違う気もする。
まぁルーンの話はまた今度に。
で。そんな本の虫生活を続けすぎて子供らしく運動をしない俺を心配したのか、今年からは爺やとの剣術の稽古もさせられる事になってしまった。
「この程度で音を上げていては良き王になれませぬぞ!さぁもう100本です!」
爺や、普段超やさしいのに剣の事になるとめっちゃスパルタなんだよ。
いくらなんでも3歳児に剣の素振り100本は時期尚早じゃない?
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そんなこんなで4歳になった頃。
俺はこの世界の言語において一つ「未発達だなー」と感じている部分があった。
最初に覚えた魔族が使う言語はいわゆる「共通言語」という世界で最も普及している言語だ。
だがこの世界には他にも多様な言語が存在している。
・共通言語
・獣亜人語
・竜種言語
・ルーン
大きく分けてこの4種類。
その全ての言語の書物に触れて分かった事がある。
この世界にはまだ「数字」の概念が登場していない。
数すらも全て「文字列」というか「単語」で記述している為に、いわゆる公的な書類も文字だらけで可読性が著しく低いのである。
例えるなら帳簿に、
・2000年の税金は1,000,000円です。
という記述があったとしよう。
それが現状どの種族の言葉であっても、
・Two thousand年の税金はOne million円です。
って書かれているのを想像してみてくれ。
これがより細かい数字、つまり2195年とか1,539,852円とかになると、Two hundred ninety- five……みたく例えを書くのも面倒な記述になるわけだ。
将来自分が触れるであろうお国の帳簿とか書類がこんな状況なのは、元システム屋として見過ごせない。
というか今後生きていく上で面倒くさすぎて嫌だ。
なので俺は、この国というかこの世界に「アラビア数字」を持ち込んでみる事にした。
正直懸念はあった。
たかだが4歳の子供が、いくら頭がいいと持てはやされているとはいえ「新たな言語の概念」を突きつけてくるのだ。
出る杭は打たれる日本で育った者の心理として、これが後にどんな不和を、悪影響を及ぼすか分からない。
かなり悩んだ……正直その日の夕食は余り喉を通らなかったくらいだ。
でも次の日の朝には「まぁやらずに後悔するよりやって後悔しよう」とトイレの中割り切れていたので、両親が事務仕事をしている時間に書斎へと赴いていた。
たぶんウンコと一緒に懸念も流れて言ったのだと思う。
「父上、母上、折り入ってお話がございます」
もはや4歳児らしからぬ畏まった言葉遣いで、俺は異世界で始めてのプレゼンテーションに挑む事にした。