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味方だからって安全とは限らないのです


「ふむ、どうやらいないようだな、サッカー部のエースストライカー様は。選挙の投票にでも行ってるのかもしれん。庶民の鏡だ!」

「未成年には選挙権がないですから明らかにそれは違うです!」


 ようやく辿り着いた学校の校庭ではサッカー部が青春に汗を流していたが、部長として部を引っ張る裕也の姿がなかった。


「なぁ、もちろん生きてる人間に話しかけることは出来ないんだよな? ナンパは出来ないけど覗きはし放題だろ?」

「ナンパは場合によっては出来ないこともないです。霊を見えちゃう方が世の中には存在しますので。でもでも、覗きは出来てもしちゃダメです!」


「えー、覗きダメなのー? 発車間際の電車に走って乗り込もうとしたのに目の前でドアが閉まっちゃう瞬間とか、自分の眼鏡を探している人がすでに眼鏡をかけていることに気付く瞬間とかを覗き見したいのに」

「それは見てみたい気もするですけど、世間で言う覗きとちょっと違うです!」


「女にモテる木崎の恥ずかしい瞬間も覗き見して、みんなに教えて幻滅させてやりたいもんだ。校内をぶらついてりゃいるかな? ついて来てね、エナちゃん」


 勝手知ったる学び舎、堂々と校舎へ進入した。


「部活に出てないってことは、まだ教室にいるか、生徒会の仕事でもしてるか、校舎裏に呼び出されて告白でもされてるか、たまごっちを家に忘れたから面倒見るために帰ったか、セーラー服がどうしても着たくて誰かのをこっそり拝借して試着してるかのどれかだな」


「選択肢ありすぎです! てか、最後はどう考えても郁斗さんのことです!」


 セーラー服姿の変態を見てエナはそう言った。


「一番ありそうなのが生徒会の仕事だから、とりあえず生徒会室でも向かおう。いなかったらカミソリ入れた封筒を送りつけてやる!」

「まだ確認もしていないのに逆切れ&逆恨みする気満々ですね!」


「二枚のカミソリの間に十円玉を挟んでテープで止めておけば、怪我を負ったときに傷の幅が狭くて皮膚が再生しにくいからいつまでも痕が残るぜ!」

「どうでもいい豆知識、一応メモっておきますです!」


 本当にどうでもいい会話をしながら廊下を進み、階段を上り、角を曲がって二人は三階の廊下に出た。


「予想通り。いたな、木崎が」


 廊下の先、生徒会室のドアの前で、一年らしい女子生徒と話をしている裕也の姿があった。爽やかな笑顔全開で話しかけられ、女の子は頬を紅く染めている。


「ふむ。今の感情を東証株価指数(TOPIX)で表すと、十二・〇三ポイント高の一五二九・六七ポイントで最高値を記録してます」


「感情をTOPIXで表せるですか!? 今がどういう感情かはわからないですけど、尊敬です!」


「ふっ、俺くらいの社会派ともなれば何でもTOPIXで表せるのさ。ちなみに、ホントにモテやがるなあいつ、って嫉妬の炎がめらめらと燃えている心境だ」


 要するに、裕也が後輩の女の子に惚れられているのが気に食わないらしい。


「まぁいい。あいつが木崎だ、エナちゃん。今すぐ匂いを覚えろ!」

「弱酸性が強い匂いです! よくわかんないですけど!」

「うむ、言われた俺もよくわからないな。とにかく、慌てず慎重に行けよ」

「はいです!」


 見れば、裕也と女の子の会話が終わったようで、女の子は生徒会室へ、裕也は廊下の向こう側へと歩き始めていた。

 元気良く返事したエナは、慎重にと言われたのをあっさり忘れて走り始めていた。


「馬鹿、慌てるなって言ったばっかりだろ!」


 郁斗の声はエナに届いていないようだった。代わりに、「ん?」とばかりに裕也が振り返るのだから郁斗は驚かずにいられない。死者の声に裕也が反応するのはどう考えてもおかしい。


「えっ!?」

 エナもその不自然さに気づいたようだった。


 だからだろうか、何もないところで転ぶという技を標準装備している間抜けな死神少女は、自分の足に自分の足を引っ掛けるという超絶高等技術を披露して見せた。見事なヘッドスライディングで廊下に身体を叩き付ける。


「はうっ!」


 その手からすっぽ抜けた大鎌が、実に都合良く郁斗目掛けて飛んでいった。

「まぢっすか!?」


 突込みを入れる暇はあっても、避ける暇はなかった。思わず目を瞑った郁斗の耳元で、すこっ、っと小気味いい音がした。痛みがどこにも襲ってきていないことを確認してから、郁斗は恐る恐る目を開ける。


「うむ、実に切れ味が良さそうな鎌ですこと。でも、お願いだからそんな近くでまじまじとぎらつく刃の輝きを見せ付けないで……」 


 顔を僅かに反れて壁に突き刺さった大鎌に郁斗はお願いした。


「あわわわ、だ、大丈夫ですか!?」

 どこまでもドジな死神が慌てて駆け寄った。


「一つだけ聞きたいんだが、一度死んで魂だけの存在となった状態で死神の大ガマで斬り付けられたらどうなるんだろうか?」

「……そこは聞かないほうが身のためです……。大人なら、聞かないでおくべきだって察してください……」


 目を逸らしつつ、エナは答えた。


「そうだよね、うん、そうしよう。家の真下の地面に不発弾が埋まってるとしても、知らなければ怖くないしな。手術成功率とか、出来れば表さないでくれていたほうが怖くないもんな」


 そんな風にして郁斗は自分を納得させた。そこへ、話しかけてくる人がいた。


「あの、大丈夫? 確か七海君だよね?」


「いえ、僕は名無しの家無き子です。同情するなら賃貸物件の契約に際してつつがなく連帯保証人になってください。続柄は携帯メモリ登録番号132で。あ、ごめん、いま見栄張った! そんなにたくさん友達いません!」


 不意に声をかけられて、郁斗はとっさにそう答えた。答えてから、相手が裕也であるに気付く。


「エナちゃん、エナちゃん。僕らのチャームポイントである、生きてる人間には見えないって設定、この人無視してるよぉ。裸の王様を見て見ぬ振り出来ない人だよぉ」


「えとえと、おそらくさっき話してた霊が見えちゃう人みたいです……。どうぞ、ナンパしてくださいです!」

「あ、そう? んじゃ、お言葉に甘えて口説き落としちゃおっかな、って男じゃん!」


 予想外な展開に動揺しているのか、乗り突っ込みにも切れが無かった。


「生きてる人間には見えないって……? ……死んでるってこと?」


「あ、こっちの話だから首を突っ込まないで。大人なら、聞かないでおくべきだって察して、腫れ物に触るような扱いでよろしく。てか、ぶっちゃけ面倒だから、今がチャンスってことにしちゃって殺っちゃおう、エナちゃん!」

「えとえと、は、はいです!」


 物騒な言葉に反応にしたのは死神少女だけじゃなかった。


「殺っちゃえって、僕を!?」


 大鎌を見てギョッとしながら裏返った声をあげた裕也は、エナが立ったのを目にして、慌てて二、三歩離れ、勢いをつけて走り出した。


「追え、エナちゃん! 走り去る電車に次の駅で追いつくぐらいの意気込みで!」


 命令するまでもなかった。逃げる裕也を、エナはすぐさま追った。

 それを見て、郁斗も二人の背中を目指して走り出す。


「こっちの姿が見えてるんじゃ、やりずらくてしょうがないな! マジックミラーだと思って舌を出して見たら、ただのガラスで相手にもろ見られた、みたいな!」


 文句を口にしたところで、前方の二人が曲がり角を曲がって視界から消えた。


「はうっ!」

「転んだな! 転んだろ、今の声は!」


 聞き覚えのある叫び声が姿の消えた曲がり角の先から聞こえ、郁斗は急いで廊下を駆け抜けた。


「あぅー…階段を踏み外しちゃいましたです……」

 廊下の角を曲がると、案の定、階段下で腰を擦りながら郁斗を見上げる間抜けな死神の姿があった。


「あー、うん、階段を落ちた衝撃で眼鏡がしっかりとずれてるところはドジっ子評価の加点に値するね」

 責める言葉を口に出せず、郁斗はそうコメントした。


「でもあれだ、涙は枯れ果てるそうだが、溜め息がそうじゃないって今知ったよ」

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