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死神はエンターテイメント性に欠けてます


 気付いたら、郁斗は電柱の天辺に座っていた。


 下を眺めれば、どこかで見たことのある男が仰向けに倒れていて、玲奈が必死に声をかけている。

 郁斗はすぐに状況を察した。


「ふむ……。俺が倒れてて、玲奈が寄り添ってる。これはあれか、世に言う幽体離脱ってやつですか? びっくりして魂が抜け出ちゃった、って感じ?」

 他人事のように呟いてみても、所詮は独り言、返事もなければ突っ込みもない。


「それにしても、バナナの皮を踏んで転ぶとは一生の不覚。……バナナの皮の摩擦係数を甘く見ていたな。正確な数値を算出した後、『地雷よりも地球環境に優しい』を売りに手軽な対人兵器として特許を申請しなければ。近いうちに、バナナの皮を売り歩く死の商人が世界を股に掛けるだろう」


 状況が状況だというのに、相も変わらず冗談を言ってのけるのだからそれはそれですごい。


「てか、玲奈ちゃんってば、そんなに頬をぺちぺち叩かないで。叩けば直るのは昔のテレビだけ。そのテレビでさえ、叩き方にもコツがあるから無闇に叩けばいいってもんじゃないんだから。こう、四十五度の角度で強すぎず弱すぎずの力加減が……って、誰も聞いてないしね」


 究極のボケ殺しは聴衆がいないことと見たり、と郁斗は一人呟いた。



「一人で何をぶつぶつと呟いているですか?」


 その声は背後から聞こえた。


 ギョッとして郁斗が背後を振り返ると、そこには奇妙奇天烈な格好をした少女が宙に浮遊していた。


 中学に入りたての年頃だろうか、さらさらな黒髪を束ねたポニーテールがよく似合い、縁なし眼鏡の奥で輝く瞳は大きく、頬は桃色に染まり、唇は桜花のように慎ましやかな、まだまだ少女を抜け切らない幼さを宿した容貌だった。


 郁斗は遠慮無縁に不躾な視線を向け、まじまじと少女を観察してから満を持して声をかけた。


「やぁ、お嬢ちゃん。長袖タイプのワンピースにふりふりのエプロンドレス、頭にはカチューシャも乗せた堂に入ったメイド服姿とは、とても人目を浴びる格好をしているな。そのチャレンジ精神に、お兄ちゃんは脱帽……いや、帽子は被ってないから、ここは一つ脱皮でもしちゃおっかな!」


 そう言う郁斗はセーラー服姿なのだから、チャレンジ精神では圧勝だった。


「それにしてもあれだな、その明らかにサイズが大きい、ゆるゆるぶかぶか具合も見事だ。その手の着込み方に異常な関心を持つ男性諸君に萌え死ねと言ってるようなもんだ。見た所、年齢的にも手を出しちゃいけない領域にある禁断のロリ少女だしな。その手に持った物騒極まりない大鎌さえなければ、ぐっどじょぶと言って親指を立てていたところだぜ」


 饒舌にも意味不明な言葉をのたまう郁斗に、大鎌を持つメイド服姿の少女は圧倒されているようだった。


「さてさて、初めての幽体離脱体験に興奮冷めやらぬ郁斗くん、ここはちょっとばかり状況把握に努めて今後の身の振り方でも考えようかと思っていた所に都合よく現れたメイド姿の少女。はたして、彼女は一体何者なのだろうか!? 次週、『臆病な天使は月夜に狂う』。請うご期待!」


「ち、ちょっと、勝手に終わらせないでくださいです!」

 ようやくにして少女は突っ込みを入れた。

 そうでもしなきゃ、喋る隙を与えてくれそうにないと悟ったのだろう。非常にいい判断だった。


「あのあの、私、エナって言いますです! 見ての通りの死神だったりします!」


「見ての通りと言われても、その大ガマがなければただのメイド服を着たコスプレ少女にしか見えないぞ。死神なら死神らしく、黒いローブ姿で手には大鎌を携えて、フードを覗き込めば髑髏が見えちゃうくらいの演出でもしろ。話しかけても答えない徹底振りで『返事がない、ただの屍のようだ』とでも言わせてこそ、一流のエンターテイメントだ」


 はっきり言って無茶苦茶な要求だった。


「そんなこと言われても困るです! 当社では、『水先案内も安心確実、死後のお世話もお任せ☆』を謳い文句に、メイド服コスプレをした死神が冥土までの道をお供する新サービスを展開してるです! 今後ともご贔屓に、です!」


 エナと名乗ったメイド少女の発言も負けず劣らずの滅茶苦茶だった。


「それはまた顧客が増えそうなサービスですこと。秋葉原で告知活動でもすれば、あっという間に自殺者急増、秋葉人口が減ること間違いなし、だ。てか、死神の仕事って会社での業務なんだな。明らかに仕事をするような年齢に見えないけど、死後の世界の職業事情はどうなってんだ? あ、いや待てよ、もっと先に聞くべきことがあるだろ、俺」


 自分で自分に突っ込んだ郁斗は、こほんと咳払い一つ、真剣な表情に切り替えた。


「まさかとは思うけど……」

「はい、何です?」


 十分に勿体ぶった間を取ってから、ごくり、と喉を鳴らす。


「俺がバナナの皮で滑って転んだの見てた? 見てたら、お願いだから内密にしといて! こんな恥ずかしい死に方したんじゃ、ご先祖様に顔向けできねぇ!」


 勿体ぶった割にポイントがずれていた。


「あー、そのことですか。てっきり、自分がホントに死んだのかを聞くと思ったです。そっちのほうがよっぽど重要だと思うですけど?」


「うむ、それも頭の隅でチラリズム全開のパフォーマンスで俺を誘惑してたよ。でもま、やっぱり認めたくないから問題から目を背けちゃったってやつ? 頭では理解してたさ。死神が来たとあっちゃ、これが単なる幽体離脱じゃなくて死んだってことだろうことを。んで、それは置いておくとしてだな、実際の所はどうなのよ? 見ちゃったわけ? 家政婦さんばりに」


「見たも何も、エナがバナナの皮を仕掛けたです!」

 えっへん、と言わんばかりに少女は胸を張った。


「お前の仕業かぁぁぁぁぁ!!」

 力の限り郁斗は叫んだ。


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