気合を入れる掛け声は「おいおい、えー?」です
「裕也さんの魂を取りに行く前に、簡単に死神の仕事について説明しますです」
沈む郁斗をなだめすかして元気を取り戻させるのには、実に五分もの時を費やした。
「人はやがては死ぬ生き物です。死んでしまったら、魂は死神によって回収されて天界に返還されるのが決まりになってますです。そこで魂を浄化して、また新たな命に魂を吹き込むわけです」
「リサイクルか。地球に優しそうな感じがしないでもないな」
「天界には死ぬべき人間さんの個人情報と死期が記された『死者の書』というものがあるです。寿命切れだったり、病気や不幸な事故で死ぬべき定めの人たちがその対象です」
「んじゃあれか? 木崎は事故か何かで死ぬべき定めだからエナが来たってわけか?」
「いえ、そうではないです。死ぬべき人間さんは他にもいるです。例えば、将来、国家転覆を狙ったり戦争勃発を引き起こしかねない人間さんがそれです。要するに、人間界に害しかない人たちです」
ふむふむ、と郁斗は頷く。
「エナ、いつもは寿命で死に掛かってる人や身動きの出来ない人間さんがリストアップされてる『死者の書』を選んで仕事をこなしていたですけど、今回に限っては今までの失敗で得た汚名を返上するために、身体の自由が利いて、なおかつ死ななきゃならないランクが高い人間さんがリストアップされてる『死者の書』を選んで持ってきたです!」
「……また余計なことを……」
郁斗は頭を抱えた。この短い時間で、郁斗はエナがどんな死神であるかを把握していた。
ドジっ子。
彼女を一言で言い表すなら、これ以上適した表現はない。何かをしようと行動を起こせば、どこでどうすればそうなるのか原理不明な原因によって必ず失敗に終わる。
それが極めて致命的な場面でも、いや、極めて致命的な場面だからこそ、ここぞとばかりに躊躇なくドジを踏む。それがエナという死神少女だろう。じゃなきゃ、死を司る死神ともあろうものが殺す人間を間違えるはずもない。
そんな死神が、わざわざ難易度の高い仕事を選んだらどうなるのか、やる前から目に見えているようなものだった。
「……まぁいい。俺が常に傍にいて目を光らせていれば、どうにかなるだろう……」
やる気満々な少女を説得するほうが骨が折れそうで、希望的観測にすがった。
気を取り直して、大きく頷いてから郁斗は言った。
「木崎がそっち側の人間ってことはわからないでもない。あいつは優秀すぎるほどに優秀だかんな。頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗、人柄もよく誰からも好かれるから統率者向きだ。そんな人間は、いい方向に転んでも悪い方向に転んでも人の上に立つ。今はいい方向に向かってるみたいだが、将来は方向転換でもして害を成す人間に変わるんだろう」
「そうです! だから今のうちにエナが魂を回収しちゃうです!」
「んで、具体的な手順とかはあるのか? コップにミルクを先に注いでからドリップコーヒーを注いだほうがミルクの味を損なわずに済み、円やかな味わいになるとかって学術的証明がなされた感じの手順」
「死神は仕事をするに当たって大ガマを支給されますです。これで肉体と魂の繋ぎ目を断ち切れば、人は寿命が尽きたり不幸な事故にあったり持病を悪化させたりして死に至るです。後は魂を天界に導けば、死神の仕事は終わりです。繋ぎ目を断てなくても、大鎌で斬り付けられれば致命傷にならなくても重症か重傷を負うですから、ゆっくり止めを刺せばいいだけです」
「つまり俺は、肉体と魂の繋ぎ目を断ち切られたから、こうして魂だけの存在になっているわけだな。生き返るにはどうするんだ? やっぱ王子様の目覚めのキッス?」
「肉体と魂の絆は強固で、一度断ち切ったとしても肉体と魂が接触すれば容易に復活しちゃうです。ですから、生き返る際に自分の身体に重なるようにすれば生き返れるです」
「よし! 王子様の目覚めのキッスが必要じゃないと分かれば、安心して生き返るための手伝いも出来るってもんだ!さっそく未来の大悪党の魂を刈りに行こうじゃないか! えいえいおー、を改め、おいおい、えー?」
「気合を入れるはずが不満げになっちゃってますです!」
二人は意気揚々とはほど遠い感じで旅立った。