#0002_そして異世界へ_01
目が覚めると、そこは雲の上だった。
周囲には何もない。地平線の彼方まで広がる雲の上に俺は座っている。
澄み切った青空には鳥すら飛んでいない。
とても静かな世界。
だが静寂という感じではなく、時折優しい風が身体を撫でるように通り過ぎていく。
「ああ。死後の世界ってこんなんなのね」
これを夢だ! と思うには色々と無理がありそうだった。
手には確かな感触があるし、試しに頬を叩いてみると結構痛い。
この感じは明晰夢とかでも絶対に感じない「リアル」な痛みだ。
もしかしたら俺が倒れた後で新種の不治の病である事が発覚してそのまま貴重な検体として脳みそに電極挿されて「仮想空間で生きていると錯覚させられている冷凍保存状態」みたいなSF展開に突入した可能性も2バイトくらいは存在するかもしれないけど、まぁ普通に考えてそんなわけがない。
つまるところ俺はあのまま死んだのだろう。
クソ上司の顔面に全力で倒れこんだから打ち所が悪かったのか、それとも案の定、過労死したのか。
「……そうかー、まぁ最後に一矢は報いたかなぁ」
死という明確な終りを突きつけられているにも関らず、割と落ち着いてるなと思ってしまう。
生まれてきた意味や答えなんて何も出なかった人生だったが、まぁ存外そんなもんなのかなと思う。
プログラムじゃあるまいし、絶対の答えなんてないだろうからなぁ。
後ろ向きだなぁ、俺。
いや、むしろ前向きなのかな?
死による開放! 俺はついに自由だ! SO!フリーダム!
とか無理やりテンション上げてみたけど、変な宗教みたいだからやめておいた。
うーん、いざ自由の身になっても特にやる事も無い。
しばらくボーっと空を眺めたり、座り込んで足元の雲?を弄ったりして遊ぶ事にする。
雲っぽい地面は、なんていうか硬めの高反発素材の上に居るみたいな感触だ。
つまんで引っ張ってみると千切る事が出来たので、試しに雲を食べてみる。
まぁ死んでいるんだし腹を下すなんてこともないだろ。
もきゅもきゅ。
ふむ、味の無い固めの綿菓子っぽい。美味くも不味くもねぇな。
メープルシロップとかあると結構イケる食感ではある。
「えぇっ……境界の雲を千切って食べる人、始めて見ました……」
唐突に声がした、女性の声だ。
キョロキョロと左右に首を振っても姿は見当たらない。
という事は後ろ側だろうか?とそのまま後ろに倒れこむと―――
―――そこにはマジで天使がいた。
今日びセクシー系のコスプレイヤーさんでもそんな煽情的な恰好はしないというレベルのスッケスケの白い布?1枚を纏った、背中に複数枚の翼を携えた金髪巨乳の美女が立っていた。
しばし何も考えず天使さん?の方を眺めている。
いや、今俺の脳内はその豊満なバストの事でいっぱいになっている。
何だその乳はぁ!?
白い布1枚纏っているだけだから完全に色々透けてんじゃねぇか!
揉むぞこんちくしょう!
思考と当時に寝転がったままガッ!と両手を延ばしてワキワキし始める。
「お望みでしたら今すぐ地獄に落としますが」
「ごめんなさい」
天使さんはどうやら揉まれるのが嫌らしい。
だが、その拒絶の動きさえもがイヤラシイ。
否。イヤラシイのは俺か。ほんとごめんなさい。
流石に地獄には落とされたくないので、少し深呼吸をして落ち着くことにしよう。
どうもココに来てからというもの、変なテンションがずっと続いている気がする。
躁鬱みたいというか、ハイテンションとローテンションが交互に来る感じだ。
大きく息を吸い、大きく、ゆっくりと、吐く。
それを何度か繰り返すと、よかった、大分落ち着いてきた。
冷静になってくると、先ほどまでのテンションがちょっと恥ずかしくなってくる。
いい加減寝ころんだまま天使さんを凝視しているのも宜しくないので、俺は身体を起こして立ち上がる。
振り返って向かい合った天使さんは俺と同じくらいの背丈だった。
なんにせよ、まずは俺の現状を正確に把握したい。
目の前にはその辺を説明しに来てくれたと思わしき天使っぽい美人が居るのだ。
彼女の話をちゃんと聞こうじゃないか。
そういえばナースの事を白衣の天使って言うけど、ガチの白衣の天使を目にすると「自惚れるなナースさん達! マジもんはもっと凄いぞ!」って教えてあげたくなるね。
好きだけどね、ナース服。
お医者さんプレイとかちょっと憧れるバブ味がある。
……だめだ。また思考がとっちらかってきた。
生前先輩にも言われただろう? 人の話はちゃんと集中して聞け、と。
まぁあの時は20連勤で頭が回ってなかっただけなんだけどさ。
先輩、元気にしてっかなぁ。
「……落ち着かれた様ですし、そろそろ話を始めてもよろしいですか?」
「すみません、落ち着きましたので色々説明してもらえると助かります」
俺は言って、深々とお辞儀をする。
そんな姿に釣られてか、天使さんも「あ、ごていねいにどうも」とお辞儀を返してくれる。
ククク……かかったな天使さん。
その格好でそのポーズをすると必然的に胸が内側に寄せられて、柔らかくも弾力のある谷間がコチラを向くという事を知らないのだろう?
そう、全てが俺の計算通り!
システム屋をやっていた俺にとってこの程度の計算など朝飯前よ!
「一つ、忠告しておきますと」
唐突に天使さんが、お辞儀をしたままで口を開く。
「心の声は、全て聞こえていますよ?」
姿勢を戻し、ゆっくりと持ち上げられた顔には万遍の笑みが浮かべられていた。
これはブチギレている人の笑顔だ!