人殺しの人違いはとても迷惑です
バナナの皮を踏んで死ぬという非業な死を遂げた七海郁斗は、死んでしまったことよりも死に方にあくまでもこだわっていた。
「うぅ、何もバナナの皮で死なせなくても……。漫画の世界でももはや通用しない古典的過ぎる死に様で不名誉な死を遂げるなんて、とことん無様だよ、俺」
郁斗は地面に手をついて落ち込み加減を表現した。
そんな様子を見ても、バナナ死を演出した死神少女の心には響かない。死神の仕事は、死を取り扱うことだからだ。
「さぁ、そろそろいいです? 嫌なことはとっとと忘れて、時間が勿体無いから冥土に向けて旅立つです、木崎裕也さん!」
小さな体で大きく胸を張って、自信満々にエナは言う。
聞いたこともない名前を。
「……はい?」
聞き捨てならない名前を聞いて、木崎裕也さんなどではない七海郁斗さんは聞き咎めた。
「よし、エナと名乗るそこの死神メイドさん! ん、メイド死神さん? よくわからん! メイさんでいいや!」
「よくないです! 大胆に略しすぎて、もはや誰だかわからなくなってるです! 素直にエナって呼んでくださいです!」
「うむ。ではエナちゃんよ! 今更だが初めましてと挨拶致しまして、そこら辺のご挨拶の一環として、『どちら様でしょう?』とでも聞いてみてくれたまえ! 正すべき大きな間違えがそこここに存在している!」
「間違えですか?」
「そう、塩と砂糖ぐらい違いがある不正解事項がある! 違いのわかる男たる、この俺は見逃したりしないのさ! まぁいいから尋ねてみたまえ!」
「はいです。えっと、失礼ですが、どちら様でしょう、ですか?」
「あ、ご丁寧にども。申し遅れました、ワタクシ姓を七海、名を郁斗、コードネームを隣の隣人といいます。以後、お見知りおきを」
「……はい? 今なんて言いましたです?」
名刺でも出しそうなサラリーマンばりの挨拶を、今度はエナが聞き咎めた。
極めて不真面目な郁斗は、極めて不真面目に答える。
「隣の隣人?」
「いえ、その前です!」
「メイさん?」
「遡りすぎです!」
「真面目に答えるとすると、俺の名前は七海郁斗。青秀高等学校二年の高校生だじぇい」
いぇーい、とピースをつけるのを忘れない。
一方の死神少女は、と言えば、そんなものは見ている余裕はないようだった。
急速に顔を青ざめさせると、慌てた動作でぱちんと指を鳴らして見せた。すると、どこからともなく子供用のピンキーなハンドバッグが現れ出て、エナの両手に収まった。
すぐさまゴソゴソと中身を漁りだし、あったです! と呟きながら何かを取り出した。
「よりにもよって竹簡ですか!?」
思わず郁斗が突っ込んだ。よもや古代中国に使用された文書の記録材が出てくるとは。
そこには人相書きでも描いてあるのだろうか、郁斗の顔と竹簡とに視線を行ったり来たりさせている。
往復するたびに、顔色が悪くなっていった。
「あぅ~、また間違えたです……」
「うむ。何を間違えたのかすでにわかってはいるのだが、ここはあえて尋ねておこう。俺と木崎裕也、殺す人間を間違えたな、お主」
「はいです……」
答えて、死神少女はしょんぼりと項垂れた。
「やっぱりか。名前を呼んだ時点でおかしいとは思った。そう、例えば他人の靴を履いてしまったかのような違和感がそこに! てか、また間違えたってセリフの『また』が気になるぞ? 殺し間違えは初めてじゃないのか?」
エナはぎくりと身を震わせた。
「ままままさか、は、初めてに決まってるです! 初めても初めて、手を握りたくてもタイミングを掴めない付き合い始めのカップルみたいに初々しいです!」
「動揺しすぎだ。明らかに初犯じゃないな」
「うぅ……だって、名前と年齢と性別と住所と趣味嗜好と似顔絵とお風呂に入るときどっち足から入るか程度しか情報をくれないから、特定しにくいです……」
「それだけあれば十分すぎると思うが? むしろ最後は余計な情報だろ」
「せめてその人の匂いを教えてくれればなんとかなるです!」
「犬か、お前は。もとい。犬畜生か、お前は」
「わざわざ言い直さないでくださいです!」
「んで、間違いであるのなら、俺は当然の如く生き返れるんだろうな?」
「あー、そうです、生き返らせますですけど……」
「けど? 機械仕掛けになりますです、とかなしの方向で一つよろしく」
「そういうのではなくて、生き返るには試練を一つクリアしなければならないです」
「ほぅ。修行でもすんのか? 生き返った時には界王拳とか使えちゃったりするんだな」
「漫画と現実を混同させると痛い人だと思われますですよ? 試練ていうのは他でもなくですね……私の仕事を手伝ってもらおうかと思ってるです!」
エナは堂々と自分勝手なことを言い放った。
「自分の間違えで殺しておきながら生き返りたいなら仕事を手伝え、と。要するにそう脅しているわけだな。漫画と現実の混同は痛くても、公私混同はいいのか?」
「だってだって、エナいっつも失敗ばっかりしてるから、後三回、何かやらかしたらクビだって言われてるです……。裕也さんと郁斗さん、背格好がなんとなく似てるから間違って殺しちゃったですし、後二回失敗するわけにはいかないです……」
「なんとなくで人を殺すな。まぁ、自業自得だとはいえ、脅しに屈さずして生き返る術を知る方法がないのが痛いな」
「ふっふっふ、です! 知りたければ私の仕事を手伝うがヨロシ、です!」
「偉そうだな。匿名希望三十七歳で御宅の会社宛にエナちゃんの脅しを含めた仕事っぷりを書き連ねた手紙送ってやろうか? 今すぐクビにしてもらえるぞ」
「あぅ、それは勘弁してくださいです! 借りてきた猫のようにおとなしくするですから、どうかお手伝いしてくださいです……」
上目遣い&捨てられた子犬のような目で死神少女は陳情した。
「てか、手伝ってくれないと生き返らせてからまた殺すよ?」
「怖ッ! いきなりキャラ変えるな!」
むぅ、と郁斗は考え込んだ。